第93話「新たな企み」
北の古城。
アジトが無くなり、失敗を重ねた三人衆はすっかり険悪になっていた。
アジュシーラをクルエグムが泣かせ、その泣き声にレジメルスが文句を言い、傍観者のごとく振る舞う彼を今度はクルエグムが「だらけてんじゃねぇ!」と激怒する。
今では三人そろって行動をしなくなった。
一緒にいても、「誰々が足を引っ張った」「誰々のせいだ」と責任転嫁し合うからだ。
幸いヴィへイトルに見られることは無かったが、彼らを弟のように可愛がるネガロンスは時々見に行っては気掛かりになっていた。
だが、今日は特別な用でレジメルスだけを呼び出していた。
「急にごめんね。お休み中のところ」
「いえ、むしろ助かりました。あの二人といると、息が詰まるので」
ネガロンスが子供に謝るように言うと、レジメルスは相手を敬うような口調で返した。
彼女は三人衆を可愛がるが、クルエグムとアジュシーラからは良く思われていなかった。さらにはネガロンスを「おばさん」扱いする始末。
アジュシーラはレジメルスの躾(と言うよりも脅し)もあって名前で呼ぶようになったが、クルエグムの方は相変わらず「おばさん」呼びだった。
唯一レジメルスのみネガロンスを敬愛し、名前で呼び続けていた。
「それから、目の保養にもなります。ネガロンスさんは、我ら一味の華でありますから」
「褒めても何も出ないわよ」
レジメルスの褒め言葉をあっさりと返すネガロンスだが、顔は満面の笑みを浮かべていた。
「と言っても、今から出すんだけれどもね」
そう言うと、ネガロンスは手のひらサイズをした青紫色の石を取り出した。
形はフィトラグスたちが持つジュエルに似て、まん丸だった。
「褒めてもらったお礼じゃなくて、あなたへプレゼントを持って来たの」
「私にですか?」
普段、一人称が「僕」のレジメルスは、ネガロンスやヴィへイトルの前では「私」と言っていた。
突然差し出された石を、彼は疑い深く手に取った。
「ヴィへイトル様からよ」
彼女の一言に驚いたレジメルスは、目を見開いて相手を見つめた。
「ヴィへイトル様から……? 一体、何故?」
「あなたに強くなってもらいたいからだそうよ」
「私だけにですか?」
「今のところはね。最近、あなたたちは失敗続きでしょう? あちらもジュエルでパワーアップしているし、こちらも手を打つために依頼されたの。“部下たちを強くするアイテムを作って欲しい”って。あなたが選ばれたのは、“三人衆で一番大人びていて信頼出来るから”ですって」
「三人の中では年長なだけですので……」
「それでも、エグ君やシーラ君みたいに騒がしくないじゃない。私もそういうところは評価しているわよ」
レジメルスは落ち着き払ってはいるが、内心はパワーアップのアイテムを渡されたことで気が動転したままだった。
「それで、どう使えば良いのでしょう?」
「強く念じればいいわ。ただパワーアップの副作用として、心身がおかしくなるかもしれない危険があるそうよ」
「構いません。ヴィへイトル様が喜んで下さるのであれば。もちろん、ネガロンスさんにも喜んでいただけるよう頑張ります」
「私のことはいいのよ。あなたはいつも、気に掛けてくれるわね」
「あなたこそ……」
ネガロンスがレジメルスに感謝する素振りを見せると、彼は突然マスクをずらし、鼻を見せた。
「シャンプー、変えましたか?」
「ええ。さすがね、あなたの鼻は」
「いえ。髪質がより美しくなっているので、そうではないかと思って」
「こういう変化に気付いてくれるのはあなただけよ、レジー君。エグ君やシーラ君はサッパリだもの」
「彼らはまだ子供です。女性の扱いに慣れていないのでしょう。お気になさらず」
「フフフ、ありがとう。頑張ってね、期待しているから」
「必ず結果を出してみせます。ヴィへイトル様とネガロンスさんのために……」
レジメルスは早速、渡された青紫色の石を天に掲げ、念じた。すると、石から黒い光が現れ、彼の全身を包み始めた。
その光景をネガロンスは楽しそうに見つめるのであった。
「楽しみだわ、色んな意味で……」
◇
インベクル王国へ戻ったユアたちは、改めてノティザの無事をダトリンドへ報告した。
その際にフィトラグスは「今後は見に行くだけでも許さん。どんな事情があろうと、島には立ち入るな。お前も来年の春までは、ノティザのことは忘れろ!」と厳かに注意されてしまった。
