第77話「闇魔導士、再び」
ティミレッジを捕らえた球体は、猛スピードで廃墟の奥深くへと入って行った。
「うわああああ!」
奥の地下室に入ると球体は消え、ティミレッジはやっと解放された。
だが、同時に扉が重い音を立てて閉まり、逃げ道を塞がれてしまった。
「ここは……?」
彼が体を起こすと部屋の明かりが点き、内部が露わになった。
図書館のように本が詰まった本棚が部屋中に並び、机には複数の魔法札も見つかった。
「久しぶりだな」
重く低い声が部屋内に響き渡った。
奥の明かりが点くと、その下には闇魔導士・ドーネクトと、その助手・ダーケストが立っていた。
「あなたたちは?!」
二人を見たティミレッジはもう胸騒ぎを覚えた。
彼らが自分をさらったと言うことは、目的は一つしか無かった。
「悪いが、君を右腕にする目的は諦めてないのでね」
「ぼ、僕は、あなたの助手にはならない! それに、パパが札を貼ってくれているんだ!」
「それが何なのですか?」
ティミレッジが勇気を出して拒否するも、ダーケストが冷たく聞いて来た。その目は何かを見透かしているようであった。
「札を貼られている間は、闇魔法はよみがえらないんだ!」
「この方をどなたとお思いです?」
ティミレッジがさらに言い返すと、ダーケストは隣のドーネクトを指しながら聞いた。
「あなたもご存じかもしれませんが、ビラーレル村では歴代二位の魔力の強さを誇る闇魔導士・ドーネクト様です。認めたくはありませんが」
「最後、余計なものが聞こえたが……?」
一言多い助手にドーネクトが苛立ちを覚えた。注がれる視線を無視してダーケストは言い続けた。
「どういうことだかわかりますか? 歴代二位の魔力の持ち主に、剥がせない札など無いのです。ましてや、歴代最弱の気力であるあなたのお父様が所持しているものなら、なおさら……」
「パパを悪く言うな! 僕のために、なけなしのお金で買った札を貼ってくれたし、前に僕が闇墜ちした時も引っ叩いてくれたし、今だって最上級の浄化魔法を探し続けてくれているんだ!」
「それは、あの時のあなたに困ったから対応したまでのこと」
ダーケストに冷静に言われ、ティミレッジは言葉をつぐんだ。
闇魔法に心を染められた時、周囲に迷惑を掛けたことは記憶にあり、本人もそれを悔やんでいた。
「彼がアビクリス並みに強ければ、こんなことにはならなかった筈。思いませんか? “もっと強い父の元に生まれたかった”と」
ダーケストはさらに侮辱し続けた。
ティミレッジを落ち込ませるためらしいが、逆に今の言葉は彼の怒りを引き出すものとなった。
「思わない! 僕は、パパとママの元に生まれて良かったと思っている! それに、“彼がアビクリス並に強ければ”……とか言ってるけど、そもそもあなたたちが来ていなければ、パパもママも僕も、イヤな思いをしなくて済んだんだ!」
ティミレッジは再び勇気を振り絞って言い切った。
家族がバラバラになった直接的な原因ではないが、彼は両親や仲間たちに辛い思いをさせるきっかけとなった闇魔導士たちが許せなかったのだ。
特に母・アビクリスに暴言を吐いたことは、本人から許してもらった後も申し訳なく思っていた。
ここでしびれを切らしたドーネクトがティミレッジに近付いた。
「うるさいっ! 生意気言ってないで、また闇墜ちすればいいんだよ!」
ティミレッジの胸ぐらを掴んだ途端、ダーケストが「ストップ!」と止めに入った。
「前にこの子の服を破いて、無理やり裸にさせてましたよね? ああいうやり方は嫌いです」
「別にいいだろ! 男同士なんだから!」
「同性でもやっていいことと悪いことがあるでしょう。あれから、ますますあなたを変な目で見るようになりましたよ」
「“ますます”って、どういう意味だ?!」
二人が口論を始めると、ティミレッジはドーネクトの手を振りほどいて走り始めた。
「あ、コラッ!」
閉ざされた扉を押したり引いたりするが魔法が掛かっており、びくともしない。
次に、持っていた杖で浄化技を出した。
「リリーヴ・プリフィケーション・シャワー!」
しかし浄化技は、魔法が掛かった扉に吸い込まれるようにして消えて行った。
「そんな……」
「無駄ですよ。歴代二位の魔力に、普通の魔法や浄化技が効くと思っているのですか?」
完全に逃げ道を失ってしまった。
ドーネクトとダーケストが歩み寄って来る。
