ep.12-1 Another
聖歴1405年・コルテーグ王国 王城
生きるって、なんだろう。
死ぬって、なんだろう。
私にとって、そんなのは些末な問題に過ぎなかった。
だって、私は、自由に生きられないのだから。
「ぶはっ……!!」
眠りから覚めると、いつも同じ光景が広がっている。緑色の液体の中。泡立つ液体の中。
左右に視線を巡らす。レンガ造りの部屋の中に、明らかに不相応な黒のケーブルが何本も張られている。
手を伸ばし、ガラスに触れる。私の世界は、基本的にこのガラスの中で完結している。
半径2mほどの円筒の中。ガラスに囲まれた空間が、私にとっての全てだった。
あの日までは。
「おはよう、よく眠れたかい?」
ふと目を開けると、筒の外に男が立っていた。
レブリン11世。長い顎ひげを生やし、いつものように赤い甲冑を身に纏っている。
「レブリン様……」
「いい加減、様は外してもいいんだがね」
レブリンはそう言うと、円筒横の機械を操作した。すると、円筒のガラスが真ん中から左右に開いた。液体が床に流れ出し、私はようやく地に足をついた。
円筒の外に出ると、冷気が裸の肌を舐めた。足がレンガに触れ、余計に冷たさが伝わる。
「服……」
「おっと、忘れていたな。これだ」
レブリンは壁に掛けられていた紺の正装を外すと、私に差し出した。
「ありがとう……」
「これぐらい当然だ。それはさておき」
「はい……わかっています」
私は服を着ると、扉の方へと踏み出した。
部屋から出ると、長い廊下が続いていた。私を先導するように、レブリンが仰々しそうに歩いている。
「あの……」
「なんだ?」
「ラグール様やアリア様は……戻ってこられないのでしょうか」
「ああ、あいつらか」
レブリンは鼻で笑った。嘲笑するように。
「あいつらはあっちの世界に囚われている……もっとも、出来損ないだがな」
「そう……ですか」
「なに?そんなに会いたいのか?」
「……いえ、気になっただけです」
ラグールとアリアは、私にとって腐れ縁ともいえる親友だった。特に、ラグールはよくクッキーを作ってくれて親しくしてくれた。
ただ、トウキョウに行ったまま帰ってこないラグール達を、レブリンは快く思っていないみたいだった。
暗い螺旋状の階段を1段ずつ上ると、高い天井を誇る大広間に出た。床には豪勢な絨毯が敷かれている。
「さあ、民が待っておるぞ」
「はい……」
私は絨毯の上を噛み締めるように一歩ずつ歩いた。その先には、王城を見上げる広場が広がっている。
広場では数千とも数万ともとれるほどの民衆が、国王の言葉を今か今かと待っていた。
「用意はできたか?」
「はい、いつでも」
私は広場を見下ろした。レブリンが民に呼びかける。
「民よ!知っての通り、今日は祝福すべき日だ!憎きアザーズどもをこの手で潰し、そして我々こそが王者となるのだ!!」
『そうだ!』『レブリン様!』『万歳!』
民衆は皆一様にレブリンを称えた。歓声が沸き起こる。
「静まれ!」
レブリンが片手を掲げると、民衆の歓声は嘘のようにぴたりと止んだ。まるで操られているかのような統率だった。
彼は満足げに頷いた。
「そして!その先兵として、今日彼女を紹介できることを誇りに思う!紹介しよう!」
レブリンの手が私の肩に乗っかる。冷たい温度が肩にのしかかる。
「カナン・マナ・エレーナ!!敵国エルハを捨て、我々に参加した英雄だ!!」
『エレーナ様!』『英雄!』
皆が口々に私の名前を叫ぶ。手を上げ、身を乗り出し、私の姿を目に収めようとしている。
「エレーナはアザーズどもの本拠地・トウキョウを今日!攻め落とす!我々にはその力がある!!」
私は手を振る。これから血に濡れる手を、民衆に向けた。
「薄汚い血を踏み潰し、新たな未来を築こうではないか!!」
レブリンは威勢のよい言葉を並べると、私の耳元で「行くぞ」と呟いた。
大広間では、何十人もの従者が見送りのために並んでいた。
「エレーナ、わかっているな?失敗は許されない」
「はい。必ずかの機動神・ハクリュウを」
レブリンがかける圧に私は息を深く吸いこみ、
「破壊します」
言葉と共に吐き出した。




