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ep.3-4 Contact

「ここがシミュレーター区画よ!」


 優月の跳ねるような声が響き渡る。整備ドックと打って変わって狭く、近未来感のある水色の壁と規則正しく並んだ照明で清潔感が演出された空間の中には、ドールユニットのコックピットを模した実験機が4機ほど並んでいた。


「この中に乗るの?」

「そう!ドールユニットの動きとか揺れとかを機体別に再現してくれる優れものなの」


 優月は腰に手を当て、胸を張って言った。


 近づいてみると、実験機の外装は想像以上に複雑だった。無数の細い配線やパイプが壁や床に向かって伸びており、それら全てが微かな駆動音を立てていた。


 ――高そう。それが、第一印象だった。


 優月は手すりを掴むと、その身を軽やかに翻し、実験機に乗った。何度も経験しているような手慣れた手つきだ。


「さーさー早く早く!杏子ちゃんの戦いぶり見てみたいよ!」


 弾むような声に背中を押され、私は言われるがままに隣の実験機に乗り込んだ。金属製の階段と革靴が音を立て、制服のスカートがシートと擦れる。


 実験機の内部は意外と狭く、白龍のコックピットとはかけ離れているように感じた。


「これって……どうすればいいの?」


 目の前のモニターには何も表示されておらず、私の体が反射してぼんやりと映り込んでいた。優月の声がシートのスピーカーを通して流れる。


「杏子ちゃんはなにもしなくていいよ〜。わたしが調整しとくから」


 手を膝に置いたまま、言葉通りに待っていると、随所からいろんな音が鳴り始めた。


 キィンという甲高い電子音、グオオンという起動音、カチカチというなにかが噛み合う音。それら全てがまるで協奏曲を奏でるかのように、ひとつに統一されていく。


「レバー握ってみて」


 私は優月の指示通り、左右のレバーをそっと握った。


 瞬間、暗闇の視界がパァっと開けた。


 眩しいほどの青空がどこまでも広がる。眼下には光り輝く海が並べられ、それを囲むように街が形成されている。


 ――これは。


「杏子ちゃんが前に戦った場所、東京湾上空よ」


 優月の言葉に嘘はなかった。あの日見た光景が、眼前に広がっている。


 いや、ただひとつ違うものがあった。私はその"異物"に目を凝らした。


 白い機体が宙に浮かんでいる。


 ――真鶴だ。


 でも、さっき見たのとなにか違う。その答えは、すぐに分かった。

 

 背中に金属製のマントのようなものを背負っている。幾重にも重なった装甲板が空気を裂き、機体の輪郭をより鋭く際立たせている。


「真鶴の武装はレールガン。つまり、遠距離攻撃用の武装よ」


 優月の声が、落ち着いた調子で響く。


 遠くの真鶴が、両手で砲身のような武器を構えた。一目見ただけでも分かる、圧倒的な質量と重厚感。直撃すれば、いくら白龍とはいえどただでは済まない。


「杏子ちゃんが、これまで戦ってきた敵とは違うけど……でも本気で行くから」


 さっきまでのふんわりとした感じは完全に抜け、獲物を狩るハンターのような、殺気に満ちた声色が空間を満たす。


「それじゃあ……行くね」


 直後、"光"が飛来した。白龍の右肩を掠め、衝撃が実験機を激しく揺さぶる。


「――っ!!」


 あまりの迫力に言葉が出なかった。シミュレーターとは名ばかりの、本物の実戦ではないか?そんな気すらした。


 気がつけば、私はレバーを無我夢中で操作していた。頭で理解する前に、手が真っ先に動く。ただ、逃げなければという衝動だけが腕を突き動かしていた。


 しかし、白龍の動きは全くと言っていいほどバラバラだった。どこへ、どういう目的で移動しているか、操っている自分でも分からなかった。側から見れば相当不恰好なのだろう。


「それじゃあわたしを倒せないよ?」


 真鶴のレールガンが2弾目を発射しようとしている。ようやく頭が現実に追いついた。"それ"が起きたのはそんな時だった。


 ズドォン!という衝撃音と共に、実験機全体が大きく突き上げられた。モニターには大きな赤い爆炎が咲き乱れる。


「きゃああああっ!」


 私は思わず悲鳴を上げた。警告表示がけたたましく鳴り、視界をジャックする。


 ――白龍の、右脚が大破した。


 警告はその旨を淡々と伝えていた。


「どうすれば!?」


 レバーを動かす腕がより一層激しくなる。だが、白龍は思ったように動いてくれない。それどころか、動きはぎこちなくなる一方だ。


「機体はね、脚を失うとバランサーが効かなくなるの」


 優月の声は、どこまでも冷静だった。


 その直後、3発目の砲撃が放たれた。


 ――速い。


 目で追えない速度が、今度は白龍の左肩を貫いた。機体は大きく軋み、モニターが激しく乱れる。


 ――死ぬ。


 白龍は、ゆっくりと高度を失っていく。


 私はレバーを握ったまま、もう何も考えていなかった。抗う理由も、策も浮かばない。ただ、迫りくる終わりを、静かに受け入れていた。


 数秒後、4発目が放たれ、コックピットごと機体が爆散したのは言うまでもなかった。




「杏子ちゃん!?大丈夫?」


 模擬戦が終わり、開放されたシミュレーターの中で、私は動くことができずにいた。手は依然としてレバーを強く握り締め、足もペダルから離れない。そして、顔は大きく俯き、本物の攻撃が来たかのように震えていた。


「杏子ちゃん!」

「……こんななんだ」

「えっ?」

「戦うって……死ぬって……こんななんだ……」


 怖かった。


 これはシミュレーターで、模擬戦で、現実ではない。頭では分かっている。それでも、感覚は嘘をつかなかった。


 衝撃も、振動も、迫りくる死の気配も――あまりにもリアルで。


 私は、ただ震えることしかできなかった。


「ごめんなさい……わたし、いつもこんなんで……」


 優月の温もりに溢れた両手が、私の右手をそっと包み込む。ようやく視線を上げた私の目を、優月は母親のように優しく見つめる。


「戦いになると、手加減がわからなくなるんだ……」


 それは謝罪であり、懺悔であり、そして――彼女自身の弱さでもあったのだと思う。


「……ううん、私が悪いの」

「……え?」

「私が弱いから……なにも守れないんだ」


 私は、どこかで調子に乗っていたのかもしれない。自分が強いと錯覚していたのかもしれない。現実はこんななのに……。


「杏子ちゃんは弱くないよ……敵を2回も退けたのに」

「あれだって……偶然で」

「ううん、偶然じゃない」


 優月は首を強く振った。


「特に、前回の戦いはすごかったよ……映像で見たけど、あんなに簡単に敵の機体をバラバラにして」

「……簡単に?」

「うん……まるで機体と一体化したみたいに……」


 私の脳内に前回の戦いの記憶がなだれ込む。確か、あの時は私が激昂して……自分を見失って……。


 私ははっと息を呑んだ。 


 もしかすると、自分が目指すべき“強さ”とは、普段の私ではなく――あの瞬間に確かに存在していた、なにか、なのではないだろうか。


 その時、どこからともなくスマホの着信音が鳴り響いた。優月がごめんと言ってスマホを取り出す。


「はい、こちら聖堂優月……えっ?」


 優月の顔が一瞬引き締まったような気がした。


「はい、分かりました。すぐに行きます」

「……どうしたの?」

「杏子ちゃんが新宿で戦った相手が目覚めたんだって」


 私の胸を、期待と不安が満たしていくのを感じた。

 

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