ep.9-3 Days
「あー明日から新学期かあ」
冬休み最終日。私たち3人は街で随一のアーケードを歩いていた。都内でも有名な商店街なだけあって、人通りも多い。
「そうだねえ、杏子ちゃんと葵ちゃんは宿題やった?」
「うん?まあね。流石に戦ってばかりで勉強してませんじゃ話にならないし」
「でも、杏子は昨日までひいひい言ってなかったっけ?」
「葵、そういうこと言わないの」
肩をすくめる私を見た葵がニンマリと笑う。余裕そうな顔だ。
「ユズは学校楽しみ?」
「わたしは友達に会えるから楽しみ!」
「そういう視点があったかあ」
私はアーケードの屋根をそっと見上げた。
――私って、どれくらい優月のことを知ってるんだろう?
そう思い詰めた私を察したのか、葵が素っ頓狂な声を上げた。
「あー!私クレープ食べたい!」
「クレープ?」
「いいわねえ、わたしも食べたい!」
そんなこんなで立ち寄ったクレープ屋で、私たちはメニューを吟味した。チョコ、いちご、ストロベリー。どれも美味しそうで迷い甲斐がある。
「私はチョコがいいなあ、葵は?」
「私はチョコバナナ!」
「え……選べない……」
頼んだクレープをベンチに座って食す。結局優月はストロベリーにしたらしい。
「なんかさあ、意外だなあ。ユズがストロベリー選んだの。というか、迷ってたの」
「そう?杏子ちゃん」
「うん、ユズはもっと即断即決なイメージがあった」
「わたし、結構迷う人間なんだよねえ。戦う時もどうすればいいか迷っちゃって、それでピンチになることもあって。……でもね」
優月は恥ずかしそうにクレープを一口かじった。
「わたし、迷ってる時間も好きなの」
「好き?」
「うん、迷うってことは自分について考えてるってことだし」
「それ、さくらさんとかにも言える?」
「うーん……怪しい……」
優月が微笑する。どこか可愛らしさと美しさが混ざった微笑みだ。
「でも、杏子よりはいいんじゃない?杏子、突っ込んでばっかだし」
「ちょっと、怒るよ葵」
「確かに、杏子ちゃんはいつも先陣きってるわねえ」
「それは私の機体が接近戦型だから……」
もじもじする私を横目に、2人はクレープを次々と口に運ぶ。それに一拍遅れるようにして、私もチョコクレープで頰を満たした。穏やかな甘さが日々の疲れを癒す。
「わたしたちっていつまで一緒に居られるのかなぁ……?」
「いつまでって?」
「わたしたちってフロンティア人と戦っているから一緒なわけで、その敵がいなくなったら……」
「そんなの、ずっとに決まってんじゃん。iARTSとかドールユニットがいらなくなっても」
優月が「うん、そうだよね!」と軽やかな声で返す。それと同時に、彼女の目線がある場所を向いた。
「あっ、ゲーセン行かない?ゲーセン!」
「ゲーセン?」
「ほら、あそこの!」
優月の指さした方向に目を向けると、確かにゲームセンターがあった。結構大きそうな店だ。
「ユズってゲームとかするんだ」
「わたし、こういうの得意なんだ。職業病かしら」
葵の素朴な疑問に優月が照れる。
「じゃあ、クレープを先に食べた人がゲーム代を奢るってことで!」
「えー、そんなんユズが有利じゃん」
「うそうそ、わたしが払うよ」
そんなこんなで入ったゲーセンの中で、私たちは筐体を1台ずつ吟味する。クレーンゲームから対戦ゲームまで、いろんなジャンルが並んでいる。
「そういえば、ユズってどんなゲームが得意なの?」
という私の質問に、優月は「んー」と悩み声をあげてから
「レースゲームかな?」
と答えた。
「レースかあ……。じゃああれは?」
葵の目が向いていたのは、大人気レースゲームのアーケード版だった。4台並んでいて、対戦できるようになっている。
「いいわねえ、やりましょ!」
そんな優月の鶴の一声で遊ぶゲームが決まった。筐体に腰を下ろし、100円玉を2枚投入する。
「私、弟と家でこのゲームは沢山やってるから。負けないよ」
「わたしに勝つなんて10年早いわよ?」
結論から言うと、優月の発言は本当だった。私と葵もこのゲームはかなりの時間遊んでいるはずだが、そのプレイスキルにはかなりの差があった。アイテムの使い方も巧みとしか言いようがない。
「ユズ、上手いね……」
「わたし、こういう瞬発さが必要なゲームは得意なんだよね」
「にしてもショートカットとか知ってたの?」
「ううん、このコースは初めてよ」
「はじめて……」
葵が疲れた口調で呟く。がっくしと来たような声だ。
「こうしないと、本当の戦いに勝てないからねぇ」
「戦い?」
「フロンティア人との戦い。勝てないと、死ぬから」
勝てないと、死ぬから。言葉が心に深く沈む。
優月の声色は、さっきまでと何も変わらなかった。クレープを食べて、ゲームに笑って、いつもの優月のままの顔で。
なのに、その言葉だけが妙に重たくて、空気の温度を一気に下げた。
「……ユズ」
私は思わず名前を呼んでいた。優月は「あ、ごめんね」と小さく笑う。
「次のコースやろっか」
ちょうどその時、もう1台の席に見知らぬ男子が座った。私たちと同い年ぐらいの、茶色のコートに身を包んだ子。短めの黒い髪と整った顔を携えた、男の子。
「あっ、乱入してもいいかだって」
「別にいいんじゃない?せっかくだし」
「わたしもいいわよ」
その男子は一言も発することなく、マシンとコース選択をした。抽選の結果、私のコースが選ばれた。
「おっ、私のだ。ここ得意なんだよね」
私はそう言いながら、男子に目をやった。彼は微動だにせず、ハンドルを握る。
――あの子、何者なんだろう?
やがて始まったレースは、私のぼろ負けだった。いや、それだけじゃない。優月すら、負けたのだ。1位は、謎の男子だった。
「え、すご」
「わたしと10秒差……」
葵と優月が相次いで驚嘆のリアクションをとる。優月は自分が負けるとは思っていなかったらしく、相当なショックを受けているようだった。
「あ、あの……」
私は男子に声をかけた。
「なにか?」
「さっきのレース、凄かったですね……。良ければ名前でも……」
「必要ない。明日わかる。橘」
「……え?」
男子は私の名前を口にすると、そそくさとゲームセンターを後にした。
私の心に、不思議な親近感を残しながら。




