第96話「解放」
ヴィヘイトルから渡された石が破壊されると、レジメルスの体から黒と青紫色の光が抜けていく。
完全に抜け切ると、頭に生えていた三本の角と尖った形の濃い緑の翼は消滅し、鋭い爪が生えていた手袋も無くなった。トレードマークである黒マスクも戻らず、素顔を曝したままだった。
そして、橙一色になっていた目も光を取り戻すのであった。
「ね、ねえさ……」
育ての親である姉を呼びながら倒れこむレジメルス。
彼のボロボロの体をオプダットが抱き上げた。
だが、レジメルスは相手を突き飛ばして拒絶した。
「触るな……!」
自我も戻っていた。
支えを失ったレジメルスは自力で立つことが難しく、尻もちをつくように倒れてしまった。
「大丈夫か?」
拒否されたにもかかわず、オプダットは相手へ手を差し伸べた。
やはりレジメルスは「うるさい……」と手を受け取ろうとしなかった。体力をだいぶ消費したのか、先ほどまでの覇気が感じられなかった。
途端に彼は、地面に大の字になって寝転がった。
「やれよ」息切れしながら一言だけつぶやいた。
「やるって……回復か? それとも、お前が元に戻ったお祝いパーティーか?」
「“僕を殺せ”って言ってんだよ!!」
オプダットが前向きな二択を出すと、レジメルスはさらに苛つき、渾身の力を振り絞って怒鳴りつけた。
「呑気だね……。僕は君らを傷つけた。ヴィへイトル様たちのところにも帰れない。ネガロンスさんが言っていたこと、全部聞こえたから。もう、あそこに僕の居場所は無いよ」
投げやりに言い出すレジメルスへ、ユアが優しく提案した。
「お、お姉さんのところは? どこかで帰りを待っているんでしょう?」
「姉さんは死んだ!」
レジメルスは遮るように再び声を荒げた。その内容に一同は息を呑むのであった。
「僕を育てるために、毎日必死に働いてたんだ。ディファートやそれに関わった人間の賃金は安いから……。それで無理が祟って、病気になって死んだ。だから“姉さんのところに行け”ってことは、“死ね”って意味なんだよ」
「そ、そんなつもりで言ってないよ……」ユアは焦りながら否定した。
「わかってる。でも、どっちみち僕は死ぬしかない。ヴィへイトル様に見捨てられたら、もうおしまいなんだ。君たちだって、僕にムカついてるだろ? 早くこの場で殺すなり、逮捕して死刑にでもしてくれよ。姉さんがいなくなった時点で、僕の人生は終わったも同然なんだから」
「バカ野郎!!」
何もかもを投げ出そうとするレジメルスへ、今度はオプダットが怒鳴りつけた。
「簡単に”死ぬ”とか”殺せ”とか言うな! “姉ちゃんが死んだ”とか“ヴィへイトルに裏切られた”って、今から投げ出すなよ! 行くとこねぇなら、新たに作ればいいだろ?!」
「新たに……? 無理に決まってんじゃん。僕はヴィへイトル一味として、フィーヴェを苦しめて来たんだぞ。偽善の王子様んとこの国王様、犯罪にはかなり厳しいよね? 僕が“反省してます”って言っても、死刑になる道しか想像出来ないんだけど」レジメルスはフィトラグスをチラッと見てから言った。
「確かに父上は厳しいお人だが、事情次第では罪が軽くなる。ディンフルがその一例だ」
「その人は戦闘力に長けていたから、魔物退治だけで許してもらえたんでしょ? 僕の特性は嗅覚だけだから」
「だからって、諦めるなよ! フィットの国でしばらく反省して、やり直せばいいじゃねぇか! ヴィへイトルたちのとこはもう戻らなくていい!」
オプダットは再びレジメルスへ怒号を上げた後で「死ぬなんて、絶対に許さねぇからな!」と付け加えた。
「……何で敵のくせに死ぬことに反対なの? 僕だって、君たちを殺しかけたんだよ。報復されてもおかしくないのに」
「今死んだら、この先にある楽しいことに出会わずに終わっちまうんだぞ! それに、悪いと思ってるなら、なおさら生きろ! 死んで償える罪なんてねぇんだ!」