「お前が反対しようと関係ない。一刻も早く、右腕が欲しいのでな」
「だ、だから、ならないよ!」
「ダメだ! 早く両腕をそろえて、石を探すんだ!」
突然ドーネクトの口から聞き慣れない単語が出て、ティミレッジは思わず聞いてしまった。
「石……? 何の?」
「説明は後だ!」
再びドーネクトがティミレッジに近づく前に、ダーケストが魔法を掛けた。
すると敵二人の前に薄い黒い球体が現れ、ティミレッジの体内にある魔法陣とそれを封じている札を映し出した。モニターのような役割をする球体だった。
「大丈夫です。例の札は安物です」
「あのヘタレ、相変わらずの貧乏性だな……。こちらとしては大助かりだが!」
次にドーネクトが手をかざすと、ティミレッジのローブの下から札が出て来た。サティミダが息子のために与えたものだった。
「パパの札が……?!」
「勝負あった!」
ドーネクトがそのまま手をかざし続けると、ティミレッジの体の魔法陣から黒い闇が放出された。
闇は彼の体を包み始めた。
「うわあああああ!」
全身を覆い尽くすと、闇は少しずつ晴れて来た。
するとそこには、闇墜ちしたティミレッジ……通称・ダークティミーが立っていた。黒い上下の服の上に紺色のマントを羽織り、目からは光が消えていた。
「来た来たぁー!」
喜びで興奮し始めるドーネクト。
だが、大変なのはここからであった。
「何だよ……? おっさんらに協力しねぇって、言ってんだろ!」
ダークティミーはいきなり睨みつけ、きっぱりと拒絶した。ドーネクトの右腕になる気は、闇墜ち前と変わらず無かった。
「おっさん」という言い方に一瞬イラつくドーネクトだが、頑張って作り笑顔を装った。
「お前に損はさせないぞ、ティミレッジ。右腕になってくれたら世界の半分をやろう」
「世界の半分……?」
突然出た言葉に、助手のダーケストは信じられないような表情でうなった。
ダークティミーに世界の半分を与えるということは、おそらくもう半分はドーネクトにいく計算だ。そうなると、自称・左腕の自分には「何も無いのでは?」と思い始めた。
それでも、ダークティミーは考えを変えなかった。
「やだね。前も言ったが、俺は指図されたくねぇんだ!」
「世界の半分を好きに出来るんだぞ。確かお前は本が好きだったな? いくらでも読み放題だぞ~」
ドーネクトはさらに相手の気を引き続けた。
「本が読み放題」と聞き、さすがにダークティミーが興味を示し始めた。
「本当か? 俺の好きに読んでも良いのか?」
「もちろんだ!」
本好きは闇墜ち前と変わってないようで、ダークティミーの心が揺らいでいた。
ドーネクトは「よし、もう少しだ」と言わんばかりに不敵に微笑んだ。
ダーケストは「私のマンゴープリンパフェと言い、こういう時に好きな物は弱点になりますね……」と思いながら唖然としていた。
「右腕になる話、少しは考えてやってもいいぜ」
ダークティミーの関心がこちらへ向いた。さらにテンションが上がるドーネクト。
しかし、それは相手の言葉で一気にどん底へと落ちるのであった。
「条件がある。世界の半分じゃなくて、十分の九をもらう!」
ダークティミーがドヤ顔で提案した。
ドーネクトとダーケストは一瞬何を言われたかわからず、口が開きっぱなしになった。
「十分の……」
「九……?」
「そ。もちろん、九は俺の取り分だ」
今度はダークティミーが邪悪な笑みを浮かべた。
さすがにこの提案に、ドーネクトはつっこまずにはいられなかった。
「何でお前の方が多いんだ?! 主人はこの俺だぞ! お前は右腕になるんだから、主人の方に多く与えるのが普通だろ?!」
「でも、おっさんらは俺の力が必要……つまり、いてもらわないと困るんだろ? なら、それなりに配慮や気遣いをするべきなんじゃねーの?」
確かに右腕は必要だが、何故主人よりも上から目線なのか、二人は理解に苦しんでいた。
「こんなことなら、闇墜ち前にもっと脅迫しとけば良かった……」と後悔するドーネクトであった。
その時、地下室の扉を思いきり殴る音が聞こえた。
「ダメだ! めちゃくちゃ頑丈だ!」
「どけ! 頑丈以前に、魔法が掛かっている!」
オプダットとディンフルの声がした。
その直後、扉は一瞬にして破壊された。
先頭には手刀を切るポーズのディンフルが立っていた。彼が扉を壊したのだ。
「お、お前ら……?!」
闇魔導士一味とユアたちは、互いに睨み合うのであった。




