第87話「子供同士」
ユアたちがインベクル島の海岸沿いをまっすぐ歩いている途中、ディンフルが突然立ち止まった。
「ここだ」
彼は一言だけ言うが、目の前にはただ青い海が広がっているだけだった。
「“ここ”って、海しか無いぞ?」
オプダットが言うと、ディンフルはかざした左手から魔法で紫色の球体を撃ち出した。
すると、何もなかったはずの場所に半透明の球体が現れ、ガラスのように割れながら消えてしまった。
無くなった球体の下には、桟橋の上にリゾート地を思わせる木造の小屋が建っていた。
小屋の扉が開くと、杖をついた一人の老婆が出て来た。背は低く、腰は少しだけ曲がっており、白一色の髪を床につくぐらい長く伸ばしていた。
「さすがは戦闘力に長けたディファート。わしの居場所だけでなく、結界まで探り当てるとは大したものじゃ」
老婆は怪しく笑いながらディンフルを見ては、ユアたち四人を小屋の中へ招き入れるのであった。
◇
インベクル島の屋敷。
フィトラグスは中に入れず、玄関で待つことになった。
午後からノティザは中庭で剣術の修行がある。彼が中庭に出たタイミングで、玄関からこっそり行くことになっていた。
しばらく待っていると、カディゲンが切羽詰まった様子で屋敷から出て来た。
「た、大変です! ノティザ様がいなくなりました!」
「何だって?!」
フィトラグスはカディゲンを押し避け、屋敷内へ入って行った。
「フィトラグス様、お待ち下さい!」
制止も聞かず、どんどん中まで入って行くフィトラグス。
彼を見るなり、使用人たちが驚きの声を上げた。本来、王子はこの屋敷に来てはいけなかったからだ。
それでも、空になったノティザの部屋まで来ると、中にいた使用人は普通に状況を説明してくれた。
「私が呼びに来た時にはもういなくなっていて、開いた窓からは避難用のハシゴが降ろされていました。下を見てみたのですが、姿が見えなくて……」
「ノッティー、避難用のハシゴを使えたんだな?」
「初日に使い方を教えました。“万が一の時は、これを使ってお逃げ下さい”と」
「何か変わった様子は無かったか?」
「午前は勉強の時間で、それはきちんと受けて下さいました。でも、お昼休みから笑顔が消えて……。おそらく、剣術を受けたくないのではと思いました」
使用人から詳しい話を聞くと、フィトラグスはカディゲンと共に屋敷の外へ出た。
「手分けして探すぞ! 何かあれば連絡してくれ!」
「かしこまりました!」
彼らは二手に分かれてノティザを探しに走り始めた。
◇
屋敷から少し離れた場所にある洞窟に、アジュシーラはノティザを連れて来ていた。
「へ~え、こんなところがあるんだ……」
「すごーい! 宝さがしができるね!」
洞窟に感心するアジュシーラと、冒険が出来ると胸を躍らせるノティザ。
そんな彼を見て、アジュシーラもつられてワクワクし始めた。
「いいね、宝探し! オイラは探すの得意なんだ!」
「ほんとう?! じゃあ、宝がみつかったら、わけっこだね!」
「いいよ~!☆」
子供らしく無邪気な笑みを浮かべる二人。
しかしここでアジュシーラが正気に戻り、冷静に聞いた。
「待って待って。君さ、変だと思わないの……? 一瞬でここまで来れたこと、怪しいって思わないの?」
「それ、魔法でしょ?! さっき、ぼくを助けてくれたのも! それに、おにいちゃんのおでこに、おめめがあるのも!」
「これだけは魔法じゃないよ!」
アジュシーラは前髪をめくって、額の目を出した。
「いい? オイラは人間じゃないの。ディファートなんだよ! こっわいディファート!」
わざとノティザを怖がらせるようなトーンの声で言ってみせるも、相手は再び目を輝かせた。