何度もティミレッジが庇おうとしたが「私が話しているのだ!!」と、話に入ることすら許されなかった。
国を出ると、一行は邪龍退治へ向かい始めた。
「すまないな、ティミー。父上は説教が始まったら、最後まで言わないと気が済まなくてな……」
「ううん。フィット、大丈夫?」
「子供の頃から怒られて来たから慣れてるよ……」
心配するティミレッジを逆に励ますように笑みを浮かべるフィトラグスだが、その顔には疲労の色が浮かんでいた。
子供の頃から怒られていると言っても、おそらく数年ぶりの説教だったため、耐久力が落ちていたようだ。
「疲れているところ申し訳ないが、今から頑張ってもらうぞ。また邪龍が増えて来ているからな」
ディンフルが水を注すように言った。
五人にはこれから邪龍退治が待っていたため、休んでいる暇が無かった。
ユアもオプダットも張り切っていた。
特にユアは、エボ・ダーカーとの戦いでレベルが上がり、邪龍も一人で倒せるようになって来た。
なので、「今度こそ、ディン様たちの役に立てるぞ!」と奮起していた。
フィトラグスが用意した馬車に一行が乗った瞬間、ディンフルが持つ通信機が鳴った。
「もしもし? ……ソールネムか。どうした?」
ディンフルは突然来たソールネムからの通信を聞いている途中で、顔を強張らせた。
「何……? わかった、すぐに行く! チェリテットには無理のない限りで時間を稼ぐよう伝えてくれ!」
チェリテットの名前が出た瞬間、今度はオプダットが緊張し始めた。
ディンフルは通信機を切るなり、切迫しながら報告した。
「チャロナグタウンでレジメルスが暴れているらしい! 今、町の武闘家たちが戦っているが、限界のようだ!」
馬車の中の空気が一気に張り詰めた。
「行き先をチャロナグへ変更だ!」
フィトラグスは愛馬に鞭を打ち、馬車を走らせ始めた。
自身の故郷とチェリテットたちの身を案じるオプダットは胸騒ぎを覚えていた。
チャロナグは一度レジメルスに襲われており、追い返した時の報復も考えられたからだ。
◇
チャロナグタウン。
裏山に現れたレジメルスを、町の武闘家たちは一生懸命倒そうとしていた。
その後ろでチェリテットは恐怖に震えていた。今はオプダットもクロウズもいないので、どの武闘家も彼には敵わなかったからだ。そんな相手に、自身がやられるのも時間の問題だった。
何より、今日のレジメルスはいつもと様子が違っていた。
前よりも強く、歯向かう武闘家たちを一人残らず倒してしまい、あとはチェリテットしか残っていなかった。
「チェリー!」
呼ばれて振り向くと、オプダットを先頭にユアたちがやって来た。
後方にいるディンフルを見てチェリテットは「助かった……」と安堵した。三人衆を圧倒したディンフルなら、確実に何とかしてくれると思ったのだ。
「もう私以外、残ってないよ」
裏山には二十名ほどの武闘家たちが倒れていた。
死んではいないが気を失う彼らを見て、一同は戦慄した。
オプダットは、その中にクロウズの姿が無いことに気が付いた。
「クロウズは?」
「昨日、修行の旅に出ちゃった。まさか、出て行ったタイミングで町が襲われるなんて……」
「いや、出て行った次の日で良かったよ。クロウズが危険な目に遭わなくて済んだじゃねぇか!」
チェリテットは強いクロウズがいない間に町が襲撃されたことを嘆くが、反対にオプダットは彼がひどい目に遭わなかったことを喜んだ。
「相変わらず、友人の幸せを祈る人だ」と、彼女は普段通りの相手を見て、気が休まるのであった。
「来たんだ?」
冷たさと気だるさを感じる声がした。
一行が振り向くと、レジメルスがこちらを睨みつけていた。
今日の彼は、頭から黄色い角を二本生やし、グレーの尖った肩当てをし、深緑色のマントを羽織っていた。明らかにいつもと雰囲気が違った。
「レジメルス、その姿は……?」
「君とは話したくない。用があるのは、そいつだけ」
尋ねるフィトラグスを拒否してから、レジメルスはディンフルを指さした。
「私か?」
「あんたには許せないこと、たくさんあるから」
相手を睨みながら、レジメルスは両手をボキボキと鳴らし始めた。
いつもより殺意の高い彼に、一行は今から緊迫するのであった。




