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ep.10-4 Adapted

「ねえ……神谷くん」

「……なんだ」


 狭い車の中、後部座席に左右に座る私と智が初めて交わした会話がこれだ。トンネルの照明が微かに差し込む中、私は逃げるように助手席にいる優月を軽く恨んだ。


「神谷くんの部屋、ちょっと見ちゃった」

「……それで?」


 いつもと変わらない様子で答える智。その口調がいちいち怖い。


「あの写真……なに?」

「……」

「それに、ノートもだよ。卑怯者ばっか書いてたやつ……」


 ドア窓の枠に肘かけながら外を眺めている彼の背中を、私は凝視する。全く動じる様子がない。


 話が進展したのは1分ぐらいした後だろうか。智は「はあ」とため息をついた。


「見たのか」

「う、うん……スマホ届けるついでに……ごめん」


 智は再び黙りこくった末に、再びため息をついた。


「いいよ、別に。どうせ言おうと思ってたし」

「え?」

「どう足掻いても、やっぱり俺は卑怯者だな」


 彼がこちらの方に顔を向き直す。暗闇の中に覚悟の決まった顔が浮かぶ。


「俺は逃げてきた。逃げ続けてきた。家族から、責任から、恐怖から」

「逃げてきたって……」


 私の口が止まる。その内容に、彼の真剣さに。


「俺の家族は、至って普通の家族だった。父がいて、母がいて、妹がいる。ごく普通の家庭。だけど、俺だけが異端だった」

「……」

「成績優秀、勉強内容は常に3学年上、試験も決まって満点だった」

「す、すごいじゃん、私なんていっつも平均点スレスレだし」


 その瞬間、智の目つきが変わった気がした。


「俺はそのせいで羨望と妬みの目で見られた。常にそうだ。親からも、クラスメイトからも。おかけで友達なんてものはいなかった。常に疎外感にさいなまれ、逃げたくなった」

「そ、そうなんだ……つい口走っちゃって」

「いいよ、もう慣れた」


 彼の言葉からは、諦めと悲壮感が滲み出ていた。


「それで、もと住んでた神戸から東京に来た。知らない街だったけど、妙な安心感があった。誰も俺を知らないことが救いだった」


 彼は言葉を絶えず繋いだ。私は静かに一言一句を飲み込むしかなかった。


「ただ、そんな自分が嫌だった。逃げればそれで済むと思ってる自分が、心底嫌だった。ちょうどその時、iARTSの話を小耳に挟んだ。ロボットを作って異世界に対抗する組織。そこまで逃げれば誰も追ってこないだろう、そう思った。迷わず志願したよ。中学2年の時だった」

「ユズと同じ頃……」

「就いたのはオペレーター係だった。パイロットのバックアップをする仕事。だけど」


 智の呼吸が少し荒くなるのを感じた。


「そこで、出会ったんだ。なにをしても笑顔で、俺と同じ歳なのに逃げることなく果敢に戦って、死ぬことも恐れない人間」

「それが……」

「聖堂優月だった」


 私は助手席の優月に視線を移した。今のユズはどう思っているんだろう。


「俺は憧れた。優月の生き様に、その全てに。だから、新しいパイロットを探してるってなった時、応募したよ。最初は白龍の方に応募したけど、適性がないと言われて断念した。だけど、青麟は低い適性でも人工的に乗れるようになれると聞いて、乗ることにした」

「でも、適性が低いのに乗るなんて……危ないんじゃ」

「危ないよ」

 

 即答だった。


「同調率も低いし、負荷は大きい。下手したら精神がいかれるとも言われた。それでもいいと思った」


 トンネルの明かりが彼の顔を照らしては消していく。


「なんで、そこまでして」

「これ以上、卑怯者になりたくなかったからだ。これ以上、人間らしさを失いたくなかった、それだけだ」

「でも、それならもっとやり方が……」

「いや、ない」


 短い返答が返ってくる。私はどう反応すればいいかわからなかった。


「聖堂を、そしてお前を見て思ったんだ。こういう奴は逃げない、真に強い人間だって」


 助手席の優月の肩が僅かに揺れる。


「でも……私は神谷くんの方が強いと思う」

「……は?」

「自分の意思で、ドールユニットに乗ることを決めた。戦いに挑むことにした。私なんて流されるままに乗ってるだけなのに」

「……」


 智が言い淀む。私は拳を膝の上でギュッと握りしめた。


「ねえ、ひとつ聞いていい?」

「……なんだ」

「神谷くんには、守りたいものはある?」

「守りたいもの?」


 私は智の顔を覗き込んだ。息が詰まりそうになる。


「私はある、街と友達とかわいい弟。ユズにもあるよ。なにかを守りたくて、失いたくなくて戦ってる。神谷くんには、そういうのって……」


 その時だった。私のスマホが高音をかき鳴らした。通知を見ると、中津川さんだった。


「もしもし、橘さんですか?」


 ぐっと気が引き締まる。電話の内容は、敵の兆候を伝えるものだった。

 

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