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ep.7-2 Ragul

聖歴1394年・エルハ王国



「ついにお前も兵隊に入れるなんて」


 僕の身支度中、鏡に映る紺の軍服を目にした母が涙ぐむ。鏡の中の僕は、上から下まで紺色に染められ、まさに軍人然とした見た目をしていた。


「お前のお父さんも天国で喜んでるだろうよ」

「お母さん、その話はやめてよ」


 どんな話題にも亡くなったお父さんを引き合いに出すことに辟易しながらも、内心では自分のことを誇らしく感じていた。


 ――ついに、軍師への第一歩が開けたのだから。


「そうだ、ちょっと外歩いてきてもいいかな」

「まだ入隊式まで時間があるけど……」

「朝の空気を吸ってきたいんだ」


 僕はそういうと、家の扉をそっと開け、朝特有の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「それじゃあ行ってきます」


 家を後にした僕は、一心不乱に噴水目掛けて走った。まだ早朝ということもあり街並みは薄暗く、人並みも数えるほどしかない。


 それでも、いまの僕は自信に満ち満ちていた。なんでもできる、そんな気すらする。


 ほどなくして噴水の前に辿り着いた僕は、なにをするでもなくただ噴水の縁に座り込んだ。まるで、あの日みたいに。


 ――久しぶりに、エレーナと2人で話したいな……。


 そう思った時だった。城の方向から、馬の列がこちらへ向かってくるのが見えた。その中の一頭に、彼女――エレーナの姿があった。


 思わず胸が弾み、鼓動が早くなる。やがて一行は噴水の手前で歩みを緩め、彼女はすっと手綱を引いた。赤のドレスが風になびく。


 ――変わっていない。あの日から、なにも。ただひとつ、あるとすれば。


「あら、ラグール。お久しぶり。9年ぶりかしら」

「エ……エレーナ……様」


 様、を付けなくてはならなくなったことだろう。エレーナは、既に『姫』となっているのだから。


「こんなところでなにをしてたの?」

「あ、その……。入隊式まで時間があるので、朝の空気を吸おうと……」

「入隊式?」


 エレーナは僕の軍服をマジマジと見た。


「それじゃあ、今日から正式に……」

「はい!エレーナ様の下で奉仕することができます!」


 エレーナは僕から目を逸らすと、露骨に言葉を詰まらせた。


「そう……なら、ちょうどいいわ。ちょっと付き合ってくれないかしら」

「はっ、なんでしょうか?」

「そうね……浜辺に行きたいと思うんだけど」




 騎乗し草原を駆け抜けること1時間ほど、僕たちはとある浜辺に着いた。すっかり日が上り眩しいことこの上ない。


「ここ、来たことある?」

「いいえ、初めてです」

「ふふっ、よかった」


 エレーナは馬を下り、ゆるやかな足取りで海のほうへと向かった。砂浜に足跡がくっきりと残る。9年前よりもはっきりと大きい。


「ねえ、来てよ!」


 エレーナが振り返った時、胸元が微かに光った。僕は目を凝らす。


 そこにあったもの、それは。


 石だった。


「それって……」

「ああ、これ?魔石よ」


 ――これが例の……。


 僕はエレーナに追いつくよう走った。魔石は思ったより小さく、これが外交のネタになるとは到底思えなかった。


「魔石……」

「そ、魔石。これがあるとね……あっでも話していいのかなぁ……まっいっか」


 彼女は軽く肩をすくめると、胸にかけられた魔石を右手に取った。


「これがあると、"機動神"を使役できるの」

「き……きどうしん?」


 初めて聞いた名前に耳が受け付けてくれない。首を傾げる僕にエレーナが補足する。


「機動神っていうのはね、ものすっごい大きい魔物なのよ」

「クベアマよりも?」

「そう」

「グレートスパイダーよりも?」

「断然デカいわ」


 想像できなかった。グレートスパイダーといえば、5mは高さがある大きな蜘蛛だ。それよりも、遥かに大きいなんて……。


「それを使役……するの?」

「そう。具体的に言うとね、中に乗り込むの」

「中に……?」

「心臓?みたいなところに乗る部分があってね、そこに乗り込むの」


 余計に訳が分からなくなった。胸に?それも、心臓に乗り込むとはどういうことなのだろうか。


「それで……その魔物はどこに……?」

「あそこよ」


 エレーナは海の遥か向こうに左手を伸ばし、なにかを指差した。


 指差した先には、島があった。


「あそこ……?」

「そう、あの島に眠ってる」


 エレーナは島から視線を外さずに言った。


「ずっと昔……この王国ができるよりも前から、魔物はあそこに眠っている。そして、それを起こせるのが……」

「魔石を持つもの……」

「そう」


 彼女は軽く顎を引いた。


「歴代の姫は皆、この魔石の適合者だったわ。私が姫に選ばれたのも……きっと」

「魔石を使えるから……」

「……ええ」


 エレーナの指が魔石に触れる。どこか悲しげだ。


「私はこの魔石に生かされている……。本当の私など、もうどこにもいない。皆が期待しているのは、機動神を操る私だけ」

「それは!違います」


 僕は思わず首を振った。


「エレーナ姫は、エレーナ姫です。魔石がなくたって……それは変わりません」


 エレーナは、驚いたように目を見開いた。次いで、ふっと息を吐き、どこか困ったように笑う。


「……ありがとう、ラグール。前と変わらないね。でも……私は姫よ。いざとなったら、機動神で戦わないといけない。国交がうまく立ち行かないいまなら、なおさら」

「……ならば」


 僕は叫んだ。声が枯れそうなほどに。


「ならば、僕が強くなります!兵士として、軍師として!エレーナ姫が戦わなくて済むように!」


 海風が通り抜け、赤いドレスの裾が揺れる。


 彼女は、はにかんだ。


「ありがとう」


 エレーナの一言は、言葉以上に重く感じた。


 だが、この時の僕はまだ想像していなかった。機動神がどのようなものかを。


 機動神と、立ち向かわなければならないことを。

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