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ラスボスと空想好きのユア 2 Precious Bonds  作者: ReseraN
第3章 波乱の五人旅
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第90話「大切な弟」

 馬車はいなくなり、ノティザは気を失ってしまった。

 路頭に迷うフィトラグスの前に、こちらを睨むアジュシーラの姿があった。


「何で、君がここにいるんだ?」


 インベクル島にいるヴィヘイトル一味、いなくなった弟……フィトラグスはすでに嫌な予感がしていた。

 アジュシーラは相手から目を逸らさずに言葉を発した。


「オイラがその子を別の場所に連れて行ったんだよ」

「君がノッティーを誘拐したのか?!」フィトラグスは目を見開いて驚愕した。


 アジュシーラは返答に迷った。本来ノティザは目的に入れておらず、偶然出会っただけで誘拐は考えていなかった。

 ただ、別の場所へ連れて行ったことは事実だった。ハシゴから落ちたノティザを助けただけでなく、彼が屋敷に帰りたくなさそうだったので、避難のつもりで彼を連れ出したのだ。

 そして、この時はまだノティザがインベクル王国の王子で、フィトラグスの弟だとは知らなかった。


 雑談中にノティザは「修業がイヤだ」と愚痴をこぼしていた。それゆえ、幼い王子はハシゴを使ってでも逃げ出そうとしたのだ。

 アジュシーラも成熟した年齢ではないため、逃げ出したい彼の気持ちを理解していた。


 だが、フィトラグスはそんな事情を聞こうともせずに、ノティザを引っ叩いて叱りつけた。

 ここで正直に言えばノティザはもっと怒られるし、アジュシーラの行為はフィトラグス側に加担することにもなる。

 それだけは耐えがたいため、彼は覚悟を決めて答えた。


「そうだよ。オイラがその子をさらったんだ」


 もちろん、ウソだった。

 しかし、少し話しただけで仲良くなったノティザの名誉を守りたい気持ちもあったのだ。


「どうしてこんなことをしたんだ?!」

「決まっているだろ。人質に取って、お前たちを困らせるためだよ」


 ウソをつき続けるアジュシーラは何故か冷静だった。ノティザを庇うことに悔いが無いようだった。

 同時に彼は思い出していた。前回、初めてフィトラグスと一対一で戦った時のことを。

 あの時はどんなに皮肉めいたことを言っても相手は憤ることなく、アジュシーラとディファートを受け入れようとしていた。

 しかし、今のフィトラグスからは優しさが見られず、こちらをひたすら睨みつけていた。


「もしかして、怒ってる? 前に何を言われても、気持ち悪いぐらい優しかったくせに。“偽善”って言ったかな?」

「偽善のつもりはない。あの時は話せばわかり合えると信じていたからだ。だが、ノッティーを危ない目に遭わせようとしたことは許さない!!」


 フィトラグスはアジュシーラへ怒鳴りつけ、剣を構えた。

 これは以前、アジュシーラが望んでいた光景だが、目の当たりにしても何も感じなかった。

 何故なら、王子を怒らせたい欲求は今はない上に、自身も不本意にウソをつき続けて、それどころではなかったからだ。


「しょうがないじゃん。同じ王家に生まれて来たんだから、利用させてもらったよ」

「ノッティーは関係ない! 巻き込むな、卑怯者め!!」


 フィトラグスに怒鳴られると、今度はアジュシーラが怒りをむき出しにした。


「偉そうなこと言えるの? 自分だって、弟の話をろくに聞かないで叱りつけて! レジーが言ってたけど、これは“頭ごなし”って言うんだよ!」


 話を聞かずに弟を叱責したことを指摘され、フィトラグスは反論出来なかった。

 ノティザは自身を見ると、喜びを体全体で表して駆け寄って来た。それなのに、フィトラグスは思わず突き放した上に引っ叩いてしまった。

 怖い思いをして帰ったなら、泣いて飛びつくはずだがそれが無かった。

 そのことで一瞬だけ疑問が湧くが、ノティザは恐怖よりも久しぶりに兄に会えた喜びの方が勝ったのだと思うことにした。


「安心して。弟には怖い思いをさせてないから。でも、どうして剣の修業がイヤになったか聞いてあげても良かったと思うんだけど!」

「誘拐したくせに、偉そうに言うんじゃない!」


 二人はノティザを想うがゆえに、言い争った。

 結局どちらも折れる気はなく、最終的には戦いへと発展した。

 最初に攻撃を仕掛けたのはアジュシーラ。いつもの青紫色の魔法弾を数発出し、相手へ飛ばして行った。


 フィトラグスも剣を振って、魔法弾を次々と相殺していった。

 いつもなら上手く避けるが、今日はそうはいかなかった。近くでノティザが倒れており、自身が避ければ当たる可能性もあったからだ。

 弟を背にするフィトラグスはその場から動けず、魔法弾を相殺する防戦しか出来なかった。


 そのことはアジュシーラも理解していた。

 今はフィトラグスへ憤っているが、ノティザは傷つけたくなかった。

 だが弟を想いやる王子なら、自らを犠牲にしてでもノティザを守ることはわかっていたので、敢えて魔法弾を浴びせ続けた。


 ところが、フィトラグスが弾き損ねた魔法弾の一つがノティザの元へ飛んで行った。


「しまった!」

「危ない!」


 二人そろって声を上げた。

 魔法弾はまっすぐノティザへ向かって飛んで行く。



