ep.4-3 Buddy
放課後。すっかり早くなった夕焼けが街並みを赤く染め上げる中、私と優月は送迎用のワンボックスカーの前に並んでいた。ひとり家路に帰る予定の葵が、バッグを両手でぶら下げながら、柔らかな笑顔で私たちを見つめる。
「じゃあ、また明日ね!」
「また明日〜」
「杏子も訓練頑張ってね!」
「……うん」
――きっと、葵も私の本心に気づいているはずなのに。
意地悪だ、私はそんなことを考えながら車に乗り込んだ。
「そういえば杏子ちゃん、杏子ちゃん専用のパイロットスーツができたんだって」
「……そうなの」
「あれ、ものすごくフィットして快適なのよ、機体の揺れも減らしてくれるし」
「……すごいね」
生気のない返事が車内に充満する。私は膝をドア窓に立て、流れるトンネルのライトを見つめていた。気まずい空間がただただ流れていく。
優月も緊迫した空気感には気づいたようで、
「……怒ってる?」
と私の顔を覗き込んだ。
「怒ってないよ」
「でも、さっきからなんか……」
「……大丈夫」
なにかを察したように、優月が言い淀む。
「そ……それならいいんだけど……でも」
――でも。その一言に私の体が大きく縮みあがる。
「……ごめんね」
「……」
「……わたしがいきなり学校に来て、困ったんでしょ。恥ずかしいんでしょ」
「……」
言葉を返そうとして、喉の奥で詰まった。否定したい気持ちは確かにあるのに、図星を射抜かれたようで、視線だけが行き場を失っていく。
「……わたしが悪いんだよ、なんの相談もなしに調子乗っちゃって」
「……そんなこと、ないよ」
「ううん、ある」
ぐすん、と涙をすする声がかすかに耳に入る。私は思わず優月の方に顔を向けた。ライトが小粒の涙を輝かせている。
「私の方こそ、ごめん……」
「……え?」
「ユズの考えてること、全部当たってる。私、隠すの苦手だね」
両手で制服のスカートを掴む。力が次第に強まっていくのは、きっと気のせいではないのだろう。
「ユズが来たの、予想外だった。恥ずかしかった、どう接しようか、分からなかった」
「そう、なんだ」
「ユズの孤独、私、全く分かってなかった」
一瞬の沈黙。
「……孤独、こどくかぁ……」
優月の吐き出した言葉が空中に漂うように耳に残る。
「わたしの話……してもいい?」
「……うん」
私は窓の外へと視線を逃がす。直視する勇気は、いまの自分にはなかった。
「……ありがと」
優月がか細い声を捻るように出す。
「わたしのお父さんね、世界線理論の第一発見者だったんだ」
「……え?」
「それで、iARTSを創設したのも、お父さん」
思いがけず息が詰まりそうになる。
――世界線理論、iARTS。もはや私の生活の一部に組み込まれているといっても過言ではない概念。
そんな大事なものの発見者だったなんて……。
「わたしが産まれて間もない頃、お父さんは学会で世界線理論の発表をしたんだ。最初はそりゃあ酷かったよ。世界線なんてそれまでの科学からは外れきった、フィクションの話でしかなかったからね」
優月は車の低い天井をそっと見上げた。まるでなにかから逃げ出したいかのように。
「もちろん、お父さんは学会から弾かれたよ。それでお金も無くなって、一文なし。お母さんとも離婚しちゃって、わたし、顔すら覚えてないんだよね」
「……」
「しかも、どこからかそんな情報が流れて、幼稚園に小学校ではイジメられて、友達はゼロ。もういやなっちゃうよね」
優月はハハハと笑ってみせた。それは、いつにも増して無理やりな笑いに感じた。
「それで、小6の頃、わたしの家にスーツの人たちがいっぱいやってきて、お金をくれたんだ。これで組織を作ってくれって。それでできたのが……」
「iARTS……」
「うん、iARTS。それでやっとお父さんの研究が認められた、これで金に困らなくてなる……そう考えてたら」
優月がごくりと唾を飲み込む。
「亡くなったんだ、お父さん。交通事故だった」
「私と……同じ……?」
「……」
重い沈黙が車内に溜まる。まるで身動きすらできなくなりそうなほどの、重苦しい沈黙。
「そう、だったんだ。杏子ちゃんの親も……」
「……うん。同じ、交通事故……」
私はコクリと頷いた。偶然にしては出来すぎているような、そんな不思議なざわつきが胸を締め付ける。
「それで、わたし、ひとりになっちゃった。ひとりで暮らして、ひとりで真鶴で戦って……。全部ひとりですることになったんだ。いつの間にか、処世術も身についてた」
悲痛な叫びに似た声が優月の喉を震わす。
「だから、杏子ちゃんが白龍に乗れるって分かったとき、ものすごく嬉しかった。学校に来てもいいって言われたときも……。でも、杏子ちゃんがいやなら……」
「いいよ」
「え?」
「学校、いてもいいよ」
即答だった。私は迷いなく答える。
自分はどんなにちっぽけな存在だったのだろう。人を守りたいと言っておきながら、仲間の気持ちすら大事にできなかったのだから。
「これからは、ユズの生きたいように生きていい。ユズはもう十分耐えてきたよ……」
「杏子ちゃん……ありがとう」
私は優月の顔を直視した。俯いた顔から流れる涙は大粒に変わり、膝を濡らしていた。
その瞬間、私のスマホが着信音を掻き鳴らした。
「ごめんね」
私はスマホを手に取り、耳に当てた。
「もしもし?橘さん?」
声の正体は、中津川さんだった。
「中津川さん、どうしましたか?」
「あと何分ほどで本部に着きますか?」
「あとって言われても……3分くらいですかね?」
「ちょうどよかったです。到着したら、ブリーフィング室に急行してください」
その声は、隠しきれない焦りに満ち満ちていた。




