ep.6-1 Rebirth
iARTS本部のシミュレーター区画。その小さい実験機の中で、私の視線は四方八方へと散っていた。手足がひっきりなしに動き、プログラム上の白龍を駆る。
「あ、ちょっ、ちょっと待って!あー……」
あまりにも情けない叫び声が反響する。東京湾上での戦いを復元再生した模擬戦であったが、実際とは違ってなす術もなく完敗してしまった。
実験機のドアを開け、足を金属製の階段に下ろす私を、待っている人がいた。優月だ。
「おつかれさま!ミルクティー買ってきたよ」
私は階段をそそくさと降り、手を軽く振ってからミルクティーを受け取った。
「どうだった?模擬戦」
「うーん、ボロ負け。実戦は良かったんだけどなぁ」
「まあ、シミュレーターだとどうしても変わっちゃうからねぇ」
「それだけじゃない気がするんだよ」
私の口にミルクティーが注がれる。3分の1ほど空になったボトルにキャップをし、バッグに雑に仕舞う。
「なんというか、怒れないと本気が出せないというか。怒った時と力の差が激しすぎるというか」
「なんか漫画みたい」
優月がふふっと笑ってみせる。確かに、漫画やアニメの設定みたいだ。
「模擬戦は数が命だからねぇ、もっと戦わないと変わらないよ」
「それは分かるけど……」
私の声が躊躇いを帯びる。シミュレーターとはいえ、やっぱり何回も負けてしまうと士気は下がるものだ。
ただ、今日はそれよりも時間的に押していた。
「今日はこれで終わり?」
「うん、もう21時超えてるから。家に帰らないと」
「それなら出口まで送るよ」
シミュレーター区画を出て、更衣室までの通路を歩く。施設内は暖房がしっかり効いているからか、薄手のパイロットスーツでも寒くは感じない。
「でも、杏子ちゃん、富士山で戦った時はすごく強く感じたよ?」
「あれも不思議なんだよなぁ……強い時と強くない時の差が自分でもよく分からないんだよね」
富士山の時は、最後に自爆されそうになったとはいえ、3機も無傷で倒せた。でも、いま模擬戦をしてもそこまでの戦いぶりはできないだろう。
――自分の、なにが足りないんだろう?
そう思った時、私のスマホがプルプルと震えた。スマホを手に取り耳に当てると、中津川さんの声がした。
「橘さん?まだ本部の中にいますか?」
「あ、はい。まだ帰ってませんが」
「ちょっと医務室の方に寄ってくれませんか?」
私は首を傾げた。いまから何の用事だろうか。
「ごめん、なんか医務室に呼ばれちゃった」
「わたしも付き合うよ」
「いいの?」
「わたしはこの後もここにいるしね」
医務室に入った私の目に、青年――ラグールが映る。ラグールは医療用ベッドから背を上げ、こちらの方を固視している。
その瞳は、以前に見た時より優しく穏やかなものだった。
「なんだろう?」
「さぁ?」
疑問に溺れそうになっていた私に、先に来ていた中津川さんが声をかける。
「橘さん、夜遅くにすみません。ラグールさんがどうしても話しておきたいことがあるらしくて」
――話しておきたいこと?余計に疑問が深まる。
私は部屋の奥へと歩を進め、ベッドの前にある丸椅子へと腰掛けた。ベッドの周りには何人ものスーツ姿の大人が立っていて、ラグールが私に暴力を振るわないよう注視している。
しかし、当のラグールには、私に危害を加えるような気配は全くしなかった。しばらく私たちは閉口したまま目を合わせた。緊張しているような緩やかなような、どっちつかずの雰囲気が流れる。
その状況を破ったのは、ラグールだった。
「姫、お待ちしておりました」
「ひ、め?」
「はい、エレーナ姫」
――姫?エレーナ姫?全く意味が分からない。誰のことを言っているんだろう?
「私は、橘杏子という日本人です」
「橘……杏子?」
「はい、そうです」
ラグールは天井を見上げ、なにかを熟考するような素ぶりを見せた。再び沈黙が流れ、次の言葉を待つ。
ラグールの次の言葉、それは。
「そうか……。そういうことか。あの魔石にはそんな能力も……」
「……?」
ラグールは、どこか納得したように小さく頷いた。
「なにが……そういうことなんですか?」
「姫が、こちらの世界で"橘杏子"と名乗っている理由です」
言葉の真意が分からない。それは横で聞いていた優月も同じようだった。
「この子は橘杏子ちゃんであってそれ以外の何者でもないわ」
「いや、違う」
ラグールが断言口調で否定する。医務室の空気が、一瞬にして張り詰めたのが肌で分かった。
「ラグールさん、それ以上の妄言は……」
「妄言ではない」
中津川さんの言葉もラグールはキッパリと拒絶した。彼の視線が私に定まる。唾を飲むことすら躊躇われるような緊迫が破かれる。
「あなたは、前世、あなたがたが"フロンティア"と呼ぶ世界で、死んだんです」
――死んだ?前世?
言葉の文字列が全く頭に入ってこない。深まる困惑の中でも、ラグールは話し続ける。
「前世では、あなたはエレーナという姫でした。私は、あなた様の元で軍師をしておりました」
「私……が?」
ラグールは首を深く縦に振る。
「ある日突然、フロンティア世界で戦争が起きました。大陸全土を揺るがす戦争でした。その中で、あなた様は勇敢に戦っておられました。姫という立場にも関わらず、前線で奮戦しておられました。しかし……」
「しかし?」
問い返した、その瞬間だった。
ラグールの体が不意に崩れ、医療用ベッドへと倒れ込んだ。
「ラグールさん!」
誰かの叫び声が上がり、医務室は一気に騒然となった。
混乱の中で、私は立ち上がることができなかった。
――前世。
――エレーナ姫。
――戦争。
現実感のない言葉達が、脳を震わす。
――私は、転生でもしたというのだろうか?
「杏子ちゃん!大丈夫?」
「え、あ?うん……」
私は椅子から立ち上がり、中津川さんに一礼をして医務室を後にした。
「ユズ、あれは……なに?」
「わたしもわからない……」
細い通路を歩く途中で、私は怖くなった。手が震え、歩きながらでも分かるぐらいに足がガクつく。
「あの話、本当だと思う?」
「わたしは、嘘だと思う。でも」
「でも?」
「完全な作り話って感じもしなかったわ」
優月の言葉は中途半端なものだった。否定とも肯定とも取れないもの。
――私は、何者だろうか?
答えのない問いが、私を酷く苦しめた。




