ep.12-4 Another
黒いロボットは地上の人々を見下ろしていた。逃げ惑う群衆を前に、なにもしようとしない。直立不動を保ったまま、立っている。
――なにかが、違う。
私は目を凝らした。機体の各部が赤く発光し、ドールユニットとよく似た頭部を有している。右手には形状の違うビームライフルもある。ラグールやアリアの機体とは大きく異なるもの。
白龍と、瓜二つ。
駆け寄ってきたアリアがその正体を明かす。
「あれは……ズイカク!?」
「ズイカク?」
「我々の世界を創造したとされている7神の1体、そのオリジナル……」
彼女は言葉を続けた。か細く、震えている言葉を。
「逃げてください!ハクリュウのレプリカでは勝てません!」
アリアは私の手を握った。だが、私は反射的に振り解いた。
「……逃げるわけにはいきません」
「どうして!?」
「私には街を守る使命が……ううん。単純に、街を、みんなを守りたいんです。失うのが、怖いんです」
私は微笑んだ。半分、無理をしながら。
「エレーナ姫……」
「だから、行ってきます。春翔たちを、よろしくお願いします」
私は弟たちの方へと歩いた。周りは避難しようとする人々で一杯だった。
「お姉ちゃん、なにがあったの?」
「……ロボットが出たの。お姉ちゃん、行かないと」
「行くってどこに?」
「……ロボットのところに」
もう、隠すのは無理だ。私は悟った。これが終わったら、全てを話そう。
「橘、聖堂。白龍と真鶴の用意ができた。俺はここでバックアップをする」
「うん、わかった」
その瞬間、展望台から人の姿が消えた。世界線が変わった証拠だ。いるのは私とユズ、神谷くんだけ。
窓から見下ろす。芝公園に白い機体が立っていた。
白龍と真鶴だ。
―――――
「聞こえてるか?橘」
「うん!聞こえてる」
スピーカー越しに聞こえる智の声に、私は威勢よく返した。
「あの黒い機体は、これまで戦ったどの機体とも違う」
「知ってる。ズイカクだって。フロンティアの創造神のひとつ、しかもオリジナル」
アリアから聞いた情報を繰り返す。私はその意味をじっくり噛み締めた。
勝てない。
勝てない。
勝てない。
「……」
「どうした?橘」
「ううん、なにも。2人とも、勝つよ」
「うん!」
「わかってる」
そうだ、私には仲間がいる。ユズと神谷くんの言葉に、私は改めてその事実を認識した。
白龍のスラスターを噴かせ、首都高を跨ぐ。真鶴は翼状のフライトユニットを作動させ、飛行している。
一歩ずつズイカクに近づくも、相手は動きを見せない。
――不気味だ。
そんなことを考えていると、唐突に声がした。
「あなたが、ハクリュウ……」
「……っ!」
それは、スピーカーを通した声ではなかった。
それは、頭の中に響いていた。
「杏子ちゃん!どうしたの!?」
「なんか……私の頭に声が」
ズイカクのパイロットの声は、絶え間なく続いた。
「あなたは、ハクリュウなの?」
「白龍はこの機体の名前よ、私は橘杏子」
「タチバナ……?」
刹那、パイロットの声が激しく歪む。
「うっ……うわあああぁぁぁ!!」
激しく苦しむ声が脳内に響く。かと思えば。
「……わかった。ハクリュウは機体の名前。あなたは、タチバナ・キョウコ」
さっきの叫びが嘘みたいな冷静な声で言う。
「あなたは?あなたの名前はなに?」
「……私?私はカナン・マナ・エレーナ」
「カナン・マナ……エレーナ?」
エレーナ。エレーナ姫。
その名前が、胸の奥で重く反響する。
「……嘘」
私は思わず呟いた。
「エレーナは……私よ」
「あなた……?」
パイロットの声に、私は言葉を選びながら答える。
「そう、私はエレーナ姫の生まれ変わり、橘杏子よ」
「……そんな、はずは、ない」
彼女の声は明らかに狼狽えていた。
「そんなわけは、ない。だって、エレーナ姫は、私なのだから……っ!」
その時、ズイカクのスラスターが一斉に作動し、白龍に迫った。
「偽物は……消えろぉぉぉおおおお!!!!」
「……っ!!」
白龍は草薙を抜こうとしたが、ズイカクのあまりの速度に間に合わなかった。
次の瞬間、白龍は吹き飛ばされていた。衝撃がコックピットを激しく揺さぶる。
「ぐっ……!」
視界がぐるりと回転し、背中に衝撃が走った。モニターの映像が一瞬乱れる。
白龍は、首都高の高架を潰しながら地面に落下した。コンクリートと車の破片が粉塵のように漂う。
「杏子ちゃん!!」
「やはり、あなたは偽物……強いのは、私……」
ズイカクはさらに距離を詰める。赤いスラスターの炎が見える。
――速い……っ!
明らかに、白龍よりも一回りも二回りも速い。性能のレベルが違う。
ズイカクは大きく跳ねた。左腕に紅のビームソードが生える。
「これでお終いぃ!」
操縦レバーを目一杯倒す。白龍の背部スラスターが動作し、機体を足の方向へ瞬時に移動させる。
ズイカクの剣は寸前のところで白龍の頭部から外れ、首都高の残骸に突き刺さった。
白龍を立たせ、胸部をズイカクの背中に向ける。草薙を抜刀し、斬りかかる。だが、ズイカクは肩のスラスターを噴かせ、くるりと回転した。
草薙とビームソードがぶつかり合い、電流が四方八方へ走る。
「くっ……!」
「遅い……」
スピーカーを通して智の声が響く。
「聖堂!ズイカクの背部スラスターを狙え!」
「わかった!」
真鶴のレールガンから弾が放たれる。しかし、弾が当たろうとした時、ズイカクは後方に向けて大きく跳んだ。
ズイカクはそのままタワー近くのガソリンスタンドを踏み抜き、爆発させた。赤い爆炎が機体の輪郭を際立たせる。
それはまるで、悪魔のようだった。




