ep.13-2 Paradigm
私は視線を巡らした。あまりにも唐突な出来事に、脳の処理が追いつかない。
「どうなってるの、これ……」
白龍のモニターには、おびただしい数の生体反応が記されていた。足下、背部スラスターの下、ビルの中に至るまで人間がいる。
まるで、元の世界線に戻されたようだった。
操縦レバーを握る手が震え、ペダルから足が離れる。
これまで白龍が敵の機体と戦えていたのは、人的被害を考慮せずに済むからだった。戦闘時に自機と敵機だけを別世界線に移動させることで、建物の被害こそあれど人間への被害はゼロにできる。その仕組みのおかげだった。
だけど。
「これじゃ……戦えない……!」
いまや白龍は、人間という"肉壁"によってがんじがらめにさせられたようなものだった。一歩足を動かせば、刀を振るえば、スラスターを噴かせれば、バルカンを撃てば。間違いなく犠牲者が出る。
「どうした!?橘!」
東京タワーにいる智の、焦りに満ちた声が響く。
東京タワー……。
――そうだ、春翔たちは!?
「ねえ、神谷くん!そっちの状況は!?」
智はわずかに沈黙した末に、
「……スピーカーにする」
と答えた。
次の瞬間、私の脳が震えた。
「なに、あの白い機体!?」
「ちょっとヤバいんじゃないの?」
「早く逃げないと……!」
コックピットに流れたのは、展望デッキの混乱した様子だった。私が出撃した時よりも騒ぎは大きくなっている。
その中に聞き慣れた声があった。
「あれが杏子の言ってた白いロボット……?」
「あれにお姉ちゃんが乗ってるの?」
それは、葵と春翔の声だった。微かにラグールとアリアの声も聞こえる。
「春翔!!」
私は叫んだ。だが、周囲の騒ぎにかき消されたのか、声は届かなかった。
「……こんな有様だ」
智の静かな口調が冷酷に響く。私にはそれが諦めの言葉にも感じられた。
――どうすれば……?どうしたら、みんなを。
守れる?
そう思った時だった。
ザシュッという音がコックピットを満たす。
私は反射的に顔を上げた。
モニターに映っていたのは、まさに悲惨としか言えない光景だった。
ズイカクの放った光弾が、芝公園内の高層ビルの根本に直撃したのだ。
高層ビルは轟音をたてながら崩壊していった。周りの木々は燃えるか蒸発している。
そして、ビルの高層階から"なにか"が落ちていた。私には最初、それが何なのかわからなかった。しかし、それがわかった時、とてつもない吐き気と、血の気が引く思いをした。
それは、"人"だった。人が、炎の中に落下していた。それも1人2人ではなく、何十何百も。
「や、やめ……」
「守るって、言ったよね?」
ズイカクのパイロットが挑発する。
「なら、守ってよ」
ズイカクは群衆を気にも留めずにスラスターを噴いた。足下で人々が踏み潰され、またしても犠牲者が増える。
「やめてぇぇぇぇええええええ!!!!」
私は必死に叫んだ。けれども、操縦レバーを動かすことができなかった。一歩でも動けば、一回でも撃てば。
誰かを殺してしまう。
「どうして、助けないの?」
ズイカクはビームソードで次々とビルを貫いた。その度に瓦礫が群衆の頭上に落下する。
「ほら、動かないと。死んじゃうよ?」
気づけば、都市の一角は完全に瓦礫の山と化していた。血に濡れた瓦礫が、私の視界をジャックする。
「やめて……お願い、やめてください……」
私は懇願した。これで終わるのなら苦労はしないことは知っていた。それでも、こうするしかなかった。
「やめない」
「……」
もはや、私の心は崩壊寸前だった。守りたいものを守れない悔しさ、それどころか凶器を振るっているに等しい恐怖。全てが私に刃を向けている。
――私のせいだ。
ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。
私が戦っていなければ。
私が白龍に乗っていなければ。
私が。
私が。
――身代わりになっていれば。
ズイカクのビームライフルがゆっくり持ち上がる。
――ああ、私を狙ってるんだ。非力な私を、白龍ごと殺そうとしてるんだ。
もういっそのこと……。
「あなたは、弱い。なにも、守れない」
「……」
言い返す言葉がなかった。その勇気も、資格もなかった。
なのに。
ライフルが私ではなく、東京タワーの展望デッキを狙った時、私は身の丈に合わないお願いをしてしまった。
「それだけは……お願いします!それだけは!そこだけは……っ!!」
神谷くん。
葵。
ラグール。
アリア。
そして、
春翔。
私の頭には、その顔しかなかった。喜ぶ顔、怒る顔、悲しむ顔、楽しげな表情。全てが走馬灯のように流れては消える。
その声が、その想いが、ズイカクのパイロットに響くことはなかった。
放たれたビームは展望デッキ目掛けて飛翔した。一直線に。
ピンクの光が街を照らし、皆を焼こうとしていた。
その時。
「……え……?」
私は自分の目が信じられなかった。
それは、光束がデッキを直撃する寸前のことだった。
世界の、時が止まったのだ。




