ep.9-2 Days
正月。本来ならばめでたい三が日も、今年はどこか重々しい雰囲気が漂っていた。
それもそのはずで、フロンティア人による襲撃の理由はおろか、そもそも異世界の存在自体が世間には未公表であり、あの事件自体が目下『謎のロボット災害』として扱われているからだ。
ただ、私にとってこのお正月はそれ以上に重大な意味を持っているような気がした。
「おーい、杏子ー!」
「杏子ちゃーん!」
紺のコートを羽織り寒さに順応した私と弟を、遠くから呼ぶ声がする。私は釣られるように声の方を向いた。
「葵!ユズ!こっちこっち!」
神社の境内を2人が駆ける。葵は私と似たような洋服を着ているが、ユズはしっかりとした和服を着込んでいる。
「春翔くん、こんにちは。わたしは杏子ちゃんのクラスメイトの聖堂優月です。ユズって呼んでね」
「こ……こんにちは」
見慣れないレモンイエローの髪に弟は少したじろいだ。
「お姉ちゃんの学校って意外と自由なの?」
「うん?まあ……そこそこね」
まさかiARTSのことなんて言えるわけもなく、私は言葉を濁した。
「杏子ちゃんの弟くん、初めて見たけど可愛いね!」
「うんうん、杏子とは正反対」
「ちょっと、それどういう意味?」
私のちょっとムスッとした表情に2人は余計に笑みを浮かべる。
「あはは、じゃあまず手水舎だっけ?」
「そ。それでお賽銭入れて深くお辞儀して……」
「でもこうして一緒に初詣できるの初めてねえ」
そんな会話を混ぜながら、私たちは本殿へと向かった。そこそこ人気のある神社なだけあって、人も多い。
「そういえば、葵とユズ、小銭は用意した?」
「もちろん、私は5円」
「わたしは50円」
「あっちゃあ……どっちもないや」
「まあ大事なのは気持ちだから」
葵に言われるままに、私は100円玉を賽銭箱に投じた。深くお辞儀し、拍手し、お祈りする。いつもの形だけど、重要な儀式。
私はそっと目を閉じた。
――どうか、みんなが無事でいられるように。
ありきたりだけど、いまの私にとってはこれ以上ない願いのように感じた。
――私に、世界を守るだけの力があったらいいのに……。
参拝が終わり、おみくじを引く。200円ぐらいのいちばんシンプルなもの。
「おみくじ見せ合おうよ!」
「いいねえ、やろうよ」
葵の調子に乗せられ、私はおみくじの紙を差し出した。
「わたしは中吉!」
「私は小吉だったなあ」
「僕も小吉」
「わ……私は……」
私は自分の手元に握られた紙に視線を落とした。
結果は、凶だった。
「あっちゃあ、凶かあ」
「わたしたちの中でいちばん頑張ってるのにねえ」
「まあ、私らしいっちゃ私らしいかも……」
――でも。
「凶なら、ここから上がれるってことじゃない?」
「出た、杏子のポジティブ思考」
「わたしは嫌いじゃないよ、そういうの」
優月がくすっと笑う。
私たちは境内の一角にあるおみくじ結び所へ向かった。枝に白い紙が幾重にも揺れている。その1本を選び、ぎゅっと結ぶ。
「悪いことはここに……っと」
帰りの電車の中。同じく参拝客で満たされた車内で、祈願の暴露会が開催された。
「杏子はなにを祈ったの?」
「みんなの無事……かな」
「私は成績向上!」
「わたしはもっと友達が増えるようにって」
「友達かあ」
優月らしい回答に私はふふっと笑った。三者三様だけど、それぞれ大事な願いだ。
「そういえば、弟くんはなにを祈ったの?」
「僕は……」
「僕は?」
「お姉ちゃんが頑張らなくていいようにって」
弟の回答が私の心にズンときた。
――頑張らなくていいように……。
「春翔……お姉ちゃん、そう見えるかなあ?」
「うん……最近バイトとかやってるし、すごく忙しそうだなって」
うん、の一言。それだけで十分だった。隠しているつもりでも、いちばん近くにいる家族には伝わってしまうのだろう。
「春翔くん、優しいね」
「うん、いい弟くんを持ったね」
電車は正月の街並みをゆっくり、それでも確かに前に向かって走った。まるで私たちのように。




