ep.12-3 Another
2月初頭。快晴といっても差し支えのない青空から、眩しい日光が降り注ぐ。今年は暖冬ではあるが、それでもコートを着なければ凍えるほどの寒さはあった。
東京タワー周辺は、日曜日なだけあって観光客で混雑していた。駐車場には大型のバスも複数停まっている。
「神谷くんたち、遅いね」
「道路が混んでるんじゃないかしら」
優月の返しに、私はスマホの時間を見た。正午集合の予定を10分超過している。「杏子はせっかちなんだから」と葵が茶化す。
「そんなんだから、去年のバレンタインチョコは0個だったんだよ?」
「葵も同じくせに」
「あはは、覚えてたか」
談笑する私たちを、春翔がつまらなそうに見上げる。
「ねーお姉ちゃん、その3人っていつ来るの?」
「えーとね……もうそろそろだと思うんだけど」
そう口にした時、黒いワンボックスカーが近くの道路に停車するのが見えた。
開いた扉の中から、智とラグール、アリアが現れた。
「あっ、来た。こっち、こっち!」
私は一生懸命手を振った。智の鋭い目線がこちらを見つめる。やや駆け足で寄ってきた彼の開口一番は、不満そうなものだった。
「橘、人使いが荒くないか?」
「ごめんごめんっ」
両手を合わせて謝罪のポーズを取る。
「あっそうだ。春翔、この人たちが私の友達の……」
「神谷智だ。こっちはラグールとアリア。外国人のクラスメイトだ」
「はじめまして」
「可愛い子ですね、杏子の弟ですか?」
アリアが興味深そうに弟を観察する。春翔は満更でもない表情をしている。
「それじゃ、早速のぼろっか。もうチケット買ったし」
「やっとねぇ、待ちくたびれたわ」
大袈裟に肩を回す優月を見て、私の口角が少し緩んだ。その光景は、穏やかな日々そのものだった。
―――――
展望台は地上に輪をかけて混雑していた。人の往来は途絶えるところを知らない。
その隙間から、東京の姿が見えた。
「おおっ!」
ラグールが驚嘆の声を上げる。
「これが、東京……」
「広いわねえ、どこまでも街が続いてる」
アリアはやや強引に人波をかき分け、窓近くの手すりに身を預けた。
「あの小さいのはなに?」
「人だよ、お姉さん」
アリアの問いに弟が答える。
「人……まるで海みたい」
「海?」
「はい、建物や人がそれぞれ波のようにうねって、海みたいに見えます」
彼女の独特な感性に、葵が思わず吹き出す。
「あはは、面白い感性してるわ」
それを見て、私はぼそっと呟いた。
「コンクリートの海……か」
「夜はもっと綺麗なんだけどねぇ」
「ユズは来たことあるの?東京タワー」
「うん、結構前だけどね、夜に来たの。まるで星々が地上にあるみたいだったわ」
「へえ、それは見てみたいですね」
ラグールは目を細めながら窓の外に視線を送った。
「それにしても、綺麗な街……」
「お姉さんが住んでたところはどんなところだったの?」
弟が首を傾げて言う。
「えっ、あたし?あたしの住んでた場所は、そうね……。もっと、なんというか……こんなに綺麗ではなかったわ」
「そうなの?」
「うん、建物ももっと低くて、人の数も少なくて」
アリアの視線が天井に移る。
「でも、みんな幸せに暮らしてたわ。生きるのに精一杯だったけど、不思議とみんな楽しそうだった」
「へえ、そうなんだ」
「キミはどう?楽しい?」
弟は唐突に振られた質問にやや困惑しながらも、
「僕は……お姉ちゃんが楽しいなら、楽しい!」
純粋な笑顔で答えた。
「春翔……」
「だって、お姉ちゃんと一緒に生きてきたんだもん。お姉ちゃんと一緒にいたい!」
「いいお子さんを持ったんですね」
アリアの優しい目が私の視線と合致する。私は少し照れくさい気分で、
「でもまあ、少し生意気だけどね」
と茶化した。「生意気じゃないし!」と反論する弟に一同が笑みを浮かべる。
「でも、いいですね」
「うん?なにが?」
「この時間です」
ラグールがそっと答える。
「みんなで同じ景色を見て、みんなで同じ話題を共有して、みんなで笑う。それってなんか、いいじゃないですか。平和で」
――平和。
私の頭に、その2文字が重く積み重なる。
そっか、ラグールはあっちの世界で戦争を経験したんだ……。
「じゃあ、観光する?」
私の口が勝手に動いた。
「観光?」
「そそ、観光。東京ってさ、もっといろんな場所があるんだよね。お台場でしょ?渋谷でしょ?浅草でしょ?そういうの楽しまないと損じゃん」
「しかし……」
「いいのいいの、こんな時間いつまでもあるわけじゃないし」
私はラグールの手を握ろうとした。
その時だった。
「うっ……!」
ラグールが頭を抱えた。アリアも額に手を当てている。
「まさか……この場所で……?本当にやるつもりなのか……っ!?」
「ダメだって……こんなに人がいるのに……!」
「えっ、なに!?」
私の思考が混乱する。なにが起きているのかはわからなかったが、嫌な予感が脳内をよぎった。
――まさか……っ!
そして、その予感は的中した。
「なにあれ?」
「なんかあそこにない?」
ざわつきが増していく。何人かが窓の外を指差している。
私は人々の注目する方へと走った。群衆に割って入り、窓に食らいつく。
首都高の高架の向こう。三田方面に、それはあった。
人型。
漆黒の塗装。
全身を覆う重厚な装甲板。
赤く光る、2つの眼。
巨大な機体が、道路に立っていた。




