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ep.13-4 Paradigm

 ひざまづいた白龍の手に私は乗り込む。手はゆっくりと降下し、地面に着いた。


 軽く地面にジャンプする。思ったより高さがあって足に響く。


「ユズ……」


 私の頭の中は、仲間たちの心配でいっぱいだった。戦いが終わったのに、心は一向に晴れない。


 道路上に溢れる人と車の波をかき分けながら、真鶴のもとに一心不乱に走る。快晴のはずなのに、空に漂う粉塵のせいでどこか仄暗い。


 交差点を右に曲がると、道路に横たわっている真鶴の巨体が見えた。関節という関節から黒煙が溢れ、装甲も軋んでいる。左脚の切断面からは複雑な緑赤青のコードが何本も垂れている。飛べたのが不思議になるくらいの損傷ぶりだ。


 コックピットのハッチの前に立った時、私は手を口に当て叫んだ。


「ユズ!ユズ!!」


 それに呼応するように、ハッチが音を立てて開く。


 その中には、額から血を垂らしたユズがいた。


「いてて……久しぶりに下手こいたなぁ……」


 箱の中の優月は、かすかに笑みを浮かべていた。パイロットスーツは煤で汚れ、部分的に破けていた。その裏には、白黒のノイズが入ったコックピット・モニターがあった。それは、戦いの激しさを物語っているようだった。


 私は瓦礫を踏み台にしながら、コックピットの縁に手をかけた。腕に全力を預け上り切る。


「杏子ちゃん……やったね……」

「ユズ……怪我、してる……」


 親指を立てる優月の姿は、痛々しいものがあった。そこに、いつものお淑やかな姿はなかった。


「あはは……そんな大した、ものじゃないよぅ。ちょっと骨折っちゃっただけ……」

「骨折!?」

「うん、左腕の骨をね」


 イテテ、と言いながら優月は背もたれから身を起こす。


「病院行かないと……」

「いいよぉ、どうせいっぱいだろうし……それよりも、春翔くんたちに会いたい……」

「春翔……?」

「うん、だって、杏子ちゃんが守ったんでしょ……?」


 ――守った。


 私には、その言葉を肯定することはできなかった。


「……守れてないよ。私は守れてない。なにもできなかった、なにも守れなかった……」

「そんなこと、ないよ……。杏子ちゃんは、誰も傷つけなかった……。それは、守ったのと、一緒でしょ?」

「……」


 私は答えなかった。答える資格がなかった。


「杏子ちゃんは、希望だよ」

「……え?」

「わたしたちの、生きる希望……」


 優月はか細い声、しかし確固たる声で言った。



―――――



 東京タワー下の駐車場は、展望デッキから降りてきた人でごった返していた。それぞれが助かったことへの安堵や周囲の被害への恐怖をその身で表している。


 それだけではなかった。救急車や消防車が何台も停車し、隊員が活動にあたっていた。担架がひっきりなしに行き交う。


「春翔たち、どこかしら……」


 優月があたりを見回す。春翔たちの姿はどこにもなかった。


「春翔くーん!神谷くーん!葵ちゃーん!!」 


 優月が一生懸命叫ぶ。いまの私たちにできるのは、それぐらいだった。


 私はその場にしゃがみ込んだ。目に涙が滲む。


 ――もし、春翔たちになにかあったら?春翔たちだけ助かってなかったら?


 私は自分が嫌になった。街を、人々を守れなかったのに、身近な人たちだけ気にしてしまう自分が、心底嫌になった。


 なんで、私だけそんなことを気にする権利があるんだろう……?


 私は顔を上げた。


 遠くに、背の低い男の子が見えた。元気よく私に手を振っている。


 春翔だ。


「お姉ちゃん!!」

「春翔くん!!」


 春翔は、私を見るなり駆け出した。両腕を振り、全速力でこちらに向かってくる。


 それでも、私は立ち上がることができなかった。


「お姉ちゃん!凄かったよ!ロボットに乗ってたなんて!!」

「……春翔、大丈夫だった?」

「僕?うん!」


 元気よく答える春翔の後ろに、葵たち4人も見える。


「杏子……あれに乗ってたの?」

「……うん」


 葵の問いに私はそっと返す。


「……大丈夫だった?」

「……」


 しかし、今度の問いにはなにも答えられなかった。葵も察したのか、それ以上の質問は来なかった。


「橘、お前はよくやった」

 

 智は冷静に、私のことを労った。


「あの状況でなにもしなかったのは、正解だと俺は思う。よくやったよ」


 ラグールとアリアも言葉を投げかける。


「杏子、よくご無事で」

「私たちのために戦っていただいて、ありがとうございました……」


 私は小さく首を横に振った。それしか、できることはなかった。


「お姉ちゃん?」


 春翔がパイロットスーツの袖を掴む。思ったよりも力が強い。


「元気出してよ、お姉ちゃん……」

「……」


 私は黙ったまま、白龍の方に視線を向けた。粉塵の中に浮かぶ白龍の姿を、大勢が写真に撮っている。


 まるで、新たな戦いを告げるかのように。

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