第80話「思わぬ告白」
ユアとフィトラグスは、助っ人が駆け付けたおかげで先ほどより戦いやすくなった。
「何人来ようと同じだ! ダーケスト!」
「言われなくてもわかってます」
ドーネクトから指示をされたダーケストはうんざりしながらも、次々とエボ・ダーカーを呼び出した。
この召喚魔法は、助手の彼しか使えないのだ。
「二人から四人に増えたんだから、不可能なんて無い!」
フィトラグスは酔ったオプダットを横に置き、チェリテットと共にエボ・ダーカーにダメージを与えていった。
一撃で倒すのは難しくても、何度か斬ったり必殺技を当てていくと倒せるようになった。
ユアとソールネムのところも順調だった。
ソールネムの全体攻撃で弱らせたエボ・ダーカーを、ユアが一体ずつトドメを刺していった。
ダウンしていたディンフルは「良いプレーだ」と感心していた。
「いいぜ、いいぜ! そうこなくっちゃな!」
ダークティミーも嬉々として言うと、自分を磔にしていた魔法陣を自らの力で打ち破った。
「何っ?!」その魔法を使ったダーケストが驚きの声を上げた。
「俺がこのまま黙って見てると思ったのかよ? 甘かったな!」
嘲るように言うダークティミー。
ダーケストは強く歯ぎしりをした。彼が初めて悔しげな表情を見せたのである。
「ティミー! 自由になれたならちょうど良かったわ! 一緒に、このモンスターと戦ってちょうだい!」
ソールネムが魔法を唱えながらダークティミーへ頼んだ。
「やなこった」人の指図を受けない彼はもちろん拒否した。先輩であるソールネムの頼みでもだ。
「お願い! みんな、困ってるのよ!」
「さっき、“四人いれば大丈夫”みたいなこと言ってただろ。俺は観戦しとくから、せいぜい頑張ってくれ」
「ティミー!! 闇魔導士に仕える気は無いんでしょ? だったら、私たちの味方をして!」
彼の生意気な態度に、ついにソールネムの雷が落ちた。
同じ声量でダークティミーが反論する。
「俺は誰の味方でもねぇ!! ずっと言ってんだろ!」
「あなたはそんな人でなしじゃないでしょう?! 優しかった頃の自分を思い出して!」
「優しかった頃の俺? あぁ~、あんたにしごかれてた時か」
ダークティミーの言葉で、ソールネムの動きが止まった。
その隙を狙ってエボ・ダーカーが襲い掛かる。
「危ない!」
ユアがソールネムを襲った敵を倒したおかげで、彼女は間一髪助かった。
「ソールネム、大丈夫?」
「え、ええ、ありがとう。私のことはいいから、あなたは敵を倒して……」
ユアが心配しながらも離れると、ソールネムは再びダークティミーへ向かい合った。
普段冷静な彼女だが、明らかに動揺していた。
「確かに、将来のために敢えてきつく言って来たわ。もしかして、気にしてるの?」
「ああ。いっぱい可愛がってもらったぜ! だから、手は貸さねぇ!」
ダークティミーは敢えて強調しながらソールネムへ吐き捨てると、その場を去って行った。
「コラ、待て!」
ドーネクトが彼の後を追おうとするが、眼前で思いきりドアを閉められた。
もう少しで顔面と接触するところだった。
「おのれ、ティミレッジめ……! このままでは石を探す計画が捗らん!」
「あれではキリがないので、いっそ右腕を諦めるのも手ですね……」
エボ・ダーカーを召喚しながらダーケストが横から言った。
あれだけ頑ななダークティミーでは相手が難しいため、もう降参状態に入っていたのだ。
その頃、酔っぱらったオプダットが再び、戦っているフィトラグスへ抱き着いた。
「ちょ……! こっちは剣振ってるんだぞ! 急に来たら危ないだろ!」
「王子さま~、みじめな俺を助けてくれよ~。俺は子供の頃に病気で死にかけて、親友まで亡くしたんだぞ。こんな俺が生きてたら、死んじまった親友に申し訳ねぇよ……」
先ほどは甘えんぼモードだったが、今回は泣き上戸だった。
オプダットは力強く抱き着いており、フィトラグスは剣が振れなくなった。見かねたチェリテットが無理やり、彼らを引き離した。
「いい加減にしなさいよ!!」
「な、な、な、何だよ~?」
突然離されたことに驚き、オプダットが今度は怒りを交え始めた。
「フィットが嫌がってるでしょ!」
「“フィット”じゃなくて“王子様”だろ~? フィトラグス様は、フィーヴェでいっちばんカッコ良くて偉い王子様なんだぞ~。無礼は許さないんだぞ~」
ベロベロに酔う彼に耐えられなくなったチェリテットは、思わず相手の頬を引っ叩いてしまった。
「何すんだよ~!?」
「あんた、そんなに情けない奴だったの?!」
「だって、しょうがねぇじゃん……。俺、病気して普通の子と同じように学校に行けてなかったし、勉強も出来ないし、親友も俺のせいで死んじまったしさぁ……」
「弱音を吐かないで! オープンはそんな人じゃないでしょう!!」
今度はチェリテットが声を荒げた。ただ、今はエボ・ダーカーの相手で周囲もずいぶんと騒がしかったため、その声に気付かない者もいた。
二人が話している間に、フィトラグスが必殺技でエボ・ダーカーらを弱らせていった。
