第97話「独房」
ユアたちはレジメルスのいる独房へ入っていった。
彼はそこから出られない規則となっており、面会室ではなく一行がその部屋へ行かなければならなかった。
だが、仮にレジメルスが逃げ出したとしても、「ディンフルがいるなら大丈夫だろう」という理由で、特別に監視無しで対面が出来たのだ。
「来たぞ」
入るなりディンフルが言うと、レジメルスはベッドの上で横になっていた体を起こした。
「また来たの……? ヒマだね」
「お互いさまだろう」
レジメルスは上下真っ黒の服を来ていた。夏なので上は七分袖で、上下共に生地は薄めだった。ディファートの特性である嗅覚を保護するためのマスクは特別に許可されていた。
彼は一行へ「ヒマだ」とバカにするが、レジメルスは決まった時間に食事が来るが、それ以外はすることが無かった。なので、実際は彼の方が時間を持て余していた。
「今日はいいもの持って来たんだよ!」
ユアが前に進み出て、背負っていたリュックを下ろして中を開けた。
出したのは、プラスチックで出来た四角形のボトル。上は白く網目状をしており、下は黄色いラベルが貼ってあった。
「何、それ?」
「“部屋がくさい”って言ってたでしょ? これ置いたら少しはマシになるかなと思って、少しだけリアリティアに戻って買って来たんだ!」
「え? リアリティアから持って来たの……?」
初めて目にする幻の世界・リアリティアの物体に、レジメルスはあっけに取られた。
ユアは説明書に書かれたやり方で、ボトルをセットしていった。最後に網目状の上部分をはめると、部屋中にさわやかな香りが漂い始めた。
「いい匂い!」
「すげー! これ、何なんだ?!」
「これは、置くだけの芳香剤だよ」
「本当に、リアリティアには何でもあるんだな」
ティミレッジとオプダットに続いて、フィトラグスも改めてリアリティアの品数の多さに感心していた。
マスクをずらして香りを嗅いでいたレジメルスの表情も穏やかになっていった。
「これ、金木犀の匂いだね? 姉さんが好きだったな……」
一行は驚いた顔で相手を見た。これまで、敵対して来た彼のそのような表情を見たのは初めてだったからだ。
元々マスクをしているので、表情を読み取ることが難しくもあったが……。
「良かった、気に入ってもらえて! 次にこれ! “甘いものが食べたい”って言ってたでしょ?」
次にユアが取り出したのは、六角形の筒状の箱。よく見ると、ラッコのイラストが描かれていた。
「これ、めちゃくちゃ美味かったやつだ!」
「僕、また食べたいって思ってたんだよ!」
オプダットとティミレッジのテンションが突然上がった。
対してフィトラグスは「俺は遠慮しとく……」と謙遜した。彼が断るということはチョコが使われているようだ。
「これは“ラッコのマーチ”と言って、リアリティアでは知らない人はいない有名なお菓子なんだよ!」
「“ラッコのマーチ”……?」
マスクを戻したレジメルスは目を点にした。
異世界のお菓子というだけでも驚きなのに、そのネーミングがまた信じられなかった。
「ラッコのマーチ」ということはラッコが行進する姿が思い浮かぶが、何故行進するラッコがお菓子になっているのか理解出来なかった。
試しにユアが箱を開け、さらに中の袋を開けて中身を取り出すと、貝殻のような形をしたぷっくりとしたビスケットが出て来た。
ユアから一つ渡されるとレジメルスはマスクをずらし、においを嗅ぐと、変なものでないことを確認してから口へ入れた。
噛んだ瞬間、中のチョコのおかげもあり、口の中に優しい甘味が広がった。
「おいしい……」
「そうでしょ?!」
彼の反応を見たユアは自分のことのように喜び、さらにオプダットとティミレッジまで声を弾ませた。
「リアリティアの食い物って、どれも美味いんだぜ!」
「いつか、一緒に食べに行こう。案内するよ!」
三人の友好的な反応に、レジメルスはひたすら唖然としていた。
数日前まで敵対していたはずなのに、何故優しくしてくれるのか理解出来なかったのだ。
次に、ティミレッジが紙袋を手渡した。
レジメルスが開けると、単行本サイズで辞書並みに分厚い本が出て来た。
「それ、最近発売されたばかりの推理小説だよ」
「君、読まないの? 本、好きなんでしょ?」
「買い溜めている本があるから、それにはまだ辿り着けないと思うんだ」
ティミレッジは苦笑いしてから言うと、うつむきながら「それに……」と言い続けた。
「僕が闇堕ちした時、小説の犯人を言ってしまったよね。そのお詫びだよ」
「え……? あの時のこと、覚えてるの? 君、闇魔法で様子おかしかったし、普通言った側はすぐ忘れると思ったけど」
「お、覚えてるよ! 敵とはいえ、本好きがしてはいけないことをしてしまったんだ。あの時は、本当にごめんなさいっ!」
ティミレッジは、レジメルスへ頭を下げて謝った。
「何でこんなに優しくしてくれるの?」
聞かれてティミレッジは再び頭を上げ、相手を見た。
ユアたちの行動がどうしても理解出来ずに、困惑した表情を浮かべるレジメルスが見つめ返していた。