 間一髪で、ノティザの体に白いバリアが張られ、魔法弾を消してしまった。


「間に合った……」緊張からティミレッジが息を切らせていた。

「ティミー! それに……」


 ティミレッジの近くにはユア、オプダット、ディンフルも来ていた。

 四人の姿を見たフィトラグスは心から安堵するのであった。


 逆にアジュシーラは、顔を引きつらせた。特にディンフルには確実に勝てないのがわかっていたため、彼を見ると途端にやる気を無くしてしまった。

 魔法でいつもの三日月型の乗り物を出し、それに跨った瞬間、背後からフィトラグスの怒号が聞こえた。


「大人げないことは言いたくないが、君のことは本当に許さないからな!」


 三日月に乗ったアジュシーラは睨み返した。

 ディンフルとティミレッジ以外の仲間には、怖い気持ちは持ち合わせていないようだ。


「ノッティーは俺が一番辛い時に生まれて来た弟だ。この子の成長を見る度に俺の心は救われた。だからこれからも、見守って行きたいんだ! 誘拐するなんて、もっての(ほか)だ!」

「そんなに想ってるなら、もう少し会いに来てやれよ! ”成長のためだから”とか言って一年も離れるなんて、そっちの方がおかしいよ!」


 アジュシーラも負けじと言い返すと、踵を返して三日月に乗ったまま飛び去って行った。


                 ◇


 インベクル島の屋敷。

 ベッドに眠るノティザの傍で、フィトラグスは付きっきりだった。

 ユアたちが部屋に入ると、彼は真っ先に謝罪の言葉を述べた。


「ごめんな。俺らのために旅が中断して……」

「そんなことないよ。僕の魔法陣も無事、消えたからさ」

「本当に!? よかった……!」


 代表でティミレッジが否定すると、フィトラグスは彼の魔法陣が消えたことを心から喜ぶのであった。

 だが、すぐに暗い表情へ戻った。


「俺、ノッティーを引っ叩いてしまった。アジュシーラに誘拐されていることも知らずに……」


 彼が後悔の思いを語ると、ユアたちは一斉に息をのんだ。


「あの子にも言われた。“頭ごなしに怒るな”って。俺が急に怒ったから、ノッティーに怖い思いをさせてしまった……」

「おそらく、お前の弟と知りながら連れ去ったのだろう。ヴィヘイトルやクルエグムは相当の卑怯者だ。奴らといると、アジュシーラもそうなる。そうでなくても、影響を受けやすい年齢と言うのに」


 ディンフルが推測しつつも、アジュシーラの年齢を考慮しながら言った。


「もしこれが誘拐じゃなくて、ノティザ君が修行をサボっていたとしたら、フィットがしたことは間違っていないよ。私も施設で小さい子の世話をしていた時は、本当にてんやわんやだったもん。血の繋がっていない子でもいなくなると心配だったんだから、フィットは生きた心地がしなかったんじゃないかな?」


 ユアも自身の経験を交えつつも、フィトラグスの思いに共感するように言った。

 彼女の言う通り、血の繋がった弟が姿を消したことを思い出すと、フィトラグスは改めて「ノティザを失いたくない」と思うのであった。

 最初の婚約者を亡くし、大切な人を失う痛みを知っているからこそ余計に。


 そして、ユアも思い出していた。以前の電話で突然替わったアヨがマシンガンのように怒鳴りつけたことを。

 あの時は耳障りだったが、「心配のあまり強い口調になったのでは?」と思った。

 そう考えると、ユアは心配してくれたアヨに少しだけ感謝するべきか迷ったが、彼女の棘のある言葉に傷ついたことも否めなかった。


「失礼いたします」


 ノティザの守役・カディゲンが部屋に入って来た。

 彼は、昨日あった剣の修業についてをフィトラグスへ打ち明けた。

 ノティザは別の国の王子に稽古をつけてもらったが、ボロボロに負けた上に「お前が王子になると国が終わる」と暴言を受けてしまった。剣の修業が嫌いになったのはそのせいだった。


「そうだったか……。当面、その王子とは稽古をしないでやってくれ。修行には負けん気が大切だが、まだ七つの子にその言い方はきつ過ぎる。ノッティーもしばらくは会いたくないはずだ」

「かしこまりました」


 カディゲンは反対せず、潔く返事をした。

 おそらく彼も、ノティザにきつい物言いをしたその王子を許せないのだろう。


 二人でやり取りをしていると、眠っていたノティザから、うなり声が聞こえた。


「ノッティー!」


 フィトラグスが近づき声を掛けると、ノティザはようやく目を覚ました。

 まだ眠そうにしているが、目の前に兄がいることは認識出来ていた。


「おにいちゃん……。これは、夢じゃないんだね?」

「ノッティー、さっきはごめんな。お話聞かないで、叩いてしまって……」


 フィトラグスは弟の頭を撫でながら、叱ったことを謝った。

 するとノティザは、何があったのか一つずつ思い出し始めた。


「ねえ、オイラちゃんは?」

「オイラちゃん?」


 最初に思い出したのは、アジュシーラのことだった。

 当然、フィトラグスは誰のことかわからず、復唱した。


「おにいちゃんと会う前におはなししてた人。じぶんのことを“オイラ”って言って、おでこにお目目があったんだ」


 この説明で、一行はすぐにアジュシーラのことだと理解した。


「ノッティー」名前を呼んでからフィトラグスは弟の安全を考慮し、忠告するのであった。

「オイラちゃんって人とはもう遊ばない方がいい」

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