第85話「島へ」
フィーヴェ海。
ユアたち五人はインベクル島へ向かうため、船に揺られていた。彼らにとっては初めての船旅だった。
「インベクル島は、即位式や戴冠式などの大切な儀式や修行の時に行く場所だ。それ以外では王家の別荘なんだ。でも一年の修行の間だけ、王家の者は立ち入り禁止なんだ」
フィトラグスが島について説明し、ティミレッジとディンフルが真剣な表情で聞き入っていた。
「その間に儀式と重なったら?」ティミレッジが質問した。
「儀式を遅らせる。七つになる者にとっては、その年は一生に一度しか無いからな」
「しかし、一年も会えぬとは……。子供の時間感覚は大人より長いと言うのに」ディンフルが懸念しながら言った。
「立派な王子になるには、越えなきゃならないんだ。俺だって、母上と離れるのが辛かったの覚えてるよ」
「国王様は?」
「……子供の時は正直好きじゃなかった。ノッティーへの対応を見ただろ? 俺も散々怒られたから、母上にばかり懐いてたな……」
国王ダトリンドは少しでも間違ったことは許せないほど厳格で、まだ七つのノティザにも容赦なく怒鳴る。今の話では、フィトラグスも幼い頃にたくさん怒られたようだ。
そんな彼がティミレッジに答えている間、ディンフルは明後日の方へ向いていた。
視線の先には、今にも死にそうなほど青い顔をしたユアとオプダットが長椅子で横になっていた。
「大丈夫か、お前たち?」
「し、死にそう……」
二人を見て、フィトラグスとティミレッジも話を中断した。
「さっきよりしんどそうだよ! 本当に大丈夫?!」
「あ、ああ、余裕……」
「どう見ても余裕の表情じゃねぇだろ……。二人とも寝て来い! 島にはまだ着かないから!」
フィトラグスに言われ、ユアとオプダットは重い体を引きずりながら船室へ戻って行った。
ディンフル、ティミレッジ、フィトラグスは、心配そうに二人の後ろ姿を見送るのであった。
「ユアは予想していたが、オプダットまで船酔いとは……。だから、”事前に薬を飲め”と忠告したのだ!」
◇
船に揺られて約三十分。
ようやくインベクル島に到着した。その頃には、ユアとオプダットの体調もすっかり良くなっていた。
「島だー! キレイな海! 泳ぎたいな~」
「俺は、島ならではの名物食いてぇな~」
「遊びに来たのではないっ!! 我々は、闇の魔法陣を浄化出来る者に会いに来たのだぞ!」
リゾート気分の二人をディンフルがたしなめた。
船の上では船酔いで三人へ心配を掛けたというのに、それを忘れてけろっとしていたからだ。
「わ、わかってるよ~」彼へ向き、ユアが拗ねながら反論した。
「ゆっくり行っても大丈夫だよ。今度の札はそう簡単には剥がれないものだから」
「お前はそう言うけど、また闇墜ちされると周りが困るんだよ……」
フィトラグスの言うように、ティミレッジが闇堕ちしてダークティミーになると、敵味方関係なく周囲が苦労する。
当のティミレッジが穏やかに言うので、闇堕ち時とはギャップのある姿に四人は余計に恐ろしく感じるのであった。
「じゃあ早速、魔導士さんを探しに行こう!」
「そうだな。私に任せろ」
ユアがやる気になると、ディンフルはいつもの探索魔法で、サティミダたちが話していた人物を探し始めた。
「あちらだ。行くぞ」
早くも手掛かりをつかむと、ディンフルを先頭にユアたちが歩き出した。
しかしフィトラグスのみその場で立ち止まり、島の奥に見える大きな屋敷を見つめていた。
「フィット?」気付いたオプダットが声を掛けた。
「もしかして、ノティザ様が気になるの?」
ティミレッジが尋ねた。ここへ来てフィトラグスが考えることは、修行に出ている弟のことしかなかったのだ。
彼は反応せず俯くが、四人にはすでにお見通しだった。
「修行中の王家に会ってはならぬと、お前が教えてくれただろう? 会えば本人の心が揺らぐからだろうが、それを考えれば堪えるべきではないか?」
「わ、わかってるよ!」
ディンフルに冷静に言われたフィトラグスはムキになって反発した。
「修行中はどんな事情があっても家族に会ってはいけない。でも、こんなに近くに来たら、会いたくなってもいいだろう?」
「王子自ら、掟を破るつもりか?」
「そんなつもりはない! でも……」
フィトラグスは一瞬否定するも、最後は声に覇気がなかった。やはり、弟が気になるのだ。
彼のもどかしい様子を見て、他の者も心配し始めた。
