第94話「ドラゴンフォーム」
「お前たち、下がっていろ」
「えっ?!」
レジメルスに指名されたディンフルは、仲間たちへ下がるよう指示した。
これは、彼一人で敵と戦うことを意味していた。
「奴から、かなりの邪気を感じる。お前たちでは相手にならぬ」
「やってみないとわからないだろ! 俺らも手を貸す!」
「やる前からわかるのだ! 下手に手を出すと、命に関わるぞ!」
フィトラグスが参戦を申し出るが、一蹴されてしまった。
ディンフルとしては、かつての因縁すら危険に遭わせたくなかったのだ。
「ただ、ティミレッジだけは白魔法で力を貸してくれ」
「は、はいっ!」
「じゃあ、俺らは?」
「何もしないでくれ。手を出すと却って危険だ」
オプダットが聞くが、やはりディンフルは助太刀を拒否した。
これまで三人衆と戦う時に、彼から仲間の力を借りたことは無かった。ティミレッジの白魔法だけを求めるということは、今回はそれほど危ない戦いになると予感しているのだ。
ユアたちは不安を抱えたまま、ディンフルから離れた。
仲間たちと同じ位置からティミレッジが白魔法を唱えると、ディンフルの体が白い光に包まれた。
「準備万端だね。なら、遠慮なく行かせてもらうよ」
相手の様子を確認すると、レジメルスは突如姿を消した。
彼は瞬時に移動し、ディンフルへ蹴りを食らわせた。あまりにも一瞬の出来事だったので、ディンフルもすかさず防御した。
「速い……?!」
最初の蹴りを受け止めたディンフルだが、すぐに次の攻撃がやって来た。
勢いよく繰り出されるパンチも防御するが、速さについて行くので精一杯だった。
さらに、レジメルスがパワーアップしているのは速さだけでは無かった。繰り出される一撃ずつの力も上がっていた。
そのため、数発受け止めたディンフルは体力が削られていった。戦って間もないと言うのに、彼の息が荒くなり出した。
「もう限界? それでよく超龍を倒せたね、元魔王様」
レジメルスの皮肉が飛んでも、反論する余地もなかった。
そして、気が付けばティミレッジが張ってくれたバリアも、戦闘補助の白魔法も消えていた。
(ジュエルでパワーアップしたバリアは、簡単に破られないはずなのに……)
ジュエルですら敵わない今のレジメルスに、ユアは不安を抱き始めた。
肉弾戦では埒が明かず、ディンフルは大剣を出し必殺技を繰り出した。
「シャッテン・グリーフ!!」
相手が武器を持っていないことは承知していたが、勝つには必殺技を使わないと身がもたなかった。
黒と紫の衝撃波がレジメルスへ向かっていく。
「グルーム・フレイユール」
いつも通り冷静に、必殺技の青緑色の弓型をした衝撃波を出すレジメルス。
すると、ディンフルの必殺技は相手の攻撃で消されてしまった。
「何っ?!」
ディンフルだけでなく、後ろで見ていたユアたちも息をのんだ。いつも敵に大ダメージを負わせたり、トドメを刺す必殺技が簡単に消されてしまったのだ。
彼のピンチは、最初のヴィへイトル戦を彷彿とさせた。
「残念」
冷たい口調のレジメルスが一瞬で真ん前まで来た。
ディンフルが思わず大剣を構えるが、相手は今度は真後ろに移動した。
すると、レジメルスの手袋についている爪が鋭く伸び、背後からディンフルのマントを引き裂いてしまった。
「魔王ごっこもこれで終わりだね」
本来、ディンフルのマントは魔法が込められており、どんな物理や魔法攻撃も防ぐことが出来るが、魔力が強いと破れてしまう。
今のレジメルスには、ディンフル以上の魔力が備わっているのだ。
なす術もなく呆然としていると、レジメルスが再び移動し相手の腹に蹴りをくらわせた。
よろめいたところで、ディンフルは青紫色の魔法弾で吹き飛ばされてしまった。
「がはっ……!」
仲間の前で無残にやられ、倒れるディンフル。ダメージは大きく、立ち上がれそうになかった。
そんな彼へレジメルスは容赦なく近づいた。
「これはヴィへイトル様からいただいた力。ネガロンスさんいわく、これは“ドラゴンフォーム”って言うんだ。お兄さんの力で息の根、止めてあげるよ。あんたには思うとこ山ほどあるし」
再び鋭い爪をディンフルへ向けると、オプダットがパンチを繰り出して来た。
気付いたレジメルスはすかさず避けた。
「相変わらず遅いパンチだね」
「うるせぇ! よくもディンフルを!」
相手がディンフルから離れたタイミングで、今度はフィトラグスが必殺技を繰り出した。
「ルークス・ツォルン・バーニング!!」
白い衝撃波と赤い炎がレジメルスへ迫って行くが、先ほどの必殺技で相殺されてしまった。
「無駄だよ、偽善の王子様」
いつの間にかフィトラグスを囲うように青緑色の弓型をした衝撃波が数発現れ、一つずつ彼へ直撃していった。
「ぐっ……!」
「トレランス・サンクション!!」
続いて、チェリテットが黄緑色の稲妻の形の衝撃波を出すが、やはりこちらも相殺された。
さらにレジメルスは、オプダットやフィトラグスの追撃を避けながら彼女の真ん前へ急接近した。
