ep.10-2 Adapted
画面の中の白龍は、きめ細やかな動きを見せていた。スラスターを巧みに操り、マシンガンの銃弾を華麗に避け、敵機に対し確実な一撃を与える。
一つひとつの動作が洗練されていて、的確だった。みるみるうちに敵機の数が減っていく。
それよりも、驚くべきことがあった。智は、敵の攻撃を避ける時も、倒す時も、全くリアクションをみせていなかった。全くの無口で、驚くことも歓喜することもなく、淡々と仕事をこなしている。
「終わった……」
シミュレーションはわずか5分で終了した。単純計算で、1機を倒すのに1分もかかっていない。
実験機の動きが止まり、ドアが開く。中から姿を現した智は、まさに余裕しゃくしゃくを絵に描いたような表情をしていた。
「お、おつかれ……凄かったね。あんなにあっという間に敵を撃破するなんて」
私はそんな彼を労ったが、その返事は素っ気ないものだった。
「ん、おつかれ」
「どうだった?疲れた?」
「全く」
それだけ言い残し、踵を返して立ち去ろうとする。その腕を、すかさず優月の手が掴んだ。
「あの動き、スラスターのタイミング。似てる」
「は?」
「神谷くん、あの時のオペレーターよね?わたしが1人で戦ってた頃の……」
「……」
智は若干俯き、言葉を選ぶような素ぶりを見せた。なにを言えばいいのか、選んでいる様子だった。
「……そうですが」
「やっぱり!わたし、ずっとあの時のオペレーターを探してて、気になってたんだ。会えて嬉しい!」
「それはよかったです、じゃあ」
素っ気ない言葉で幕引きを図ろうとした彼の腕を、優月はまだ離そうとしない。
「……なんで、パイロットになったの?」
「……」
「オペレーターのままでも、十分戦いには貢献できたはず。パイロットはとっても危険なのに……」
「……なんだっていいじゃないですか」
これ以上話を聞けないと判断したのか、優月はようやく手を離した。智はそのまま表情を変えず、シミュレーター区画をあとにした。
「神谷くん……」
優月が静かに呟く。優月らしくない、物憂げな表情を浮かべながら。
おそらく、優月にとって智はもう一つのバディだったのだろう。それも、私が来る前から続くバディ。
「あれ?」
私の視線がある物を捉えた。それは、ベンチに忘れてあった智のスマホだった。
―――――
コンコン。
ドアを軽く叩く音が無機質な廊下に反射する。誰も答えようとはしない。
「いないのかな?」
私はドアに貼られた名札を見た。確かに『神谷智』と書かれている。
iARTS本部には、各スタッフ向けの個室が用意されている。中でもパイロットやオペレーターなど、実戦に深く関係するスタッフは好待遇で、他の部屋に比べて広かったりする。
ドアノブをクイっと回す。鍵はかけられていないみたいだ。
「どうする?」
「行こうよ、スマホを置いてかないと。それに……」
「それに?」
優月が明らかに悪い顔になる。
「もしかしたら、神谷くんの秘密も知れるかもしれないよ?」
「ユズ……意外とこういうの乗り気だよね……」
私は乗り気じゃない感情を抑え込み、ドアノブを回して扉をそっと開けた。予想通り、中には誰もいない。
「部屋は私たちのと変わらないんだね」
私はスマホを学習机の上にコトっと置いた。
「さ、さっさと帰らないと……」
部屋を立ち去ろうとした時、視界の端になにかが引っかかった。
ベッドの脇、小型の机の上にスタンド入りの写真とノートが置いてあった。
「なんだろ、これ」
私は写真を覗き込んだ。隣から優月も興味深そうに見ている。
それは、1枚の家族写真だった。年季の入ってそうな一軒家をバックに、4人が並んでいる。父親らしき男性、穏やかな笑みを浮かべた母、それに幼稚園ぐらいの女児もいる。
だが。
「……え?」
思わず声が漏れる。写真の右端。小学生ぐらいの子の顔が。
黒く塗りつぶされていた。
「……なに、これ……?」
私は戸惑いの中に放り込まれた。まるで、黒の深淵に吸い込まれそうな、そんな気分になった。
「家族写真、だよね……?でも、この人……」
優月が息をそっと飲み込む。
黒のマジックは、あまりに執拗に何重にもかけて書かれていた。存在そのものを消し去ろうとしている、執念すら感じる。
――これって。
「神谷……くん?」
そうとしか思えなかった。年齢的にも、性別的にも、智にしか見えなかった。
私は無意識に視線を逸らし、隣のノートへと目を向けた。
表紙は何の変哲もない、安っぽいリングノート。だが、写真の異様さを見てしまった後では、それすらも不穏なものに思えてしまう。
「……開けちゃ、だめだよね」
そう言いながらも、指はすでに表紙の端にかかっていた。
ほんの一瞬、迷う。けれど、次の瞬間には、私はそっとページをめくっていた。
ほとんど白紙のノート。あまり使用された形跡のないノート。
だが。
「――っ!」
その中の1ページを見た時、私は言葉を失った。
開かれたページには、一面にある文字が書かれていた。
卑怯者
卑怯者
卑怯者
卑怯者
卑怯者
極めて乱雑な文字で、紙が破れそうな勢いで書き殴るように記されていた。
「これが、神谷くんの……?」
優月の声が震えて聞こえる。
私は咄嗟にノートを閉じた。もしかしたら他にもなにか書いてあるかもしれない。だけど、私にはそれを見る勇気はなかった。資格もなかった。
静まり返った室内に、私たちの荒い呼吸だけがやけに大きく響く。
さっきまでの、淡々として感情の読めない智の姿が、脳裏に浮かぶ。
あの無表情。あの、なにも感じていないかのような瞳。
――あれは、本当になにもない顔だったのだろうか?
「……帰ろう」
私たちは何も見なかったように平静を装いながら、部屋を後にした。
廊下に出た瞬間、冷たい空気が肺に流れ込み、ようやく息ができた気がした。
――私たちは、彼の裏の顔を見てしまった。
そんな気がしてならなかった。




