ep.4-5 Buddy
コックピットを包み込む眩い光が溶けるように消えていき、代わりと言わんばかりに黒い闇がモニターを埋め尽くす。左レバー横のサブモニターには、機体の位置情報が表示されていた。
――相模湖上空、1500m。
機体は、ブリーフィング通りの位置に転送されていた。
「山ばっかりだ」
モニターには、何座か数えられないほどの山が広がっている。山の間には家々の光が灯されていて、人の営みを感じさせる。
――でも。
「この空間、私たち以外に人っていないんだよ……ね?」
「うん、そうだよ〜」
優月が軽い調子で答えた。これから戦いに挑むとは思えないほどの軽さだ。
「まあ、そのおかげで戦えてるんだけどね〜。だって、民間人がいたらまともに戦えないでしょ?」
「まあ、うん」
優月の言う通りだ。人がいたら、踏み潰してしまいそうで恐ろしくて戦えやしない。
「でも、今回ってちょっと珍しいんだよねぇ」
「え?そうなの?」
優月が「うんうん」と頷く。
「いままでって毎回海上の決まった位置に出てたの。前回の八丈島沖みたいにね。だから大きなニュースにもならなかったのよ。でも、新宿と今回は違う。なにか変なのよね」
優月は考え込むように軽く首を傾げた。
確かに、私が白龍に乗る前にも優月は戦ってきたのに、それらしい話題を聞いたことはただの一度もなかった。
――なにかが、私たちの知らないところで起きている?そう考えた刹那、モニター上に敵機の情報が映し出された。
2足歩行型の濃紺のロボット。ところどころに白色の塗装がされている。頭部は白龍のそれとは違って、人間型ではなく平べったい形をしていた。
だが、それ以上に気になる情報が書かれていた。
「あれ?無人?」
モニター上の情報には、敵機に生体反応が検知されなかった旨が記されていた。
「本当ね〜、戦いやすくていいじゃないの」
優月から口調とはかけ離れた好戦的なワードが飛び出す。
「7機もいるから、さっさと仕留めないとね」
「う、うん」
「それじゃあ、まずわたしが1機を撃破して編隊を崩すわ。杏子ちゃんはその後突っ込んで」
そう言い終えるや否や、真鶴の背部装甲が低い駆動音を立てて展開した。機体は急減速し、空中でぴたりと静止する。
レールガンを両手で構え、狙撃姿勢を取る。機体は微動だにしない。
「……」
それまで雄弁だった優月が、一言も発しない。ただならぬ殺気がモニター越しに伝わる。
――ここでしくじれば、死ぬ。
そんな気迫すら伝わった、その時だった。
「――そこ!」
優月の言葉と共に、真鶴のレールガンから弾が射出された。目で追えない速度が敵めがけて飛翔する。白龍のサブモニターにも弾の現在位置が表示されている。音速の何倍で飛行するそれは、ある地点で消滅し、そして。
遠くで爆発が起きた。赤黒い、華のような爆発が山を照らす。
「ひとつ!」
優月の威勢のいい声が聞こえる。
「わたしは位置を変える!杏子ちゃん!がんばれ!」
「うん!」
私の足がペダルを踏み込む。スラスターが噴き上がり、白龍が空気を蹴る。山が次々と後ろに流れていき、恐怖すら置き去りにした。
――私たちなら、やれる!