「前に言ったよね? “戦わない方が良い”って」
彼がディンフルへ撃ったものより小さめの魔法弾を出した途端、チェリテットの体を白いバリアが包んだ。
魔法弾は消えただけでなく、バリアから白い稲妻が走りレジメルスへ直撃した。カウンター付きのバリアだった。
レジメルスが横を睨むと、杖を光らせたティミレッジと目が合った。彼がチェリテットへバリアを張ったのだ。
「どいつもこいつも……!」
レジメルスは舌打ちをすると、今度は渾身の力で地面を殴った。
すると地面に大きなひび割れが複数でき、割れた隙間から濃い緑色の電撃が発生した。
「うわあああああ!」
攻撃を受けた一行は相当なダメージを負い、ユアを含めて全員倒れてしまった。
「これもヴィへイトル様からいただいた力だ。とても役に立ってくれているよ」
倒れる一行を見下ろした後でレジメルスは、再びディンフルの元へ瞬間移動した。
「邪魔者はもう動けないから、今度こそトドメを刺してあげるよ」
ディンフルも意識はあるが、やはりもう立てそうにない。
レジメルスが手から魔法弾を出すと、急に背後からオプダットが彼を羽交い締めにした。
「な、何だ?!」
「ディンフルには……、指一本、触れさせねぇ……!」
オプダットもダメージは大きかったが、ディンフルを助けるために立ち上がったのだ。
「君、本っ当にバカだね……。相手はフィーヴェを震撼させてた元魔王だよ? どうして庇うの?」
「しんかん? 新しい本のことか?」
「……バカ中のバカ。フィーヴェを困らせてたってことだよ! お前も故郷を異次元へ送られたんだろ?!」
緊迫の時でも意味がわからないでいるオプダットに、レジメルスは憤怒しながら解説した。
「ああ、故郷を奪われたよ。でも、もう過去の話だろ? 故郷も帰って来たし、みんなも無事だったし……、ディンフルだって、今はフィーヴェの英雄なんだぞ!」
「……みんなが無事ならそう言えるし許せるよね。もし、一人でも助からなかったら? 赤の他人なら“あぁ可哀想だな”で終わるけど、人生で長く共に過ごして来た人が死んでいたら? 今まで一緒にいて当たり前だった人が突然いなくなって、心にぽっかり穴が開いたら? 許せるのかよ?!」
「それは、ウィムーダのことを言っているのか……?」
普段冷静なレジメルスが怒りを露わにしたため、ディンフルが驚きながら尋ねた。
ところが相手は急に冷静になり、「関係ないだろう……」と一言だけ返した。
「何が英雄だよ? 同族を裏切って敵族を助けるなんて、信じて仲間になった僕らが許せると思うのかぁ?!」
レジメルスは背後にくっついていたオプダットの腕をつかみ、遠くへ放り投げた。
だがオプダットは受け身を取って着地し、再びレジメルスへ向かって駆け出した。
「お前らにとっては敵かもしれないが、ディンフルは俺たちの大事な仲間なんだ! リアン・エスペランサ・スパークル!!」
今度は彼が地面を殴って、黄色い衝撃波と電撃を発生させた。
「今日ばかりは僕を殴った方がいいんじゃない? そうでなくても、複数で苦戦してるんだから」
皮肉を言うレジメルスの真横を、黄色く太い電撃が通過した。
「何っ……?!」
前に見たものより大きく、動きも一瞬だったので、レジメルスは避けられなかった。
彼の肩当ての一部は破損し、マントの端も切れてしまった。
「さっきまで弱かったのに、何で……?」
「俺は今、めちゃくちゃ怒ってるんだぞ! ディンフルやフィットたちだけじゃなく、他の武闘家たちも傷つけたろ?! ここは俺の故郷だ! 大事な祠をまた襲われたら、許せるわけねぇだろ!!」
「今回、祠に用は無いんだけど……。怒りがパワーを強めたってことかな? よくある話だね。こちらもヴィへイトル様から力をいただいてるし、掛かって来なよ。今日はより一層楽しめそうだ」
「楽しむだと?! 俺は怒ってるんだぞ! もう……“へそで茶を沸かす”じゃなくて、腹が煮えくり返ってんだからな!」
「惜しい……。“へそで茶を沸かす”を使わない辺り成長してるけど、正解は“はらわた”だからね」
「はらわたって何だ?」
「……せっかくだし、体で教えてあげるよ」
レジメルスはため息をついてから言うと、瞬時にオプダットの前まで来た。
そして手袋についていた鋭い爪で、彼の胸部分を突いて来た。
「あっぶね!」
すかさず避けるオプダット。遅れていれば大惨事だった。
「チッ。せっかく、本物のはらわたを見せてやろうと思ったのに……」
レジメルスは爪を立てながら、こちらを鋭く睨みつけた。
次の瞬間、彼の体を黒いモヤが包み始めた。
「な、何だ?!」騒然とする一行。
モヤが晴れると、レジメルスの頭の角は二本から三本へ増え、深緑色のマントは尖った形の翼になり、手袋の爪はさらに鋭くなった。
そして、目は白目無しの橙一色となり、まるで魔物を彷彿とさせていた。
最後にレジメルスが天を仰いで咆哮を上げ、口から火を噴いた。
炎で黒いマスクは燃えて無くなり、彼は人離れした瞳でオプダットたちを睨むのであった。




