第83話「高級な魔法札」
廃墟を脱出したユアたちの前に、ダークティミーが現れた。
「逃げて来たのか? 超龍を倒したってのに、情けねぇな!」
彼は笑うが、今は超龍戦の時とわけが違った。
まず、魔王のディンフルは今は酒に酔って、普段の力が出せなかった。
その上、闇魔導士の手下のエボ・ダーカーの体力が有り余っている上に、無数にいる。
さらに言うと、ヴィヘイトル一味の三人衆も加わり、ビラーレル村で起きたカオス戦の再来にもなっていたのだ。
「ここへ来たのも運のツキ! 戻ってもらうわよ!」ソールネムが杖の先をダークティミーへ向けた。
「二人以上でないと出来ねぇ浄化技か? あんた一人じゃ無理に決まってんだろ!」彼は腕を組み、先輩である黒魔導士を嘲った。
「ダークネス・イレース!!」
ソールネムの杖から白と金色の光が現れ、ダークティミーへ向かって行った。
先ほどはドーネクトらによって阻害されたが、今度はダークティミー本人が手から黒いモヤを出して光を遮った。
「無理無理。たった一人で俺を戻そうなんて……」
ところがダークティミーが出した闇の力を、ソールネムの浄化技があっという間に消してしまった。
「何っ?!」
あっけに取られている間にダークティミーは二色の光に包まれた。
光が消えて無くなると、元の白魔導士のティミレッジの姿に戻っていた。浄化技が上手くいき、ユアたちは一斉に歓声を上げた。
「やったじゃん!」
「いいぞ、ソールネム!」
開かれたティミレッジの目には光が戻っており、自我が戻ると早々にソールネムへ土下座した。
「ソールネムさん、ごめんなさい! 僕、闇墜ちしてる間にまた失礼なことを言ってしまいました! ごめんなさい。本当にごめんなさい!」
平謝りするティミレッジに、ソールネムは困惑していた。
確かに、廃墟の中では「しごかれていた」だの「可愛がってもらった」だの皮肉めいた言い方をされた。
だが、彼女自身も厳しくした自覚があるため、相手を責められなかったのだ。
「ティミレッジ~!!」
遠くからアビクリスとサティミダが走ってやって来た。
「アビクリスさん、サティミダさん?! どうされたのですか?」
ソールネムは驚愕し、両親を見たティミレッジは急いで立ち上がった。
「だ、大事なことを……わ、わすれれ……」サティミダが説明するが、息切れして何を言っているのか聞き取れない。
「大事なことを忘れてしまってたんだよ、このヘタレが!」アビクリスがサティミダを指しながら説明した。彼女は黒魔導士 兼 武闘家なので、体力はまだまだ残っていた。
「大事なことって?」ティミレッジが尋ねたところで、今度は廃墟の方から物音がした。
中からドーネクトとダーケストがそろって出て来た。
「あぁーーーーー!!」
アビクリスとドーネクトが互いを指し合いながら絶叫した。
「ア、アビクリス?! 何故、ここに?!」
「こっちの台詞だ! ドーネクト! よくも、あたしの息子を!!」
「今日は退きましょう。あの厄介な三人が追って来ます」二人が睨み合う中、ダーケストが冷静に提案した。
「どちらにせよ、アビクリスを倒せるほどの戦力も気力も、欠片すらありませんので」と付け足しながら。
「やっかましい!」
怒号を上げながら、ドーネクトはダーケストを引き連れて廃墟を後にするのであった。
続けて、廃墟の中から「待ちやがれ!」と、クルエグムの怒鳴り声が聞こえて来た。
「我々も去るぞ!」
ディンフルが魔法を使おうとすると、「あたしがやるよ!」と横からアビクリスが名乗り出た。
早速、彼女の空間移動の魔法が発動した。その際、長期戦に疲れたユアがふらついた。
「わっ!」
悲鳴を上げるも、見かねたフィトラグスが腕をつかんでくれたため、倒れずに済んだ。
無事アビクリスの魔法に包まれ、一行も廃墟から去って行った。
まもなくして廃墟の裏口のドアが蹴り破られた。
クルエグムが血眼になって、逃げた敵たちを探し回るが草原が広がるだけで、人っ子一人いなかった。
「逃げられたようだね」
「まぁ、いいんじゃない? あの闇魔導士のおっさんら、弱いけど面倒くさかったし」
レジメルスとアジュシーラは「面倒な奴の相手が終わった」と半ば胸を撫で下ろしていた。
だが、クルエグムはまだ廃墟の周りをキョロキョロと探し回っていた。
「エグ。もう放っときなって」レジメルスが声を掛けた。
「闇魔導士はどうでもいい! ユアを探しているんだ!」