白龍が草薙を正眼に取る。その間にも速度は増していく。
私の目は、崩れた編隊の1機を捉えていた。
「どぉぉおおおおおりゃあああああ!!!」
刀が敵機を切り裂く。擦れる音が響き渡り、断面がモニターを流れる。
数秒後、白龍の背後で赤い華が咲き乱れ、コックピットを染めた。
「ひと……つ……!」
私は優月の真似をするように呟いた。心が不思議と熱くなる。
ビーッという音が耳を刺激する。敵機の接近警告音だ。
「あと、5機……!」
私は警告音の鳴る方へ機体を向けた。敵機の頭部が月光で白く光ったと思えば、敵機の右手に構えられた刃と草薙が正面から衝突した。火花が散る。
「くっ……」
火花はモニターを隔てても熱く感じる気がするほど、激しかった。間髪入れずに今度はピーピーと別の警告音が鳴った。
モニター端に、もう1本の短剣が見えている。いつの間にか敵機の左手に収められている。
「そうは!いかない!」
私は瞬時にキーボードにコードを打ち込んだ。自分でもなにをしているのか理解していなかった。理解する前に手が動いていた。
白龍の右脚が後方へ流れ、そのまま反時計回りに回転すると、質量と勢いに任せたまま敵機の左脚を粉砕した。
よろめく敵機。私はすかさず、右の操縦レバーを最大限押し倒した。
「ふたつ!」
言葉と共に、敵機は不気味なほど綺麗に真っ二つに切断された。
はるか前方で2つ大きな爆発が起きている。レールガンから発射された弾丸が、一筋の光となって闇夜を裂いている。
「わたしはみっつ目!」
優月が胸を張るように叫ぶ。その声には、迷いも恐れもない。
再び接近警告が鳴る。私は反射的にモニターの上方を仰いだ。敵機のマシンガンから放たれた無数の弾丸が、こちらへと降り注いでくる。
私は無言でペダルを踏んだ。白龍のスラスターが轟音を響かせ、最高速まで加速する。白い軌跡が森林のはるか上空に描かれる。
白龍が湖の上で動きを止める。機体の精悍な顔つきが敵機を睨み、そして急上昇した。凄まじいほどの重力が私の全身にのしかかる。
「遅いっ!」
白龍は飛び交う弾を次々と避けた。敵機との距離が縮まる。
瞬間、マシンガンと刀が、交わる。マシンガンは白龍の右肩の上を掠め、刀は敵機の胸を貫いた。
落ちていく敵機は、湖上で爆発した。それはまるで、花火のようだった。
――あと1機。それで、全て終わる。
私はすっかり楽観視していた。優月の言う通り、そこまで難しいミッションではなかった。疑う余地もなく、そう思い込んでいた。
しかし、それは大きな誤りだった。
何度目かの接近警告が鳴った時、白龍はなにかに抱き抱えられたかのように身動きができなくなった。
「えっ?えっ!?」
私の視線が背中を向く。そこにいたもの、それは敵機だった。
敵機が、白龍を掴んで離そうとしない。
――もしかして、自爆!?
「離して!離せ!」
私はレバーを必死に動かした。この至近距離で自爆されたら、白龍も巻き込まれて大破する可能性すらある。
――そうしたら……。
最悪の可能性が頭を満たす。私は、ここで死ぬのか?こんなところで?
「いや、いやだ!」
私は叫んだ。狭いコックピットで、涙が出るほどに。
"それ"が来るまで。
"それ"はほんの一瞬の出来事だった。
1本の光が、背後のモニターを眩く光らせた。一瞬、本当に爆発したかとすら感じた。
その正体は、真鶴から発射されたレールガンの弾だった。
弾は、敵機を貫通した。真ん中に大穴の空いた敵機が、森林へと落ちていく。私は、その様子をただ眺めることしかできなかった。
「ふう、危なかった!」
優月が小さいモニターの中で額に手を当てる。
「あと、もう少しで自爆してたよ?」
「あ……ありがと」
「ふふん、どういたしまして。わたしの方が多かったね、倒した数」
優月は右手で4の数を出した。私は3機、優月は4機だった。
「でも、やったね」
「……?」
「わたしたち、たった2機で7体も倒しちゃった」
優月が興奮を抑えられない様子で呟く。
「そう……だね」
「あれ?こういう時ってもっとはしゃがないと!勝ったんだよ?わたしたち!」
勝った。勝った。勝った。
私は口で転がす。勝ったんだ、確かに、間違いなく。
「わたしたち、最強のバディだと思わない?」
「うん」
「もっと、元気よく!」
「……うん!」
そうだ、私たちは最強のバディで、ロボット同好会だ。
私は心の底からそう思えた。




