第95話「暴走」
白目が無くなり、橙一色となった目でレジメルスは一行を睨みつけた。
次の瞬間、彼はまた地面を殴った。割れ目から青緑色の電撃を繰り出す、先ほどの技だった。
「二人掛かりでやるぞ!」
「はい!」
ディンフルは辛うじて体を起こし、ティミレッジへ指示を出すと、二人で巨大なバリアを張った。
ユアたち全員と、離れた場所にいたオプダットを白い光が包んだ。
だが、青緑色の電撃に黒いモヤも加わり、相手の力がさらにパワーアップしていた。
黒いモヤがバリアを消し、電撃がユアたちを襲った。
「うわあああああ!!」
再び攻撃を受ける一行。
ティミレッジがすかさず治癒魔法を使って皆を回復した。
「もう魔力、残り少ないよ」
「慎重にいかねぇとな……」
ティミレッジの悲痛な訴えを聞いたフィトラグスが彼を気遣うように言った。
魔力が尽きる前に相手を止めなければ、全滅の危険があった。
レジメルスは咆哮のような声を上げながら、目の前のオプダットへ次々とパンチを繰り出した。
先ほどより動きが速く、一撃に掛ける力も強くなっていた。
「や、やめろって! 一度、話し合おうぜ!」
だがレジメルスは止まらない。ただ、がむしゃらに目の前の相手を殴り続けた。
自我を失っているようにも見えた。
しかし途中、彼は立ちくらみを起こし、膝をついて倒れてしまった。
「おい、大丈夫か?!」相手が敵にもかかわらず、オプダットが心配で駆け寄る。
だが次の瞬間、彼の胸をレジメルスの鋭い爪が切り裂いた。オプダットはダメージで倒れ、動かなくなった。
ユアは思わず目を覆い、チェリテットは悲鳴を上げた。
瞬時にディンフルが駆け寄り、レジメルスを突き飛ばした。その隙にオプダットを抱え、一行の元へ戻って来た。
「急げ! 今なら間に合う!」
ディンフルに言われ、急いで白魔法で回復を始めるティミレッジ。
オプダットの傷は何とか塞がり、彼も無事に意識を取り戻した。ユアたちは小さく歓声を上げた。
ところが、今のでティミレッジの魔力は完全に尽きてしまった。
「悪いな、ティミー。魔力、少なかったのに……」
「ううん。こんなの、どうってことないよ!」
ティミレッジは涙をにじませながら笑った。
オプダットの命を救えたからか、魔力を使い切ったことに悔いは無かったのだ。
一行が安堵していると、再びレジメルスから咆哮が聞こえた。変わらず、こちらを睨み続けていた。次の攻撃が来るのは時間の問題だった。
だが、彼は激しく息切れしており、顔も青ざめ脂汗もかいていた。具合が悪そうに見えた。
「様子が変だよ?」チェリテットも思わず心配になった。
一行全員がレジメルスが気掛かりで、ディンフルですら攻撃を仕掛けにくくなっていた。
「ネ、ネ、エ、サ……」
レジメルスが声を絞り出してつぶやいた。人の時とは違って、高音と低音が入り混じった不協和音のような声だった。
敵の息遣いが荒くなっているところへ、彼を背にしてネガロンスが姿を現した。
「ごきげんよう」
「お前はネガロンス?!」フィトラグスが相手を睨んだ。
「レジー君の体に不調が出て来たから、解説に来たわ。あなたたちも聞きたいことが山ほどあるだろうし。どっちみち、彼ももう長くないからね」
「長くないって……?」ユアの顔から血の気が引いた。
「このドラゴンフォームって力、名前がわからない歪な石を削って作ったの。今回初めて使うけど、彼は自分の命を削って攻撃力を上げているのよ」
「何だと?!」
ディンフルが驚きの声を上げた。
レジメルスは力を使う度にその命を削られていた。息切れしたり、具合が悪くなっているのはそのせいだったのだ。
「何でこんなことするんだ?! 部下が死ぬかもしれないのに、平気なのか?!」
オプダットはまだ痛む腹を押さえながら、ネガロンスへ怒気を向けた。
友人や仲間を大切にする彼からすると、一味のしていることは信じがたかったのだ。
「しょうがないじゃない。ヴィへイトル様からのご命令なんだから」
「ヴィへイトルは部下を殺すつもりか?!」
「ええ、あの方は気に入らなくなった者は平気で捨てる方よ。今回だって、レジー君を殺すつもりで石をあげたんだから」
ネガロンスからの答えに、一行は言葉を失った。
ヴィへイトルが残酷な者だとディンフルから聞いていたが、自分の部下まで手に掛けるまでとは思わなかった。
彼女はさらに容赦なく話し続けた。
「シーラ君がいいことを教えてくれたのよ。レジー君の過去のお・は・な・し」最後を一文字ずつ区切りように言うネガロンス。
「何だ? レジメルスの過去とは?」
「レジー君ね、お姉さんに育てられたみたいなの」
ディンフルが聞くと、ネガロンスはどこか楽しそうに答えた。
「お姉さん? 両親は?」他の家族が出て来なかったので、ユアも気になった。
「いないわ。お姉さんが女手一つで育てたみたい」
ここまで話すと、ネガロンスは怪訝な顔つきになった。
