第91話「罰と修行」
急遽、ノティザを島内の医者に診てもらったが、異常は見られなかった。
医者を帰したその夜、インベクル王国から魔法で通信があり、ディンフルが持参していた水晶玉にダトリンド国王の顔が映し出された。
ノティザにとっては数ヶ月ぶりに見る父の顔だった。
「パパ! ぼく、げんきにしてたよ!」
親と離れる初めての機会なので、再会を嬉しく思った幼い王子は思わず声を弾ませた。
「“父上、ご無沙汰しております”だろう!!」
ところが、礼儀や言葉遣いに厳しいダトリンドから真っ先に注意され、うなだれるノティザ。
水晶玉には映っていないが、その隣から「今回ぐらい、いいではありませんか……」と、母・クイームドの呆れる声が聞こえた。
実は、ノティザがヴィヘイトル一味に誘拐され、屋敷からいなくなった事態はすぐさま、王国へ伝えられていた。
ダトリンドが連絡をして来たのは、幼い王子の様子を確認するためだった。インベクル王国始まって以来の出来事だったからだ。
ノティザが入るベッドの横に立っているフィトラグスが報告した。
「アジュシーラはすぐに追い払いました。急遽ノティザも医師に診察してもらい、心身共に異常は見つかりませんでした」
「そうか、ご苦労」
報告を受けたダトリンドはフィトラグスを労った。
「お前が島にいて良かった。今回のヴィヘイトル一味の目的は不明だが、修行中の我が子にケガなどがあっては問題だからな。これからは島の警備も強くする。感謝するぞ、フィトラグス」
「はっ」
「ところでだな……」
フィトラグスが短く返事をすると、ダトリンドは今度は声を低くし、一音一音にドスを利かせるようにゆっくりと聞いた。
「お前は何故、島にいたのだ?」
突然変わる父の声色に、フィトラグスは思わず身の毛がよだった。
さっきも数ヶ月ぶりの再会を果たすノティザを容赦なく怒鳴りつけた国王のことだ。怒られる予感しかしなかった。
「つ、付き添いで来てくれていたんです! 僕、体に悪い呪いを掛けられていて、それを解ける人がこの島にいたので……」慌ててティミレッジが庇った。
「付き添いにしてもだ。何故、屋敷まで来た? 掟を忘れたか?! ”修行中の一年間は、家族に会ってはならない”と!」
「国王様、フィトラグス様を叱らないで下さい!」
次にノティザの守役・カディゲンが声を上げた。
「確かにフィトラグス様が島に現れた時、私も驚きました。ですが、フィトラグス様はノティザ様に会いに来たのではなく、見に来たのです。会うと修行の支障になることを理解されていたので。“ノティザ様に気付かれないのであれば、いいのでは”と私も屋敷内へ通してしまったのです。なので、叱るなら私をお叱り下さい!」
「ほう……。お前も同罪ということだな?」
ダトリンドのドスの利いた声はさらに低くなり、今度はカディゲンの顔から血の気が引くのであった。
「フィトラグスとカディゲン! 明朝、罰を与える! しっかりと覚悟しておけ!!」
「は、ははぁ!」
やはり、ダトリンドの怒りは収まらず、二人は国王からの罰を覚悟するのであった。
「パ……ちちうえ! ふたりをおこらないであげて! ……ください。しゅぎょーをサボった、ぼくがわるいのです!」
「修行をサボっただと?!」
ノティザは一生懸命、言葉遣いに気を付けながら兄と守役を庇った。
しかし、その内容にダトリンドはさらに激怒し、ノティザはその場で長時間に渡る説教を受けるのであった。
◇
翌日のインベクル島。
フィトラグスとカディゲンの二人で屋敷の隅から隅まで掃除をした。これがダトリンドから与えられた罰であった。
フィトラグスは罰を受けている間にまた旅が中断してしまい、仲間たちに申し訳ないと思っていた。
逆に、カディゲンは胸を撫で下ろしていた。厳格な国王からの罰なので、守役を辞めさせられるのではないかと考えていた。それが掃除だけで済み、ほっとしたのだ。
その間にユア、ティミレッジ、オプダットもそれぞれを鍛えるために、一対一で特訓に励んでいた。
オプダットから繰り出される必殺技を、ティミレッジがバク転をして避けて見せた。彼にとっては、人生初めての身軽な動きであった。
