第2話 はじめまして?
ブーン、ブーン、ブーン。
携帯のバイブが鳴り続け、徐々に意識が浮上する。
いつもの朝……のはずなのに、まず最初に感じたのは背中の痛みだった。
「……体バッキバキなんだが。なんでソファで寝てんだ俺?」
寝ぼけた頭のまま視線をベッドに向ける。
そこにあるはずのない“異物”——長い髪が視界に入った。
理解が追いつかず、まじまじと覗き込む。
そこには金髪ロン毛のギャルがいた。
へらっと笑ったような、緩んだ口元。
その表情を見た瞬間、昨日の出来事が一気に頭の中によみがえる。
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コンビニで絡まれていた女の子を、断れず家まで連れてきた。
「頼むから静かにしてくれよ? 壁薄いから怒られるんだよ」
「おじゃましまーーす! ……って、きたなっ」
「うるせぇ。二つの意味でうるせぇ」
遠慮という概念をどこかに置いてきたようなその声に、思わずため息が出る。
「なんで服散らかってんの? 畳んだら負けって思ってるタイプ?」
「一人暮らしのオッサンなんてそんなもんだろ。どうせまた着るのに、一回畳む意味がわからん」
「うぇー、信じらんな。だから独身なんだよ」
言いたい放題だ。
「まだ自己紹介してなくない? 単身赴任の可能性もあるよね? なんでモテない独身貴族って決めつけてんの?」
「じゃあ彼女とかいんの?」
「……でも見て! 生ゴミはちゃんとしてるんだぜ! 昔ほっといたら虫がすごいことになって——」
「キモい。ごまかすにしても話題選べよ。そういうとこだぞ」
こいつはいちいちオーバーキルだ。
俺のメンタルポイントはもう赤ゲージ。
「……お帰りはこちらになっております」
「マジになるなよオッサン。大人げないぞ?」
「ほんっとお前、まじお前」
そう言った瞬間、彼女が急に静かになった。
「……お前って呼ばれるの嫌いなんだよね」
低いトーン。
戸惑う俺。
「え、あ、すまん。まだ名前も知らんし」
「そうだっけ? 私は梨里だよ!」
「あ、どうも。誠です」
「急に真面目になるのウケるんだけど。にあわなー」
「俺の心遣い返せ」
わちゃわちゃしながら散らかった服を端に寄せて、ようやく座るスペースを確保した。
ソファに座った梨里は、キョロキョロと部屋を観察している。
「あんまり見んなよ? 恥ずかしいから」
「変なもんあるの?」
「ねぇよ。まじでないからソファの下探すな。立ち上がるな。引き出しを開けるな」
「ふーん、パッと見ないね」
「梨里さんはパッと見の意味辞書で調べてください」
「さん付けやめろし。オッサンが年上じゃん」
「年上っていう概念はあるんだ?じゃあ敬語で話してみようか」
「……」
「鼻で笑うな」
「オッサンいくつ?」
「名前で呼んでるのにそっちはオッサンのままか。まあいいけどオッサン以外にしよ?地味に傷つく」
「で? いくつ?」
「我が強すぎる……42だよ」
俺の年齢を聞いた梨里は、ゆっくり視線を動かす。
ボサボサの頭、無精髭、少し出た腹。
そして俺の目を正面から見て、はっきり言った。
「オジサン」
「へー、オッサンよりオジサンの方が傷つくんだ。初めて知ったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
嫌味が通じない最強生物。
「で?私は?いくつに見える?」
「でたー。合コンで一番困るやつ」
「合コンとか知らんし」
「それジェネギャップなの?ショック」
「いいから年齢!」
正面からじっくり観察する。
紫のキラキラしたナイトドレス、巻いた金髪。
夜の蝶そのもの。
だが、顔をよく見ると幼い印象もある。
濃いメイクの奥の目は、どこか不安げで、迷子みたいだった。
「んー、20歳くらい?」
「キモ。何?ストーカー?」
「当たってるなら素直に喜べよ。なんでいちいち俺を傷つける」
「子供扱いしないで」
「オジサンから見れば20歳は子供だろ」
「もうオジサンって言わないから!」
よほど嫌らしい。深い息を吐いている。
「はいはい。ちゃんとレディとして扱います」
「ほんとに?」
疑わしそうに俺を見上げる梨里。
「じゃあレディは俺のことなんて呼ぶんだ?」
茶化すように言うと、梨里は少し考えてから言う。
「誠」
……呼び捨て。
20歳以上年下の女の子に呼び捨てされる日が来るとは。
「まぁ、オジサンよりはマシか」
今度は俺がため息を吐いた。
その後、勝手に約束したドラマを見たり、俺のサラダをつまんだりとやりたい放題の梨里だったが、やがてウトウトし始めた。
「寝るならベッド行けよ。俺はソファで寝るから」
「うん……ごめんね……」
——謝ることもできるんだな。
眠気が強いせいか、妙に素直だ。
驚いている間に、梨里はふらふらと立ち上がってベッドに倒れ込んだ。
強気で口が悪いくせに、寝顔は想像以上に幼い。
そのギャップが、不意に胸をざわつかせる。
「布団くらい掛けろよ」
自分よりずっと小柄な身体に布団をかける。
明日には他人に戻る。
これ以上踏み込むな。
そう言い聞かせる。
「このモヤモヤも、明日になれば全部なかったことになる。そうだろ?」
今日、何度目かわからないため息をついて、ソファの上で丸まりながら目を閉じた。




