ep.10-1 Adapted
「あ……あの」
私はやたら重々しい手をゆっくり差し出し、握手を求めた。既に2回も会っているのに、親しさよりも緊張感が勝る。
「わ……私、橘杏子と言います。白龍の……」
「知ってる」
「え?あ、そ……そうだよね」
あははと空笑いをする私の胸に、智の光なき目が突き刺さる。胸が締め付けられた気分になる。
「わたしは聖堂優月、真鶴のパイロットです!」
そんな私をよそに、優月はやや強引に智の右手を掴みギュッと握手をした。
「ユズって呼んでね!」
「……ああ」
智は無愛想に言葉を返した。不快さも喜びも感じられない、平坦な表情で。
「まあ、仲良くしてね。戦術とか組むのにも、仲が悪いと影響が出るから」
渡辺さんは適当に仲介すると、「じゃ私は検査があるから」と言って青麟のもとへと走っていった。
「……どうしよっか」
「……どうしましょう」
私と優月は顔を見合わせた。智とはどうも仲良くできなさそうな気がする。
そう考えているのを見抜いたのか、智は
「俺はシミュレーターに行く」
と言い残してそそくさとエレベーターに乗ってしまった。
―――――
「うーん、私なんにしよ」
「わたしはハンバーグ定食で」
私は今日の夕食をどれにしようか思案していた。相変わらずiARTSの食堂はメニューが多くて考えがまとまらない。
「じゃあ、私はきつねうどんで」
「また麺料理?」
「うっさい」
やがて出来上がった料理をプレートに乗せ、私たちは適当に空いている席に真向かいに座った。18時を回った頃ということもあり、食堂は結構混んでいる。
「あの神谷くんのこと、どう思う?」
「うーん、気難しい子よね」
優月はフォークでハンバーグを刺しながら言った。
「でもあの子の声、聞いたことがあるような気がする」
「そうなの?」
「うん、もしかしたらあの子かも……」
思わせぶりなことを言いながら、優月はハンバーグを口に運んだ。口元がソースで少し汚れる。
「あのね。わたしが戦い始めた時、オペレーターの中に若い子がいたんだ」
「若い子?」
「わたしと同年代くらいの、少年みたいな子がいたの。中学生くらいのね。若いのに物凄く的確な指示を出してくれて、戦いやすかったわ」
「その子が……神谷くん?」
私の問いに優月は首を軽く横に振った。
「わからない、結局誰にも聞けなかったし、本人にも会えなかったし……。でも、可能性はあると思う。あの空間認識能力があるなら、ドールユニットにも乗れるわ」
「そっか……」
私はうどんの麺を箸で持ち上げ、ズズズと麺を啜った。あったかい汁が舌をくすぐる。
「でも……それなら、なんでわざわざ危険なドールユニットに乗ることにしたんだろ」
私の口から至極当然な疑問が出た。
―――――
更衣室でパイロットスーツへ着替えを済まし、シミュレーター区画へと歩く。無機質な廊下に、靴音が反響する。
「やっぱりまだやってんのかなあ」
「うん?なにを?」
「練習。神谷くん」
私は天井を軽く見上げながら言った。
「あれ、結構疲れるんだよね」
「あはは、まあ緊張するよね」
「そうそう、なんか肩凝るしさぁ、下手したら本物に乗るより……」
続きの言葉を吐こうとした時、壁の奥から実験機のジェネレーター音が聞こえた。どうやら予想通り、まだ練習中らしい。
ドアロックを外し、区画内に入ると音はより一層大きくなった。実験機の一つが上下左右に激しく揺れている。
「勤勉だなぁ」
「そうね……」
「なんかスポドリでも買ってあげようかな」
そう言いつつ、私は壁に掛けられたモニターに目をやった。モニターには智の模擬戦の様子が映し出されている。
「あれは……富士山?」
「無人機がいっぱい出てきた戦いじゃないかしら?」
画面には月明かりに照らされた夜の富士山と、その麓に広がる広大な森林が映っている。そして、夜空には敵機が7機浮かんでいた。
――あの戦いだ。
優月と2人がかりでなんとか倒した、あの戦い。
でも。
「あれ?1人だけ?」
画面左下の地図には、白龍の位置しか表示されていなかった。おそらく、智が暫定的に乗っているのだろう。
「1人であの数を捌くの……!?」
到底無理な話に思えた。何年も戦ってきた優月ですら1人では対処できない数を。
「まだ実戦経験もないのに……?」
私は画面をひたすらじっと見つめた。