「で、出来た?! すごく体が軽いよ!」
「いいぞ、ティミー! その調子で、どんどん動き回ってくれ!」
感動するティミレッジを、オプダットは陽気に褒め称えた。
見ていたユアも、改めてトウソウの力の良さを知るのであった。
「やっぱりトウソウの力、すごいな。私、もらったのにバク転とかしてないや……」
ユアも動き回れるようになって来たが、他の者みたいにアクロバティックな動きは出来ずにいた。
だが、戦いが激化するであろうこれからを考えると、もう少し身軽に動くべきなのか考えるのであった。
その頃、ディンフルはノティザの剣の修業に付き合っていた。
自身の木刀に必死に打ち込んで来る彼へひたすら声を掛けていた。
「いいぞ、その調子だ! どんどん打て! 勉強と一緒で、剣も繰り返しが大切だ!」
目標の回数を打ち込み、疲れを見せるノティザ。
そんな彼へディンフルは励ましの言葉も掛けた。
「良い筋だ。今のままでやれば必ず強くなり、兄上を超えられるかもしれぬ。嫌なことを言われても、“なにくそ”という気持ちを持て。それは、どんなところでも大事だ」
ノティザが純粋な目でディンフルの話を聞いていると、特訓を終えたユアたち三人がやって来た。
気付かずにディンフルは幼い王子へ語り続けた。
「どんなに厳しくて疲れる修行でも、“あいつに負けるもんか”って気持ちが諦めない力になる。それを忘れるでないぞ」
「わかったよ、まおー!」
ノティザはディンフルのアドバイスを理解すると、元気な声で了承した。
昨日のアジュシーラのように、ディファートの一人と話せることも嬉しかったのだ。
しかし、次の瞬間……。
「“わかったよ”ではなく、“わかりました”」
冷酷な表情を浮かべ、ノティザへ言葉遣いを正すディンフル。
その振る舞いは、国王・ダトリンドと同じものであった。
「あと、私の名前はディンフルだ。もう魔王ではない」
後ろで見ていたユアたちは、そろって背筋が凍るのであった。
「ディン様。父親じゃないんだから、言葉遣いまではいいんじゃない……?」
「普通の子供なら見逃すが、この子は将来国を背負って行く。ダトリンドの言うように、今から言葉は正して行かねばなるまい」
ユアが説得を試みるも、ディンフルにはノティザを想うがゆえのしっかりとした考えがあった。
これは、自身が異次元へ送ったにもかかわらず許してくれた上に、ディファートまで受け入れ、ディンフルとサーヴラスを城へ置いてくれたダトリンドへの恩返しでもあった。
「気持ちはわかるけど……」
「フィットが見たら、怒るぞ~」
ティミレッジとオプダットもノティザだけでなく、フィトラグスまで案じていた。
そうでなくても、彼とディンフルは犬猿の仲。弟の言葉遣いに口を出していたことがバレると、フィトラグスが黙っていないのは目に見えていた。
それでも小さな王子は、庇ってくれた三人へお礼の言葉を述べるのであった。
「みんな、ありがとう! ぼくは、だいじょーぶ! きょうは、けんのしゅぎょーが、とても楽しいんだ! これもきっと、ディンフルおじさんのおかげだよ!」
感謝と同時にノティザの口から衝撃の言葉が発せられ、その場の空気がさらに凍り付いた。
「ノティザ君! “おじさん”じゃなくて“おにいさん”でしょっ!!」
今度は、先ほどまで庇っていたユアが叱りつけた。
ディンフルから再び雷が落とされることを怖れているのと、自身の推しがそのように呼ばれるのがイヤだったからだ。
「よい、ユア。この子からすると、おじさんなのだろう……」
「お、落ち込まないで下さい! ディンフルさんはまだまだ若いですよ!」
「そうだ! 貫禄たっぷりじゃねぇか!」
「フォローになってない!!」
気落ちしながら言うディンフルへ仲間たちも励ますが、オプダットが間違った言葉の使い方をしてしまい、ユアとティミレッジがそろってツッコミを入れるのであった。
◇
北の古城。
インベクル島から戻っていたアジュシーラは、ノティザへ想いを馳せていた。彼も昨日のことを楽しく振り返っていた。
「次は、いつ会えるかな~?」
「誰に?」