「でも残念ね。このお話だけなら“ディファートの姉弟愛”として応援してあげたかったけども、それが出来ないのよね」
「何でだ?」
今度はフィトラグスが聞くと、ネガロンスはレジメルスを横目で睨み、冷たい口調で打ち明けた。
「レジー君のお姉さん、人間なのよ」
全員が息をのんだ。
レジメルスはクルエグムやアジュシーラと同じように人間を嫌って、襲って来た。
そんな彼が人間に育てられたという事実は、一行にとってかなりの衝撃だった。
「お姉さんが、人間……?」
「そんな話、聞いたことがない」
ティミレッジは声が震え、元上司のディンフルも初耳らしく冷や汗をかき始めた。
「そりゃあ無いわよねぇ。唯一過去が見えるシーラ君が教えてくれなければ、誰も知ることがなかったんですもの。レジー君、この事実を墓場まで持って行くつもりだったみたい。言えないわよね、人間撲滅を企む組織のボスに“僕は人間に育てられました”なんて。ヴィへイトル様もたいへんお怒りよ、ずっと隠していたんですからね。シーラ君もレジー君に脅されたみたいよ。“誰かにしゃべったら殺す”って」
レジメルスは過去をばらされていることに気付かず、荒い息遣いのままで真ん前を睨みつけていた。
ネガロンスが来たことすら、気付いていないようだ。
「信じてたのに残念だわ、レジー君。お姉さんの影響で私にも優しくしてくれてたけども、人間に育てられたことを黙ってた時点で裏切り者よ。今からもっと命を削って、暴走しなさい」
ネガロンスが彼の胸にある青紫色の石に黒いモヤを掛けると、レジメルスは苦しみながら咆哮を上げ始めた。
それを見届けた後で彼女は不敵に笑い、魔法で消え去って行った。
「レジメルス、やめろ!」
ディンフルが呼び掛けるもレジメルスは止まらず、まっすぐ相手へ鋭い爪を向けて駆け出した。
「リリーヴ・プリフィケーション・シャワー!」
ティミレッジの浄化技を浴びるがレジメルスはやはり元には戻らず、ディンフルに組み掛かって行った。
「浄化技でも無理だ……」
「さっきあの人、あの石に力を与えてなかった?」
チェリテットがつい先ほどを振り返ると、ティミレッジはハッとした。
よく見ると、レジメルスの胸にはまる青紫色の石は今も黒い光を放っていた。
「もしや、あれが……?」
一行が推測している間にディンフルの組み掛かっている手に相手の爪が刺さり、出血し始めた。
「ディン様!」
ユアがチアーズ・ワンドを手に近付こうとすると、「来るな!!」と怒鳴られた。
自身でも命の危険が感じられる戦いに、彼女をこれ以上巻き込みたくなかったのだ。
ユアは「せっかく強くなっても、肝心な時に仲間たちを助けられないのでは意味がない」と惨めに感じていた。
同時に別のことも考えていた。
(どうして“人間に育てられた”とか、それを黙ってたからって命を粗末にされないといけないの? レジメルスは協力して一緒に戦う仲間じゃないの? 何でヴィへイトルたちはそこまで人間を嫌うの? たった一回気に入らなかっただけで、レジメルスがモンスターみたいにならないといけない意味がわからない。この人、本当にここで死ぬの……?)
ユアは悪者とは言え、死が約束された目の前の敵が哀れに思えて来た。
相手を見て、自身を庇って亡くなったエンヴィムの過去が思い出された。直前まで、いつものように笑っていた強い彼はユアを守ったことによって動かず、笑わなくなった。
このことからどんな相手でも、誰かが死に行くのは耐えがたかったのだ。
その時、手に持っていたチアーズ・ワンドが急に光り出した。
ペン先が黄色く光ると、その光は先端から飛び出てオプダットの右手の甲のジュエルに吸い込まれていった。
突然の出来事に他の者は口をあんぐりさせ、レジメルスは黄色い光を見て目をくらませ、思わずディンフルから離れてしまった。
「な、何事?!」
「何でオープンのジュエルに入っていったんだ?」
ティミレッジとフィトラグスはあっけに取られ、光を受け取ったオプダットも理解が出来なかった。
「わかんねぇ……。急に、チーズ・ランドから光が来たんだ!」
「“チアーズ・ワンド”だ……」
オプダットの言い間違いを訂正するディンフル。
レジメルスと組み掛かっていた彼の傷は、今の黄色い光で癒えていた。
「よくはわからんがオプダット、お前の力でレジメルスを救うのだ!」
「おう!」
光に目が慣れ、再び襲って来るレジメルスへ、オプダットは迷いもなく拳を上げ始めた。
彼の右手の甲にはまっているジュエルがまばゆく黄色に光り出す。
「シャイニング・リアン・エスペランサ!!」
新しく発動されたオプダットの必殺技。黄色い衝撃波と共に新たに繰り出される白い光が、相手に直撃した。
すると、胸にはまっていた青紫色の石は粉々に破壊された。
レジメルスの体から黒と青紫色の光が抜けていくのを、一行は静かに見守るのであった。




