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Beginning

聖堂(せいどう)さん!これ以上は危険です!撤退してください!」

「うるっ……さい!黙って!!」


 オペレーターの指示にわたしは歯向かった。いままでにないくらい、声が荒々しくなる。


 実際、わたしのロボット・真鶴(まなづる)の状態は、最悪だった。敵の攻撃をまともに喰らい、左脚全体と右脚の下半分、右腕を喪失。おかげでバランサーはろくに役に立たず、コックピットが常にガタガタ揺れている。


 頭部にも被弾し、メインカメラが半分機能していない。武装はレールガンのみ、それも弾数は残り1。


 間違いなく、大破寸前であった。


「あーもう!しゃらくさい!」


 壊れかけの全天周囲モニターに、警告と撤退の文字が踊る。蹴り上げようにも、わたしの短い足は届かない。


「敵機との距離、1000」


 わたしの口が状況を把握する。


 自分が冷静とは到底思えない。むしろ、狂気みたいなのが入っていることは重々理解していた。


 ――でも。


 ――ここで逃げたら。


 ――東京が、火の海になる。


 わたしは操縦レバーをグッと握った。血が滲むような、強い力で。


 ノイズが走るカメラが、はるか上空の黒いロボットに照準を合わせる。きっと、敵側も同じことをしているだろう。


 わたしを殺すべく。


 ――わたしを殺す?


 ――そんなの。


「100万年早いわ!!」


 わたしの指がレバー上のボタンを押した。最後の弾が射出される。それと同時に、敵のスナイパーライフルも火を噴いた。


 弾は空中で交差し、そして。


 敵機の胸元に直撃した。赤い、華のような爆発が夕空に咲き乱れた。


「お……お疲れ様でした」

「はぁ……はぁ……」


 わたしはレバーから手を外し、胸にそっと当てた。動悸が徐々に激しくなる。


「……だ、大丈夫ですか?」

「……大丈夫よ。困らせたわね」


 わたしはそっと謝罪した。


 これからも、わたしは苦戦するだろう。命を落とすかもしれない。


 それでも、わたしは戦うのだろう。街を守るために。


 仲間と、出会うために。


ーーーーー


 私は、橘杏子(たちばなきょうこ)とは、何者だろうか?


 深い眠りの底で、私はいつもその問いを反芻する。日々は激流のように過ぎ去っていくのに、眠りだけは不思議なほど深く沈んでいく。


 いろんなことがあった。いろんなことを知った。いろんなものを失った。


 様々な記憶が走馬灯のように流れ、触れようとすると指先から砂のようにこぼれ落ちていく。


 草原を裸足で走り回る私、カフェで友達とスイーツを楽しむ私、海辺で遠くの島々を見つめる私、学校で退屈な授業を受けている私……


 いろんな私が通り過ぎては、瞬く間に消えていく。


 どれが本当の私なのだろうか?


 どの私になるべきなのだろうか?


 分からない、それが私にとっての唯一の答えであった。


「うっ……」


 目を開いた瞬間、痛々しいほどの現実が網膜を突き刺す。


 操縦レバーを握る両手を見つめる。血に濡れた手。

 

 皆は私のことを希望と呼ぶが、自分には到底そう思えなかった。


「うう……うっ……」


 私はシートの上で背中を丸め、現実から逃げようとした。大粒の涙が膝にこぼれ落ち、濃いシミとなる。


 私は、私を生きなければならない。その重荷の意味を、私は改めて心に刻んだ。





『機動する世界の狭間で』


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