独り言を言ったつもりが、部屋の隅でクッキーを食べながら窓の外を見ていたレジメルスが気だるそうに尋ねた。
いつも読んでいた本はダークティミーにネタバレをされたため、断念したそうだ。
「昨日、散歩した時に子供に会って話したら、すっごく楽しかったんだ!」
「それって、フィトラグスの弟?」
アジュシーラは目を見開き、相手を見た。昨日の出来事は一味の誰にも話していない。
それなのにレジメルスはとっくに知っていた。
「ネガロンスさんが水晶玉で見せてくれたよ。何しに島へ行ったかわかんないけど、ノティザと遊んでたらしいね?」
「あ、遊びに行ったんじゃないよ! 前に白魔導士がオイラたちを不愉快にさせただろう? あいつの魔法陣が消されたんだ。それで、闇墜ち出来なくなったタイミングで、おびき出して倒そうとしたんだ!」
「魔法陣が消えたタイミングで呼び出す作戦はわかる。力で勝てないお前だから、そんなやり方で行くと思ったし。でも、やってないじゃん。実際ティミレッジは無事だし、ノティザと遊んでただけじゃん。こんなこと、ヴィヘイトル様が知ったらどう思う?」
「仕方ないじゃないか! 最初、ノティザはハシゴから落ちかけたんだ! それを助けたから、一緒に話すことになったんだもん!」
「思ったけど、何で助けたの? 相手はフィトラグスの弟で、修行をサボって逃げ出したらしいじゃん。落ちてケガしても自業自得だし、何より人間だよ? どうなろうと関係ないじゃん」
「か、関係ないけど、子供が落ちてケガしたら可哀想だろう! レジーだって、女の人がケガしそうになったら助けるでしょ?!」
レジメルスは持っていたクッキーを容器に戻すと、アジュシーラの真ん前まで近づき、睨むように見下ろした。
「何でそこで僕が出て来るの? それこそ、関係ないんだけど」
「だってレジー、お姉さ……!」
アジュシーラがそこまで言った瞬間、彼の腹にレジメルスの拳がめりこんだ。
「ぐふっ……」
「前に忠告したよね? “その話、したら殺す”って。誰にも言ってないよね?」
「い、言って……ない……」
「なら、いい。てか、せっかく敵の家族と仲良くなったんなら、さらえば良かったじゃん。精神ダメージ確実なんだから。もうちょっと頭使えよ」
レジメルスはそう吐き捨て、部屋を出て行った。
アジュシーラは腹を押さえながら咳き込むと、目に涙を浮かべながら相手へ怒りを募らせるのであった。
「な、何だよ? ちょっと頭が良くて、力があるからって……! バカにすんなよ!!」
◇
別の部屋。
ヴィヘイトルは数日前、クルエグムが拾った歪な形の石をネガロンスに預け、妖気を注いでもらっていた。
拾った時は手のひらサイズだったその石が今や、部屋に入りきらないほどの大きさに育っていた。
「素晴らしい……! 普通の石ではないと感じていたが、ここまで大きくなるとは! よくやったぞ、ネガロンス!」
「お役に立てて光栄ですわ」
ヴィヘイトルは巨大化する石に喜びを感じながら、ネガロンスを褒め称えた。
廊下からクルエグムが聞き耳を立てていた。
正直、自分以外の者が褒められるのは気に入らなかったが、崇拝するヴィヘイトルが喜ぶのであれば苦痛では無かった。
ましてや、賞賛されている石を拾ったのはクルエグムだ。彼は妖気を注ぎ続けたネガロンスではなく、自分自身を讃えるのであった。
「さっすが、俺! この調子でユアも手に入れてディンフルを苦しめれば、ヴィヘイトル様はますます喜んで下さるだろう!」
自画自賛するとクルエグムは高笑いをしながら、部屋から去って行くのであった。
ジュエルやトウソウの力の行方は?
バラバラになりつつある三人衆の今後は?
大きくなった歪な石の使い道は?
まだまだ問題が残るユアたちの運命や、いかに?
(第4章へ続く)
今回で第3章は完結です。
章終わりにある「登場人物紹介」ですが人数が少ないため、別の章でまとめて行います。
第4章は年末の投稿を目標に執筆中です。変更などありましたら、お知らせいたします。
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ここまで読んで頂き、ありがとうございました。




