ep.11-4 Kyoko
放課後。校庭の端っこにある木の下に、私は寄りかかって立った。少し項垂れながら。
「……で、どうするの?杏子」
私の話を聞いた葵が問い詰める。腕組みをする彼女の姿には、私を信じる心が見え隠れしていた。葵の両隣には優月と智も立っている。
「……行きたい」
私は思ったままのことを呟いた。静かな声が、風に揺らぐ葉音にわずかに勝る。
「行って、確かめたい。父さんと母さんの……想いを」
「……そっか」
葵は短く言葉を切った。たった3文字が重く感じる。
「でも、杏子ちゃん……。交差点には行ったことないんだよね?」
「うん、初めて行く」
「もしものことがあったら……不安だよ」
優月が私の瞳を見つめる。優しさに満ちた、ユズらしい目だ。
「だから……みんなにも来てほしいんだ」
「わたしたち、にも?」
「うん。隠すべきじゃないな、って思ってさ」
「あはは、杏子らしいや」
葵の軽妙な口調が胸に降る。
「精神的負荷は大きいぞ。それでも行くのか?」
智が口を開く。いつも通りの落ち着いた調子だが、視線は私に真っ直ぐ向けられていた。
「覚悟はしてる……取り乱すかもしれないけど、それでもいい。それでも、知りたい」
「……わかった。だが、条件がある。俺たちが危険と判断したら、引き返すこと。それと」
「それと?」
「困ったら俺たちに頼ること、以上だ」
「……ありがと、神谷くん」
私は覚悟を決めた。
――本当に行くんだ。あの場所へ。
その現実味が、急に増した。
―――――
翌日。甲州街道、四谷交差点。
ひっきりなしに車が行き交うこの地に、私たち4人は立っていた。夕日がビル窓に反射し、空間を橙色に染め上げている。
「……ここが」
"事故"の現場。そう思うと、自然に胸がざわつく。なんの変哲もない白線を前に、呼吸が少し早まり、足が重くなる。
「大丈夫か?」
声をかけたのは智だった。
「うん、いまは」
ポケットに手を突っ込む。勾玉に触れた瞬間、温かみを感じた。取り出すと、やっぱり淡い光が指の間から滲み出ていた。
「やっぱり、ここが……」
短く呟く。
一歩前に踏み出す。コンクリートの硬さがダイレクトに伝わる。
だが、それだけではなかった。
次第に、行き交う車のスピードが遅くなっていった。救急車のサイレンが、信号機の音が、遠くに連れて行かれたようだ。
空間を支配していた色が滲み始める。全てが淡白になっていく。
いや、それどころではない。私は"それ"を見た時、言葉を失った。
ビルの一部が、融解し始めたのだ。
「どうなって……?」
困惑の言葉を吐こうとしたが、それよりも前に葵の悲鳴が聞こえた。
「な、なにこれ……っ!」
葵の声は震えていた。強気な彼女がここまで動揺するのは珍しい。
私は振り返った。3人とも同じ光景を見ているらしく、あちこちに視線を移している。
「世界線の干渉がここまで強いとは……。これが……勾玉の真の力なのか?」
智が低い声で言う。
「こんなのを毎回経験してたの……?」
葵の問いかけに私は横に首を振る。
「ううん……こんなの初めて……」
私は空間を舐め回すように見た。ビルはそのまま残っているものもあれば、完全に溶け切ったものもある。全てがチグハグで、混乱していた。
ただ、一点を除いて。
「……あそこ!」
その一点を指差す。交差点の、真ん中。そこだけは全く変わっていなかった。
「見て!杏子ちゃん!」
優月が何かに気づいたように叫ぶ。
「空からなにか降ってきてる!」
私は視線を上げた。
黒い物体が、見える。段々と近づいてくる、黒い物体。
――私と白龍が出会った日と、同じ光景。
「……まさか」
私の中にある仮説が生まれた。
――あれは、事故じゃない……?
――あれは、"攻撃"だったの……?
吐き気がした。いますぐ、逃げ出したい。そんな気すらした。
「杏子ちゃん!」
私がしゃがみ込むと、優月が慌てて近寄ってきた。私の背中にそっと手が加えられる。
「だい……大丈夫……」
嘘だった。なに一つ大丈夫じゃない。
でも。
私は再び立ち上がり、一歩ずつ交差点へと踏み出した。後ろで智の声がする。
「もど……ばな……かんしょ……つよ……」
声が途切れ途切れになる。このまま進んだら、命の保証はなかった。
でも。
私の足は止まることを知らなかった。
一歩進むたびに、黒い影が交差点に浮かび上がった。黒い、巨大な影。5階建てのビルに匹敵しそうな程の、高い影。
その形が現実味を帯びた時、私の中でなにかが崩れた。
「ロボット……」
私が最初に戦ったのと、よく似ているロボット。
その姿が、そこにはあった。
「ロボットが……父さんと母さんを……」
――殺した……?
そう思った時だった。懐かしい声が、私の耳をくすぐった。
『杏子……?』
私はもう一度振り返った。そこに立っていたのは、葵でも、ユズでも、神谷くんでもない。
父さんと、母さんだった。