オプダットの言葉にディンフルがハッとした。
「死んで償える罪は無い」これは、かつて彼がユアへ言った言葉だったからだ。
「これ、ディンフルからのにがうりだからな!」
「“受け売り”のこと……?」
レジメルスからの訂正に、後ろで聞いていた仲間たちが「せっかく良い雰囲気だったのに……」と言わんばかりにため息をついた。
さらに「君、本当によく間違えるよね。ちゃんと、勉強して来た?」と相手から心配される始末。
「そ、それはさて置いて、諦めるなんてもったいないぞ! せっかく、元気な体があるんだからさ!」
「無理。動く力があっても、気力がなかったら意味ないでしょ。僕にはもうその気力がないんだ。何やっても回復しないよ。白魔法でもね」
「そんなこと言うなって……」
なかなか前向きになろうとしないレジメルスに、オプダットの顔にも疲れの色が見えて来た。
それでも彼は必死に寄り添おうと考えていた。
「でも、わかるよ。俺にもそんな時あったからさ」
「バカの君に? 挫折した時って、テストで赤点取った時? 勉強出来なさそうだし」
「気力が無い」と言ったレジメルスだが、相手を蔑む発想力だけは残っていた。
それに対してオプダットは苦笑いした後で、少し曇った表情をしてから相手へ打ち明けた。
「俺も病気してたんだ」
レジメルスは見開いた目でオプダットを見た。
「大事な奴も亡くした。だから、お前とその姉ちゃんの痛みがわかるんだよな」
「そんなに元気なのに病気してたとか意外なんだけど……。大事な人亡くしたって言ってるけど、その人が死んだからって、人生が変わったわけじゃないだろう? 僕は姉さんが死んだことで、何もかもが変わってしまった。誰のために頑張ればいいかもわからなくなってしまった……」
「大事な人を亡くして人生変わらない奴なんていねぇよ! じゃあ、今のお前を見て、姉ちゃんは喜ぶと思うか?」
オプダットからの確信を突いた問いに、レジメルスは言葉を失った。
姉はいなくなったが、彼女が今の自分を見てどう思うかなど考えたことが無かったからだ。
「姉ちゃんがどんな人で何を望んでるかはわからねぇが、喜ばせるような生き方をしたらいいんじゃねぇかな? 犯罪はダメだが」
レジメルスは思い出していた。彼女が何を夢見て、これまでを生きてきたのか。
姉の望みを思い出した彼の目から一筋の涙が伝い、地面へ流れ落ちた。
「もう、好きにして……」
腕で顔を覆うとレジメルスは涙声で言った。
これを合図にフィトラグスは通信機で国へ連絡した。
まもなくしてインベクルから数人の兵士が到着し、レジメルスの両手首には手錠が掛けられ、彼は逮捕されるのであった。
◇
レジメルスが捕まり、インベクル留置所の地下にある独房に入れられてから二日が経った。
あれからヴィへイトル一味からの動きはないため、彼を連れ戻すことは考えていないようだった。
一方で、ユアたちは邪龍退治に精を出しながらもレベルを上げていった。
邪龍退治の傍ら、一行はレジメルスの様子を見に行っていた。
独房へ行ってみると、フィトラグスが看守の愚痴を聞いていた。
「逮捕されたというのに、わがままばっかりなんですよ……。“部屋がカビてる”だの、“くさい”だの、“飯がまずい”だの、“甘いものが食べたい”だの」
「言いたい放題だな……」
看守からの報告に、フィトラグスだけでなく聞いていたユアたちも苦笑いをするしかなかった。
レジメルスは嗅覚に長けているので、少しの異臭もガマンが出来なかったのだ。
さらに潔癖症の面もあり、部屋の中がキレイでないと落ち着かないらしく、清掃道具まで要求して来るらしい。
ほとんどの収容者が掃除を嫌がる中、唯一彼だけ進んでキレイにしてくれるため、看守もその点では救われているのであった。




