ep.11-5 Kyoko
「お父さん!お母さん!」
私は一心不乱に走った。2人の体が次第に近づく。
やっと、会えた。頭の中には、そのことへの喜びしかなかった。
なんて言おうか迷った。会いたかった、ただいま、ごめんなさい。そんな言葉が横切っては消えていった。だが、そんなことは些細なことだった。
飛び込んだ私を、お母さんの胸が出迎えた。
『杏子……大きくなったわね……』
『はは、そうだな。見違えたな、杏子』
2人の言葉は、姿は、表情は、あの日のままだった。何一つ変わらない笑顔が、優しく私を抱擁する。
「お父さんとお母さんも……元気そうで良かった……」
そうとしか言えなかった。既に亡くなっているはずなのに、生きているとしか思えない。
「伝えたいことが……話したいことがたっくさんあるの!」
『杏子……私たちもよ。春翔と2人だけにして、ごめんなさい……』
項垂れる母さんの頭に、私はそっと撫でるように触れた。
「いいの……私たち、元気に暮らしてるから……。高校にも通ってるし、友達も沢山できたよ……」
『杏子らしいたくましさだ』
父さんが豪快に笑う。生気の入った笑いだ。
「あのね!お父さん、お母さん!私、凄いことやってるんだよ!」
『凄いこと?』
「うん!」
私は年齢不相応な無邪気さを笑みに込めた。
「白龍っていう、巨大なロボットに乗って戦ってるんだ!20mもあるめっちゃ大きいやつ!」
『へえ、それは凄いな!』
「でしょ!それでね、街とか友達とか、もちろん春翔もだけど、みんなを守ってるんだ!」
『そう……杏子は、誰かを守れる子になったのね』
母さんの声は柔らかく、どこか誇らしげだった。
「うん!……でも」
私は言葉を言い切れなかった。
「私、迷っちゃったんだ」
『迷った?』
「うん……自分のしてることが、本当に正しいのかって。わからなくなっちゃって。それで取り乱しちゃったんだ」
『あら、杏子らしくないわね』
母さんはクスッと笑った。あまりにも懐かしい笑い方だ。
「その時は友達に助けてもらったけど、私、このままじゃ誰も守れないんじゃないかって思っちゃって……」
『そうか……。杏子はいつも戦ってきたからなあ……』
私は昔から普通の人間だった。成績もなにもかもが中程度で、秀でたことはひとつもなかった。
そんな私が……。
「戦ってきた……?普通の人間なのに……」
『もちろんよ。それに、普通でいることは難しいのよ、杏子が思っているよりもね』
母さんに続けて、父さんが腕組みをしながら話しかけた。
『杏子は、戦うということがどういうことか、考えたことはあるかい?』
「戦う、こと?」
私は思わず聞き返した。そんなこと、考えたこともなかった。
「わからない……」
『戦うっていうのはな、相手を倒すことだけじゃないんだ』
父さんはゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
『戦うっていうのは、失うことの怖さと真正面から向き合うことだ』
「失う……怖さ?」
『そうだ。杏子は失いたくないものはあるか?』
「それは……葵とか、ユズとか、神谷くんとか、もちろん春翔も……」
私はひとつずつ名前を挙げた。どれも、私が愛してやまない人々。
『これから生きていれば、もしかしたら居なくなるかもしれない』
「……いやだ、ずっと一緒に居たい」
『だから、戦うんだ。怖いことは避けたいけど、避けられないものもある。それを恐れないことが、大切なんだ』
父さんの言葉は、静かだった。
「私……私……」
『杏子はもう知ってるはずよ、失うことの怖さを』
「……!」
あの日。父さんと母さんが死んだ日。私がなにもできなかった日。
――そっか、私。
とっくに知ってんだ、失う恐怖を。
戦う意味を。
『だから、杏子はもっと強くなれる。明日はもっとね』
「……うん!」
『わかったようだな』
父さんはそう言うと、空を見上げた。
『俺たちの出番はこれまでだな』
『そうね……』
「……えっ?」
私は2人の足元を見下ろした。
父さんと母さんの身体が、夕暮れの光に透けていく。
咄嗟に母さんに触れようとする手が、空を切った。
「お父さん!お母さん!まだ、伝えたいことが……!」
『もう、伝わってるわよ』
「え……?」
『俺たち、ずっと見てきたからな。杏子が必死に生きてることも、誰かを守ろうとしていたことも。だから……』
私の視界が滲む。2人の顔がぼやけていく。
「だから……」
『幸せになってね』
「お母さん……うん!!」
私は元気よく返事した。あの日聞けなかった言葉を聞けた、それだけでも嬉しかった。
―――――
「杏子!」
「杏子ちゃん!」
「橘!」
交差点の白線を前に、私は地面に膝を下ろしていた。意識が現実空間に戻っていくのを感じる。
「私……」
「橘、なにかあったら引き返せって言ったよな?」
智の厳しい目線が寄せられる。
「あのまま別世界線に閉じ込められる可能性すらあったんだぞ」
「ごめんなさい……」
「はあ……なにより無事で良かった」
厳しさの中に優しさが混ざる。
――私のこと、心配してくれたんだ……。
「でも、なにがあったの……?」
「うん……それがね」
私は沈む太陽に目を向けた。眩しい、でも、不快ではなかった。
「……ないしょ」
「えっ、ずるーい!」
「えへへ。あっそうだ。今度さ、東京タワーに行かない?そこで全部話すよ。春翔とラグール、アリアも混ぜてさ!」
スマホを取り出し、スリープを解く。壁紙の父さんと母さんが笑みを浮かべていた。




