第72話「良薬、口に甘し」
※本当は「口に苦し」が正しいですが、今作では敢えて「甘し」にさせて頂いております。
インベクル王国の一室。
ユアは起きていたが、頭がボーっとしていた。まだ熱があるのだ。
だが、たくさん寝たため、眠気はまったく無かった。
寝ぼけ眼のまま窓へ寄り、外の景色を眺めていると、目の前に見覚えのある顔が映った。
「よお」
何と、クルエグムがベランダに現れたのだ。
しかし、意識が朦朧とするユアは、夢だと思い込むことにした。
「いや、夢だ。こんなとこに、あんな憎ったらしい奴がいるわけない……」
熱がある頭でも、ユアは彼を「憎ったらしい奴」と表現する元気はあった。
相手もまんざらではない様子らしく、ニヤニヤと笑い続けた。
「“憎ったらしい”ねぇ……。そう思われるのは慣れっこだよ」
ノーダメージだった。
怒って襲って来ることはなく、クルエグムはユアの顔の前に、ある物を差し出した。
「食え」
それはプリンだった。しかも、丁寧に使い捨てのスプーンまでついていた。
「お前の仲間が言ってたんだ。“ユアにプリンを届ける”って。しかも、風邪なんだって? これ食って、早く元気出せ。そしたら、また遊んでやる。こないだ、面白かったからな」
言われるままにユアはプリンを受け取った。
クルエグムのことはまだ夢だと思っているのか、プリンを見た途端に目の輝きが少しだけ戻った。
今の彼女は、目の前の敵よりも大好物しか目に入らなかったのだ。
「ユア様。お粥が出来ました……」
言いながらサーヴラスが部屋に入って来た。手にはお粥の入った器を持っていた。
だが、クルエグムを見ると、表情がさっと変わった。
「お前は?!」
「よお、サーヴラス。久しぶりだな」
クルエグムは「邪魔が入った」と言わんばかりに不満を顔に出し、無愛想に言った。
二人は、魔王だったディンフルに仕えていた時以来に再会したのだ。
「何故、ここにいる?! ユア様から離れろ!」
「ただの見舞いだ。もう帰るよ」
サーヴラスに応えると、クルエグムはまたユアの方へ向いた。
「じゃあな」
一言だけ言うと、彼は魔法でその場から消えて行った。
サーヴラスは急いでお粥を近くのテーブルに置くと、ユアへ駆け寄った。
「ユア様、おケガはありませんか?!」
当のユアはまだボーっとしたまま、プリンを見つめていた。
「それはプリン……? 食べてはなりません! 奴のことなので、毒が入っていると思われます!」
「ユア!!」
クルエグムとは入れ違いに、ディンフルが現れた。
町から馬車で戻った後、店でプリンを受け取ると、魔法で先に戻って来たのだ。
「プリンを買って来たぞ!」
「ディンフル様、クルエグムがここへ来ていました」
ユアへプリンを渡そうとすると、サーヴラスが真っ先に報告した。
衝撃の知らせを聞いたディンフルは、驚いて目を見開いた。
「申し訳ありません。私がついていながら……」
「いや、お前はよくやってくれた。食事の手配などで抜けていたのだろう? その隙を狙って来ることも考えられる。奴やヴィへイトルなら、やりそうなことだ!」
謝罪するサーヴラスをディンフルはフォローし、クルエグムたちを罵倒した。
「それで、何かされたのか?」
「私が来ると、すぐに帰りました。ですが、ユア様の手にプリンが……」
「プリン?」
サーヴラスとディンフルが目をやると、ユアは付いていたスプーンでプリンを一口ずつすくって食べていた。
「あぁーーーーー!!」
「何をしているのだ、バカ者ぉ?!」
二人で絶叫を上げると、ディンフルはユアの手から慌ててプリンを取り上げた。
「あ……、私のプリン~」
ユアはおもちゃを取り上げられた子供のごとく、泣きそうな顔になった。
「“私のプリン”ではない! これはクルエグムが持って来たものだろう?!」
「ユア様! 今さっき忠告しましたよね?! “毒が入っているかもしれない”と! 何故、躊躇なく食べているのですか?!」
「毒なんてないよ。プリンはプリンだよ~」
「何をふざけたことを言っている?! 敵が持って来たものだぞ! 少しは警戒せぬか!」
「この世に悪いプリンなんてないっ!」
「ふざけるなぁ!!」
おそらく、高熱で頭が正常ではないのだろう。ユアは夢心地のまま、プリンを何度も欲しがった。
「食べるならこちらにしろ! インベクルで買った安全度100%のプリンだぞ!」
ディンフルが、丁寧に箱に入れていたプリンをユアへ手渡した。しかし……。
「……ダメ! プリンは週に一個って決めているんだ!」
「今だけ忘れぬか、その掟とやらは!!」
風邪でうなされていても、自らが作った決まりだけはきちんと覚えていた。
その後、ユアは延々とディンフルから説教されてしまった。
先ほど一緒に怒ったサーヴラスだったが、「病人相手にそんなに怒らなくても……」とユアへ同情せざるを得ないのであった。
◇
大好物のプリン(敵からもらったものとディンフルがほぼ強制的に食べさせたもの)を補給したユアは見る見るうちに元気になっていった。
倒れてから約一週間、ようやく元の状態に戻り、意識もすっかり冴えていた。
「私、クルエグムからもらったプリンを食べたの?!」
後にディンフルやサーヴラスから聞かされたユアはひたすら驚いた。
高熱を出している間のことは、ほとんど記憶にないようだ。
「そうだ! 毒が無かったから良かったものの!」
ディンフルは腕を組みながら、呆れていた。
「まあまあ。ユアちゃんも熱で頭が働いていなかったので、プリンしか見えてなかったんですよ」
ティミレッジが微妙なフォローをするが、ユアがプリンしか見えていなかったのは事実だ。
「それにしてもだ! 普通、敵が来た時点で警戒しないか?」
次にフィトラグスが唖然としていた。
珍しくディンフルと同じく、今回のユアには呆れ果てていた。
「ユアは“みんな仲良く”をモットーとしてんだよ!」
横からオプダットがユアを庇うと「お前じゃあるまいし!」と、ディンフルとフィトラグスが声をそろえた。元因縁の二人が同時に同じセリフを吐くのはレアな光景だった。
「本当にごめんなさい……」
ユアはようやく自身の行動のおかしさに気付くと、ディンフルたちへ頭を下げた。
ティミレッジとオプダットは笑って許してくれたが、ディンフルとフィトラグスは「本当だぞ」とまだため息をついていた。
「私……、週一個って決めてたプリンを、来週からは二個までなら許すことにするよ!」
謎の決意に、ディンフルたちはずっこけた。
「そこじゃない!!」
思わず、四人そろってユアへ怒鳴りつけた。
的外れな懺悔なので、怒られても仕方がないのであった。