「毎日来てくれるわ、わがままに付き合ってくれるわ、暇つぶしまでくれるわで、何でそこまで優しくするの? 前も言ったけど、君たちを殺そうとしたんだよ」
突然聞かれても、ユアたちは答えられなかった。
一番困っていたのはレジメルス。自身らの好意が却って負担になってしまったのだと思い、後悔するのであった。
「別にいいじゃねぇか!」
沈黙の中、オプダットが明るい声を上げた。
「俺らが優しくしたいだけのことだ! 理由はねぇ! 聞かれても困るかな」
「まさに、僕が困ってるんだけど……。もしかして、僕がディファートなのに人間に育てられたから? それで“人間に近い”とか親近感で寄りついて来てる感じ?」
「それは関係ないよ! あなたはヴィヘイトルに捨てられたでしょ?」
ユアが否定した後で聞くと、レジメルスの顔色が変わった。
穏やかだった目が以前と同じ冷酷なものになった。
「……だから何? それで同情しているの? だったら、なおさらやめて。何の解決にもならないし嬉しくないから」
「そ、そういうつもりじゃなくて……」
彼の逆鱗に触れたと思ったユアは動揺し始めた。
「“ヴィヘイトル様に見放されたから敵じゃなくなった”って思ってるんでしょ? 大きな間違いだ。僕は見放された今でも、ヴィヘイトル様を尊敬しているよ。まだ恩返しも出来てないのに」
「何故、尊敬するか聞かせていただこうか?」
今まで黙っていたディンフルが口を開いた。
レジメルスは今でも恨んでいるのか、相手を睨みつけた。
「不仲のあんたにはわからないだろうけど、あの方は路頭に迷っていた僕ら三人を拾って下さったんだ。ちょうど、お人好しのあんたから去ったすぐ後のことだ」
「お人好しって、ディンフルが人間を助けたことは間違っていないぞ」フィトラグスが口を挟んだ。
「それは人間側の意見だろう? 僕らディファートには大間違いなんだよ。特に、エグ……クルエグムが一番許せなかったと思う」
レジメルスは敢えて、クルエグムの名前を言い正した。
直接拒絶されたわけではないが、すでに彼とも折り合いが悪くなっていた。そのため、性格的なことも含めて、クルエグムが精神的な居場所になることはありえなかったのだ。
「君にとっても間違ってなかったと思うぞ」
「何で、そう言える?」
フィトラグスが続けて言うと、レジメルスは今度は彼を睨んだ。
自分たちを虐げて来た人間を救うことが、何故間違っていなかったのか理解しがたかったのだ。
「人間の姉さんと暮らして来たんだろ?」
その意見にレジメルスは目を見開き、姉の望みを思い出していた。
「そうそう! 姉ちゃんと生きて来て、今でも尊敬しているんなら、もう人間と仲良しってことじゃねぇか!」
続いてオプダットが笑みを浮かべて言った。
今の言葉は、レジメルスにとっては目から鱗が落ちたようだ。
「人間と仲良し? 僕が……?」
「認めたくないだろうけど、そうなるよね」
「うんうん。お姉さんは人間だったんだから!」
ティミレッジとユアも同調した。
ここでレジメルスは再びディンフルに目をやった。今度は睨みつける目つきではなく、心配するような眼差しだった。
彼は元々仕えていた魔王にも、人間に育てられた事実を黙っていた。そのことで責められると思ったのだ。
ディンフルは相手を見つめ返し、冷静に言った。
「驚いたぞ。まさか、お前が人間に育てられていたとは」
「ディン様、知らなかったの?!」
ユアと他の三人は驚いた目で彼を見た。
「レジメルスが何も話してくれなかったのだ。クルエグムとアジュシーラが連れて来た時は、全身ボロボロで心ここにあらずと言った感じでな」
「“人間に育てられた”なんて言ったら、あんたなら怒ったでしょ? 殺す気なくても、人間を嫌ってたんだから」
「……そうかもしれないな」
相手に言われ、ディンフルは思い出しながらつぶやいた。
「辛かったな」
突然魔王の口から出た優しい言葉に、レジメルスは驚きの目を向けた。
「これまで事実を隠し通すのは、きつかったろう? ましてや、近くにクルエグムがいるようでは……。私がどう反応していたか今となってはわからんが、ヴィヘイトルなら知った途端、殺しに来る。実際、今回そうなりかけたのだからな」
「……アジュシーラにはもうバレてるよ。あいつ、額の目で人の過去や現在が見えるから、それで盗み見たらしいんだ」
「額の目?」
ユア、フィトラグス、ティミレッジ、オプダットは、アジュシーラの額の目をこれまで見たことがなかったため、その言葉を聞いただけでも身震いがした。
「あれは五歳ぐらいの時だったかな。僕に家族はとっくにいなくて、施設に入っていたんだ」
レジメルスは急に語り始めた。
五人がぽかんとすると、彼は呆れた眼差しで彼らを見た。
「正義の味方ごっこしてる君らだから聞きたいんでしょ、僕の過去? こっちも姉さんのことがバレたし、もう隠す必要もないしね」
ユアたちは表情を輝かせた。
相手が自分たちに心を開いたことを確信したのであった。