「おにいちゃん、ディファートなの?! うれしい! ぼく、ディファートに会いたかったんだー!」
「う、嬉しいの? 人間に嫌われてる種族なのに……?」アジュシーラは耳を疑い続けた。
「うれしいよ! ディファートをきらってるのは、いちぶの人間でしょ? ぼく、そのいちぶじゃない方の人間だよ!」
「別にいいけど、何か調子狂うな……。それより、何で君はあのお屋敷から逃げようと思ったの?」
屋敷を抜け出した理由を聞かれると、元気だったノティザの表情が急に曇り始めた。
「ぼく、けんのおけいこが、キライなんだ。うけたくないんだ……」
「剣って、ソード? 何で嫌いなの?」
「いたいし、つかれるし、しっぱいしたら、ししょーからおこられるもん! “やりたくない”って言ったら、もっとおこられるし!」
ノティザが修行について愚痴り始めると、アジュシーラが共感し始めた。
「わかる! 剣って重いし、斬られると痛そうだよね! オイラも剣だけはやだな! 使ってる人って怖くないのかな? もし斬られて、腕や足が落とされたらと思うと……」
「うでやあし?! そんなの、やだー!!」
アジュシーラの妄想に、ノティザは怖くなり泣き出してしまった。
「あぁ、ごめんごめん! 怖かったね。小さいうちはまだ木刀だよね? 木刀だとそんな怖いことにはならないし、斬られないためにも今から稽古しないとね!」
「やだ! だってぼく……、きのう、イヤなこと言われたんだ」
ノティザは泣き止んでも剣の稽古には行きたがらず、その原因となった年上の王子のことをアジュシーラへ話すのであった。
「それはひどい! ちょっと年上だからって、言っていいことと悪いことがあるだろう!」
さっきよりも彼は憤怒した。
自身も人間から差別を受けて来たのと、年上二人から侮辱された経験からノティザの気持ちが痛いほどわかったのだった。
「守役とかは何してんだよ?! そんなデリカシーの無い王子、すぐに注意しろよな! あと、国が終わるのはそいつが王になった時だろ! オイラだったら、魔法でそいつをやっつけるよ!」
「オイラのおにいちゃん。ぼくのこと、おこらないの?」
ノティザは目の前で怒るアジュシーラへきょとんとしながら尋ねた。
いつもわがままを言うと必ず大人に叱られて来たため、共感してくれた相手を不思議に思ったのだ。
「”オイラのお兄ちゃん”……?」アジュシーラは答える前に、その呼び方が気になった。
「だって、さっきから“オイラオイラ”って言ってるから!」
「それは気にしなくていいの! それよりも、何で君を怒らないといけないの? オイラにも覚えがあるよ! 年上って偉そうにしてる奴が多いもんね、大人含めて!」
「オイラのおにいちゃんも、やなことあったの?」
「うん。例えば、自分のせいで失敗したくせに“お前のせいだ”とか言って殴って来る奴。これは“八つ当たり”って言うんだよ」
アジュシーラはクルエグムにされたことを話しながら、ノティザへ言葉を教えた。
ところが、勉強好きの彼はすでに知っていた。
「八つあたり、知ってるよ! ひどいことするんだね!」
「お、知ってんだ? えらいね! で、もう一人は、いつも“だるいだるい”って言って自分は動かないくせに、人が失敗するとめちゃくちゃバカにして来るんだ!」
アジュシーラは今度はレジメルスのことを告げ口した。
さすがにノティザも苦笑いするしか無かった。
「オイラのお兄ちゃん、こわい人たちとつきあってるんだね……」
ノティザはまだ町の学校へ行ったことが無いため、同年代の友達がいなかった。アジュシーラは自分より年上だが、初めて兄以外で話せる友人が出来、話をしているだけでも楽しかった。
しばらく二人は、幼い者同士の子供トークを満喫するのであった。




