ep.10-3 Adapted
翌日、昼休み。
智は相変わらずの色のない表情、平坦な目つきで席に座していた。聞いてもなにも出ないと踏んだのか、今日は誰も彼に質問を飛ばしたりしていない。
「神谷くん、昨日私たちが見たの、気づいたかな……?」
「わからない……」
優月がパンを頬張る。カロリー高めの菓子パンだ。
「彼なら、気づいてもなにも言わないと思う」
「どうして?」
「あのノート、まるでこれ見よがしに置いてあった。もしかしたら、もう知ってる人がいるのかも」
私はレタスとハムのサンドイッチを口に運びながら、優月の仮設に頷いた。確かに、親がいるなら中津川さんあたりは知っててもおかしくなさそうだ。
「黙っとく?」
「一応、言わないでおきましょう」
そんなこんなで閉じようとしていた話題を「なになに?」とかっ開く者がいた。葵だ。
「なんか話してたけど、大事そうな話題?」
私と優月の席の真ん中に仁王立ちし、葵は興味深そうに話に首を突っ込んだ。
「あ……う、うん。めちゃ大事な話」
「葵ちゃんにはあまり関係ないかも」
「えー」
葵は頬をぷくりと膨らませた。まるで駄々っ子だ。
「私たち、仲間じゃなかったんだ……」
シクシク。そんな擬音が聞こえてきそうなほど、露骨に葵は泣く演技をした。あまり上手くないのは昔から変わらない。
「私たち、ロボット同好会でしょ?」
チラッチラッ。葵が私の様子を伺っている。私は大きなため息をついた。どうやらこれ以上足掻いても無駄なようだ。
「わかったよう……じゃあ、またあの木の下でいい?」
「よっしゃ、そう来なくちゃ」
「杏子ちゃんは打たれ弱いねえ」
―――――
「えー、つまり。神谷くんのヤバいものを見ちゃったと」
「ヤバいものって……言い方……」
私はツッコミを入れたが、葵はどこ吹く風といった様子で腕組みをしながら聞いていた。
「でも、黒塗りの家族写真に卑怯者連呼でしょ?ちょっとメンタル面が気になるなぁ……」
「まあ、否定できないけど……」
私は木の下に腰掛けながら目を伏せた。今でも網膜の裏にはあの悲惨な光景が焼きついている。黒の深淵、悲痛な叫び。
卑怯者
「うっ……」
思わず吐きそうになる私を、優月が「大丈夫?」と心配する。私はすかさず「平気」と返した。
「でさ、どうするの?」
葵の声が頭上から降る。重大な決断を迫られているような気がする。
「黙ってた方がいいかなあと。下手に刺激したら大変なことになりそうだし……」
「わたしも同じ意見よ」
「うーん……」
私たちの方針に、葵は納得していない様子だった。
「言ったほうがいいと思うけどなぁ……」
「え?」
「だってさ、これから一緒に戦うパートナーなんでしょ?隠し事しててもしょうがないじゃん」
「それは、そうだけど……」
「じゃあ、言おうよ」
葵らしい鋭い言葉が胸に刺さる。言っていることは確かにもっともだ。
でも。
私は唇を噛む。
「言い方考えないとダメだよね……そのまんま言うのは論外だし……」
「そうね……なんかいい言い方ないかしら」
「まあ、それはおふたりで……」
――あ、逃げた。
「ずるーい、ここで逃げるなんて」
「だって見ちゃったのはふたりのせいだし……」
「うっ」
図星を突かれた。ぐうの音も出ない。
「わたしは、杏子ちゃんが言うべきだと思うなあ」
「ユズまで……」
「わたしだと、つい踏み込みすぎちゃいそうだし」
「自覚あるんだ……」
私は空を見上げた。雲一つない青空が、やけに遠く感じる。
――私になにができるんだろうか。
おそらく、ドールユニットに乗る覚悟なら彼の方が何倍も上だろう。抱えてる心の闇だって、きっと私の比じゃない。
でも。だからこそ。できるのかもしれない。
「……わかった。放課後、車の中で言おう」
胸の奥が、じわじわと重くなる。それでも、逃げるわけにはいかない気がした。




