ep.13-3 Paradigm
世界が、止まった。崩れ落ちるビルも、逃げ惑う人々も、燃え上がる炎も。なにもかもが静止している。
もちろん、ズイカクも。
「なんだ……これ……」
私は手を動かした。
動く。足も不自由なく動く。私だけが、動ける。
東京タワーに視線を移す。光線は展望デッキを的確に撃ち抜こうとしている。先端とデッキとの距離はわずか数メートルほどに見えた。
時間が再び動けば。結果は目に見えていた。
――どうすれば。
――どうすれば……。
私は思考で頭を充満させた。そもそも、この空間自体が私にとっては得体の知れないものであった。
『……お姉ちゃん』
脳内に聞き慣れた声が届く。
春翔の声。
瞬間、コックピットのモニターがある映像で埋まる。鉄骨、窓越しの風景、そして、春翔たち。
それは、展望デッキの景色だった。
『あれが杏子の言ってた白いロボット……?』
葵が目を丸くして白龍を指差している。
『あれにお姉ちゃんが乗ってるの?』
その横で、春翔が智に質問を飛ばす。智はノートPCを開きながら、コックピットの私を見ていた。
『……こんな有様だ』
智の静かな口調が冷酷に響く。
「これは、さっきの……」
さっきの会話。なら、私が見ているのは。
「5人の記憶……?」
私は手を伸ばしたが、映像の春翔たちに届くことはなかった。
『でもあのロボット、動いてないよ?』
『うん、どうしたんだろ……』
春翔と葵は逃げようともせず、白龍をじーっと見守っていた。
怖くないはずはない。2体の巨大ロボットと右往左往する民衆、燃え上がる都市。その一つひとつが身を震え上げるのに十分すぎるほどだった。
それでも、2人は、いや5人全員が逃げる素ぶりすら見せなかった。
『杏子、なにしてんのよ……』
葵のその言葉には責め立てる意思はなく、ただ私の身を案じる不安の感情があった。
『お姉ちゃん……頑張って……!』
春翔が窓ガラスに手を当てて白龍を見つめる。
――頑張って。
その単純な言葉には、あまりにも多くの意味が含まれていた。
「頑張って……」
私は、頑張れなかった。大勢の人々を、守れなかった。それどころか、守ろうとすらしなかった。
私は、殺したも同然だ。
なのに。
なのに。
ビームが高層ビルを根本から崩した時、5人は悲鳴を上げた。言葉として成立してない悲鳴が、私の鼓膜を大きく揺らす。
それでもなお、白龍を、私を見る目は変わっていなかった。
ラグールが口を開く。
『あの人を、信じましょう』
アリアが言葉を繋げる。
『あの人は、守るべきものをわかっています』
ノートPCに向き合う智が口をギュッと引き締めながら言う。
『橘』
その言葉は、私を心の底から信頼するものだった。
『そのままだ、そのままでいい』
「神谷くん……」
その瞬間だった。世界の時が、再度動き始めた。ゆっくりと、しかし確かに。
ただ、ひとつ変わったことがあった。
ビームの威力が、目に見えるほど減衰していた。時間が経つほどに細く、弱くなっている。
「え……!?」
そして、10秒と経たないうちに光線は消滅した。展望デッキは、残存している。
「……やはり、か」
ズイカクのパイロットがぼそりと呟く。疑問を確かめたような、幼なげのある声で。
「やはり、邪魔をするか」
ズイカクのビームライフルが白龍の方を向く。今度こそ、私を狙っている。
「あなたを消さなければ、私は先に進めない」
「……っ!!」
「先には……っ!!」
ビームライフルが火を噴こうとした、その時だった。
「杏子ちゃん!!!!」
ビルの残骸の向こうから、白い機体が見えた。黒煙が噴き出している、赤いラインの入った白い機体。
真鶴。
「ユズ!!!!」
真鶴は左脚を欠損しつつ、なんとか姿勢を維持しながら飛翔していた。その手には、破壊されたフライトユニットの残骸が握られている。
「これを、喰らえっ!!!!」
真鶴はフライトユニットをズイカク目掛けて投げた。
翼が空を舞い、ビームライフルの射線を遮る。発射された光線が翼に直撃し、大爆発が起きる。
周囲に黒煙が漂い、視界が悪化する。
優月は、その一瞬を狙っていた。
「わたしたちの絆を……!!」
真鶴の残った右脚が、ズイカクの頭部を蹴り飛ばす。
「舐めるなっっ!!!!」
ズイカクの破壊された頭は、道路をゴロッと転がった。推力を喪失した真鶴も、道路上に墜落する。コンクリートの破片が宙を舞う。
「ズイカク、カメラ破損。戦闘不能……」
ズイカクのパイロットが名残惜しそうに呟いた。頭を失ったズイカクは、まるでゾンビのような不気味さを帯びていた。
「くっ……撤退するしか……」
ズイカクが空間の切れ目へと消える。次第に機体が欠けていく。
「待てぇ!!!!」
優月の荒い声がするも、真鶴は動かない。機体の細部という細部から黒煙と火花が散っている。
「言うこと聞いて!真鶴!!」
「聖堂!深追いはするな!!」
智の声が強く飛んだ。
「また、会おう。ハクリュウのパイロット、タチバナ・キョウコよ」
ズイカクのパイロットはそう言い残すと、私の頭から消えていった。




