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ep.8-2 Arousal

 私の涙は止まるところを知らなかった。ありとあらゆる感情がバグったかのように噴出し、心を悲しみの海へと突き落とした。


「ちょっ……杏子……」


 葵が走り寄ってくる。不安そうな声がする。


「だ……大丈夫?」

「わ……私……」


 私の声がカスカスになって放出される。


「私……やっぱり、死んでた……前世で、機体ごと……焼かれて……」


 パイロットスーツの裾を握る。その力は、意外なまでに強かった。


 熱線で焼かれたビル、赤く染まったコックピット、ラグール、そして、エレーナ姫。


 その全てが、いまの私が抱えるには重すぎる光景だった。


「私、生きてるの、かな?」

「……」

「私、ほんとはもう死んでて、いま見てるのは単なる夢で……私が守ろうとしてるものも」

「違うよ」


 葵が迷いなく答える。その声は冷淡で、しかし温かみのあるものだった。


「杏子は……いま、ちゃんとここにいるよ。ちゃんと苦しんで、ちゃんと泣いてる。それは生きてるってことでしょ?」


 ――生きてる。私は、生きてる。


 胸を突かれたように、息が止まる。葵がしゃがんで私の背中をそっと撫でる。


「だから、言ったでしょ?杏子は杏子だよ。誰もそれを疑ったりなんかしないよ」

「そうよ、杏子ちゃん」


 優月の手も背中に合わさる。


「今回も助けてくれてありがとう……杏子ちゃんの声、胸にグッときた」

「声……?」

「この街を、友達を守りたいって。杏子ちゃんってものすごく優しい子だなって思った。友達になれて、よかった……」


 優月の声が私の胸に触れた。優しく、丁寧に。


 私はやっぱり泣いていた。だけど、そこに負の感情はなかった。


 ――私、戦ってよかったんだ……。


 そう思った時、優月のスマホが鳴った。「ごめん」と一置きし、優月がスマホを取る。


「はい……はい……わかりました」

「なんの電話?」


 葵が情報を聞き出そうとする。


「さっき戦った敵が機体から救出されたんだって……いまiARTS本部まで搬送されてる。わたしたちの元にも送迎の車が来るって……」

 

 私は俯いた。さっきまで戦った相手なのに、殺したいと思った相手なのに……。


「行きなよ」

「……え?」


 立ち上がった葵から言葉が降ってくる。


「思うところがあるなら、面と向かって言ったほうがいいよ」

「でも……」

「あーもう悩まない!悩まないのもロボット同好会の鉄則!」

「それ、いつ決めたの?」

「いま!」


 優月の質問に葵が即答する。その姿はあまりにもすっきりしていて、どこか愉快だった。


「ふふっ……わかったよ、行く」

「それでこそ、杏子!」


 立ち上がった私の背中を葵がポンと叩く。その強さに、私は元気づけられた。




 iARTS本部の医務室。アリア、と自称した女は、ラグールとは別の部屋にいた。


 白く塗装された扉が開かれると、紅色の髪が目に映った。紅の、胸までかかろうとするロングヘア。服は黒のローブで、左胸に紋章が描かれている。その姿は、ラグールのものと瓜二つだった。


 女は、ベッドの上に横たわっていた。


「あっ……」


 私と女の目がぴたりと合う。女からは、不思議にも敵意を感じなかった。それどころか。


「先ほどは、本当に申し訳ないことをしました……」


 彼女は深々と頭を下げた。


「エレーナ姫に剣を振るうなど、決してあってはならないこと。兵士として、人間として……」

「それだけですか?」


 私は手をきつく握った。隣の優月が「杏子ちゃん?」と声をかける。


「あんなに街を壊して、人を殺して、私の友達を傷つけて……それなのに……」


 ――それなのに。


「私に対する……謝罪だけですか?」

「それは……」


 私は女の方へと歩み出していた。1歩、2歩と近づく。


 そして、気づけば手が女の首へと伸びていた。周りの大人たちが制止しようとするのを優月が遮る。


「謝れ!私にではなく、街に!みんなに!!」


 怒号が跳ねる。それは、私の心からの思いだった。


 ――今回の襲撃で、どれだけ街は傷ついたのだろう?どれだけ人が死んだのだろう?


 どれだけ、友達や春翔は怖い思いをしたんだろう……?


「謝れ!!」

「ご……ごめんな……さい……」


 女の首を掴む手を涙が伝う。私はそれでも手を離さなかった。


「ごめん……なさい……ほんとうに……」

「杏子ちゃん……もういいよ」


 優月のなだめる声で、私はようやく女の首から手を解いた。女の咳き込みが聞こえる。


「杏子ちゃん……」

「もう行こ」


 そう言って私は部屋を出ようとした。けれども、その足はすぐに止まった。


「待って!私、知ってる!フロンティアのこと!あなたの機体のこと!」


 首を後ろへ巡らせる。その先には、ベッドから身を乗り出した女の姿があった。

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