「それじゃあ、見に行ったら?」
ユアが提案すると、他の四人は目を丸くした。
「直接会うのがダメなら、どこかに隠れて見守るんだよ。なるべくノティザ君に見つからないように。向こうにバレなかったら、掟を破ったことにはならないでしょ?」
その考えに、フィトラグスの顔がパァっと輝き始めた。
「それ、すっごくいいアイディアだ! ありがとう、ユア!」
「で、でも、ティミーの魔法陣はどうするんだよ?」
今度はオプダットが聞いた。
ティミレッジの魔法陣も今は高級札で封印されているが、いつ闇魔導士らがまた現れ、解放されるかわからない。
そのため魔法陣の浄化は急いだ方がいいが、ノティザの元へ行っているとタイムロスになる。
「一人で行くよ。俺は王家の人間だし、バレても罰せられることもないし、何より島の地図も頭に入っているからな。用が済んだら連絡する」
「わかった。なるべく見つからないようにね」
フィトラグスが自身の頭を指しながら説明すると、ティミレッジが代表で承諾した。
こうして一行は、ユアたち四人とフィトラグスの二手に分かれることになるのであった。
◇
四人と離れて、フィトラグスが島の奥の屋敷へ向かって歩いていると、赤い鎧を着た兵士に呼び止められた。
「失礼。ここから先は立ち入り禁止です……」
兵士は言い終える前に言葉を詰まらせ、目を見開きながらフィトラグスを見た。
「フィトラグス様?!」
「突然すまない、カディゲン」
カディゲンと呼ばれたその兵士は、かつてはフィトラグスの守役で、今はノティザを担当していた。
幼い頃に面倒を見てもらったことからフィトラグスの彼に対する信頼は今も厚いままだった。
ところが、当のカディゲンは慌て始めた。
「な、何しに来られたのですか?! ご存知だと思いますが、ノティザ様は修行中なのですよ!」
喜んで歓迎する余裕も無く、カディゲンはフィトラグスへ注意した。
ノティザが王子修行のため、王家の者は立ち入ってはいけないことになっている。
もしこれが見つかれば、やって来たフィトラグスだけでなく、王家の付き添いであるカディゲンまで国王に咎められるのだ。
「そ、それはわかっている。実は、仲間の一人が呪いみたいなものを掛けられて、それを解ける人がここにしかいないみたいなんだ」
「フィトラグス様もご一緒でなければならなかったのですか? 修行中の王家の者がいる際、島にご家族は立ち入ってはならないのですよ」
「あぁ……」
フィトラグスはうなった。
確かに、仲間たちだけに行かせて自分は国で待機する手もあった。用があるのはティミレッジ一人だけなので、フィトラグスが行く必要は無かったのだ。
「で、でも、仲間たちはこの島が初めてなんだよ」
「地図さえ渡しておけば良かったのでは? あの超龍を倒したパーティですよね? 彼らなら地図だけでたどり着けると思われます」
フィトラグスは何とかして島にいられる口実を作るが、すぐカディゲンに却下されてしまう。
さらに、思惑まで見抜かれていた。
「ついて来たということは、ノティザ様がご心配だからでしょう? ダメですよ。いくら、フィトラグス様でも、今だけは!」
「そうだよな……。でも、見るだけならいいだろう?」
「見るだけ?」
カディゲンは、先ほどのユア以外の四人のように目が点になった。
フィトラグスが「遠くから見守るだけだ」と説明すると、相手は頭をひねり始めた。
「う~ん……、確かに遠くから見守るだけでしたら、顔を見て話すのとは違いますからね……」
「そうだ! ノッティーの修行の邪魔になることを考えたら、会ったらダメだってわかっている! 俺も修行の時は、早く母上に会いたくて仕方が無かった。でも今は、“修行に集中出来なくなるからだったんじゃないか”って思うんだ。ノッティーの姿さえ見られれば、会わなくても充分だ!」
フィトラグスに必死に頼み込まれると、カディゲンも仕方なく折れてしまった。
「わ、わかりました。前例にありませんが、会って話さないのであれば……」
「ありがとう!」
ようやくカディゲンから許しが出た。
フィトラグスが嬉しさのあまり大声で感謝すると、相手は素早く人差し指を立てながら「シー!」と息を吐いた。
「お静かに! 声を聞かれれば、気付かれてしまいます!」
「すまない……」
年甲斐もなく騒いでしまったフィトラグスは、恥ずかしがりながら謝るのであった。