それでも、オプダットの酔いが覚めることはなかった。
「俺、お前にも避けられてんだぞ……。こんな状態でどうやって、仲間や友達作れってんだよ……」
チェリテットは息をのんだ。
実はクロウズの一件以来、彼女はオプダットの目をまともに見られなくなっていた。なので、「避けている」と思われるのはほぼ事実であった。
「あ、あれは、避けているって言うか……」
「避けてるじゃん……。俺が話し掛けても逃げるし、目を合わせたら慌てて逸らすし、一緒に仕事もしてくれなくなったしさぁ……」
オプダットの目から涙がこぼれ始めた。
相手が酔っているとは言え、チェリテットは後悔し始め、これは弁明が必要だと強く感じるのであった。
「オープン! あのね……」
「お前もクロウズやパールと一緒で、俺の前からいなくなるんだろ? わかるんだよ……」
「聞いてっ!!」
珍しく続くネガティブ思考にしびれを切らしたチェリテットは、オプダットの肩を両手で押さえつけながら、真正面から相手の目を見た。
本当は今も見られなかったが、「嫌われている」という誤解を解きたかったのだ。
「”クロウズさんやパールさんみたいにいなくなる”って言ってるけど、忘れたの? クロウズさんはあなたの友達になってくれたじゃない! 最後は“オープン”って呼んでくれたでしょ?! パールさんはいなくなっちゃったけど、今でもあなたの胸の中で生きているはずよ!」
説教を始めるチェリテットを、オプダットもまっすぐに見つめ返した。
「それに、“明るく、友達を大切に”ってアティントス先生から教わったことも忘れたの? そんな後ろ向きの考え、オープンらしくないよ!」
アティントスの教えを思い出し、オプダットは目を見開いた。
チェリテットはさらに言い続けた。
「それとさ、私があんたを避けていることになってるけど……ごめん。正直、会いづらかったんだ。で、でも、別に嫌ってるわけじゃないの! 何ていうか……その……」
チェリテットは、誤解をされないよう必死に言葉を選んだ。オプダットはその先を待ち続けていた。
目の前で見つめられると余計に適切な言葉が浮かばず、彼女は思わず言ってしまった。
「逆に、好きなんだよっ! あんたのことが!!」
その告白が聞こえたのか、周囲の動きが思わず止まった。
ユアもソールネムも、フィトラグスも、休んでいたディンフルも、さらに襲っていたエボ・ダーカーやドーネクト、ダーケストですらも、チェリテットとオプダットへ目が釘付けになっていた。
「い、今言うことじゃないのはわかってる……。言っておかないと、あんたはずっと誤解するし、何より目の前で泣かれたら言わずにおれないって言うか……。言うなら今しかないって思ったの!」
チェリテットはすっかり紅潮していた。
見ていたユアも思わず顔だけでなく耳まで赤くなった。
「何故、お前まで赤くなる?!」
「こ、恋バナって、ドキドキするんだも~ん!」
ディンフルにつっこまれ、ユアは両手で顔を覆い隠した。自分が告白されたわけじゃないと言うのに……。
一緒になって見入っていたダーケストが我に返り、「何をしているのです?! やってしまいなさい!」と、既存のエボ・ダーカーへ指示を出しながら、新しい分も召喚した。
手下たちも続きが気になるのか一瞬戸惑ったが、命令を聞くと慌ててユアたちへ襲い掛かった。
「リアン・エスペランサ・スパークル!!」
立ち上がったオプダットがエボ・ダーカーへ、稲妻をまとった拳を当てた。
襲って来た複数体が黒いモヤとなって消えてしまった。
「は……?」ダーケストが目を見開き、素っ頓狂な声を出した。
オプダットが倒したエボ・ダーカーらは召喚されたばかり。つまり、体力がまったく削られていない。
今までその状態で来た手下たちは倒すのに時間が掛かったが、たった今、召喚された者たちはオプダットの一撃で瞬殺された。
これには、いつも冷静なダーケストも驚くしか無かったのだ。
「酒も抜けて来たし、俺も手伝うぜ!」
先ほどまで酔いながら泣いていたオプダットは、すっかり元気になっていた。
本人が言うように体内の酒が抜けたのと、たくさん泣いてスッキリしたからだった。
「と言うことは……」チェリテットは元の色に戻っていた顔を再び赤くさせた。
「ありがとな、チェリー! 俺もお前のこと、大好きだぜ!」
オプダットがウィンクしながら、彼女へ言ってみせた。今度はチェリテットが耳まで真っ赤になった。
しかし、今の「大好き」はおそらく「友達として」だろうと思った。チェリテットは友達以上の想いを込めて打ち明けたが、逆に今のオプダットは何の恥ずかし気も無く言ったからだ。
だがこれも、彼の平常運転なのはすでにわかっていた。
「あとチェリー! 俺はいつも前向きだぞ! 後ろ向きに歩いたことなんてねぇよ!」
さっきの「後ろ向きな考え」を間違った捉え方をしていた。
「これも平常運転だ」彼女だけでなく、共に旅をして来たユアたちまで思った。同時に、元通りになった彼を見て、全員で安堵するのであった。