「ユア?! いたっけ?」
アジュシーラが驚きの声を上げた。
クルエグムは聴覚に長けているので、空間移動する前のユアのわずかな悲鳴を聞き取ったのだ。
レジメルスもマスクを少し下げ、鼻を出して匂いを確認した。
「確かにユアたちの匂いがする。ディファートの匂いはディンフルだったんだね。ちょっと酒の臭いもするけど……」
そう言ってマスクを元の位置に戻し、再び鼻を隠した。
「来てたのか……。まぁ、白魔導士がいたから“もしかしたら”と思っていた。また遊んでやろうと思ったが、それどころじゃねぇしな!!」
クルエグムのはらわたは煮えくり返っていた。
ダークティミーにアジトである廃墟に居座られ、ベッドを汚された上、自身の身長まで侮辱されたからだった。
「それより、アジトもどうするの? ここがバレたからあいつら、また来るよ」
「これから、ヴィヘイトル様へ報告だ」
アジュシーラの疑問にレジメルスが提案すると……。
「言われなくてもわかってる!!」
クルエグムが怒鳴りつけた。相当、ご機嫌ななめだった。
そんな彼を見て、レジメルスとアジュシーラは「またイライラしてる……」と呆れんばかりにため息をつくのであった。
◇
ビラーレル村。
ティミレッジの家に行くと、サティミダは暖炉の上にあった高級な魔法札をケースから取り出した。
「もしかして、それ使うの?!」
ティミレッジは冷や冷やしながら尋ねた。
自宅に高級な魔法札があるのは知っていたが、サティミダからは「一家のお守りだ」としか言われて来なかった。
「ああ、今が使い時だからね」代わりにアビクリスが答えた。
サティミダはティミレッジの胸に描かれた闇の魔法陣の上に、高級な魔法札を貼りつけた。
「すごい……。前の札とは違って、すごく魔力を感じるよ」
「そりゃそうだ! 前のは安物だったからね。誰かさんがケチだからしょうがないよ!」
感心するティミレッジの後で、アビクリスが「誰かさん」と敢えて強調しながら、サティミダを見た。
心当たりを感じた彼は、がっくりとうなだれてしまった。
台所で水を大量に飲み、お酒が抜けたディンフルが親子の話に入った。
「それは大丈夫なのだろうな? 前のを貼られてから、わずか一週間だ。あまり周期が短いと、相手をする我々も大変なのだ」
「今も言ったけど、前のは安物だったんだよ。今回は大丈夫だ。あのドーネクトにも破られることはないし、頑張ったら一年はもつよ!」
「一年?!」
思ったよりも長い期間に、ユアたちは一斉に声を上げた。
「それじゃあ、来年また貼ったらいいんじゃね?」
オプダットが提案した。札一枚で一年もつなら、魔法陣を消さなくてもいい気がしたのだ。
「オプダットくんは武闘家だからわからないと思うけど、この一番高い魔法札、こんな値段するんだよ!」
アビクリスが電卓を取り出し、魔法札の金額の数字を出した。ユア以外は絶句し、顔が青ざめた。
彼女のみ、ピンと来なかった。フィーヴェとリアリティアでは通貨が違うため、フィーヴェでの金額がリアリティアではどれほどの価値なのかわからなかったのだ。
ここで、リアリティアに何度も行き、勉強をして来たディンフルがわかりやすく説明した。
「リアリティアで言うと、中古車一台分だ」
「そんなにするの?!」
ようやく理解したユアは、他の者たちよりも驚きを隠せなかった。
中古車と言ってもピンからキリまであるが、その鉄の塊と同じ値打ちがあるということは、この魔法札は相当なものなのだろう。
「チューコシャとやらが何かわからないけど、毎年貼り換えてたらヘタレとティミレッジが破産するよ。そうでなくても生活苦しいのに。だから、今すぐにでもインベクル島に行って欲しいんだ!」
「インベクル島?」
アビクリスはさらっと言ったが、一行は聞き逃さなかった。
特に、故郷の名前を出されたフィトラグスはその名前を復唱した。
「インベクルってフィットの国じゃん。それの島って?」
「インベクル王国が所有する島があるんだ」
ユアの疑問にフィトラグスが答えた。
これはイマストVの攻略本にも公式サイトにも載っていない。初めて耳にする情報に、ユアのテンションが上がり始めた。
「島を所有してるの?! さっすが、王国……」
「何故、そこなのだ?」
驚愕するユアをよそに、ディンフルが尋ねた。
今度はサティミダが答えた。
「僕たち、探し当てたよ。最上級の浄化技を使える人は、そこにいるんだ」




