第71話「町の英雄」
インベクル王国の一室。
邪龍退治から戻った一行が休憩していると、ディンフルが突然立ち上がった。
「プリンを買って来る」
「プリン?」目を丸くする他の三人。
「もしかして、ユアちゃんにですか?」ティミレッジが尋ねた。
「そうだ。風邪で具合が悪いと言うのに、プリンだけは食べたいそうでな」
ディンフルがやや呆れながら答えた。
「プリン……良いと思います! お菓子ですが、冷たくて喉越しもいいので、多少の栄養補給にはピッタリなんですよ!」
ティミレッジがニコニコしながら解説した。
「そうなのか? なら、ユアが欲しがるのは理にかなっているのだな」
ディンフルが納得し、部屋を出ようとするとフィトラグスが引き止めた。
「待て。あんたはまだ町を出歩かない方がいい」
「な、何で?」突然の阻止にオプダットが驚いた。
「“何で”って、ディンフルは前にインベクルを襲っただろう?」
「でも、国王様からも認めてもらっただろ?」
「父上は認めたが、国内にはまだディンフルやディファートに抵抗がある人もいるんだ」
フィトラグスの話を聞き、歩みを止めていたディンフルは相手へ振り返った。
フィーヴェには彼の頑張りを認めてくれる人が少しずつ増えている。だがフィトラグスの言うように、反対派の声がまだあるのも事実だった。
なので、ディンフルはプリンを仲間たちへ託した。今の話は納得せざるを得なかったのだ。
◇
早速フィトラグスらはプリンを買いに城下町へ降りて行った。
普段、フィーヴェの問題解決のため、まっすぐ城へ来るティミレッジとオプダットを、ゆっくり案内する目的もあった。
仲間の二人は城下町を堪能出来たのであった。おそらく、町中を見て回るのはこれが初めてだろう。
最後に城門近くの菓子屋でプリンを買った。三人は「いつか、ディンフルとユアも連れて歩きたい」と目標を立てるのであった。
店を出ると、ディンフルが城門からこちらへ向かって駆けて来た。
「ずいぶんと遅かったな!」
「ディンフル! どうしたんだ? 城で待ってたんじゃないのか?」
「ソールネムから連絡があった! 近くの町でクルエグムが暴れているらしい!」
話を聞くと、ディンフルは通信機で連絡を受け、急いで城門まで飛んで来た。
フィトラグスに指摘されたように、城下町はまだ歩けなかったので城からマントの力で飛んで来たのだ。
「お前たち、通信機は?! 何度も連絡したのだぞ!」
「すいません……。すぐに戻ると思って、持ち歩いていませんでした」ティミレッジが代表して謝った。
「まぁ、いい。馬車は手配してある。急ぐぞ!」
「で、でも、プリンが……」
オプダットが買ったばかりのプリンの心配をした。
やはり持って行くわけにいかないので、フィトラグスはプリンを持って再び店に入り、戻るまで預かってもらうことにした。
四人を乗せた馬車は、クルエグムが出た町へ向かうのであった。
◇
インベクルより少し離れた場所に「リトゥレ」という小さな町があった。
馬車が到着し、フィトラグス、ティミレッジ、オプダットが降り立つと、町民たちは感嘆の声を漏らした。
「フィトラグス王子様たち! 早く、あいつを何とかして下さい!」
だが、最後にディンフルが姿を現すと町民たちは一斉に静まり、怪訝な表情を浮かべた。
「今や王子たちの仲間だ。言っておくが、彼らが私に賛同したわけではない。私が王子らへ同意したのだ。信じたくなければ信じなくて良い」
ディンフルは微かにフィトラグスらを庇うように説明すると、町民らの視線を浴びながらクルエグムがいる場所へ向かうのであった。
◇
広場に行くとクルエグムが数匹の邪龍を従え、若い女性を人質に取っていた。
女性への侮辱を許さないレジメルスが見たら、怒り心頭しそうな光景だった。
「その人を離すんだ!」
フィトラグスらが来るのを確認すると、クルエグムはニヤリと笑った。
「やっぱり来たな。……ん?」
男性陣四人しかいないことに気付くと、クルエグムの顔から邪悪な笑みが消えた。
「ユアは?」彼はぶっきらぼうに聞いた。
「風邪引いて、城で休んでいるよ」
「だから俺たち、早くお前を倒して、ユアへプリンを届けないといけないんだ!」
フィトラグスとオプダットから事情を聞くと、クルエグムは舌打ちをし、捕まえていた女性を乱暴に離した。
「だったら、てめぇらから殺してやるよ!」
「出来るならやってみろ」
怒りに狂い始めたクルエグムが剣を構えると、ディンフルも臆せず大剣を出した。
ティミレッジは人質だった女性を保護すると安全な場所へ案内し、フィトラグスとオプダットもそれぞれ戦う態勢に入った。
戦闘はまもなくして始まった。
クルエグムとディンフルが剣を何度も交え、フィトラグスとオプダットは邪龍の相手をした。
ティミレッジも女性を避難させると、仲間たちへバリアを張るなどして助太刀した。
やがて、ディンフルたちは必殺技の撃ち合いになった。
「シャッテン・グリーフ!!」
「フューリアス・ヴェンデッタ!!」
紫と赤紫の衝撃波が混じり合いながら、周囲を傷つけていった。地面は抉れ、建物は一部が崩壊した。
「ストップ! 建物が崩れるぞ!」
フィトラグスが止めに入るとディンフルは必殺技を出すのをやめ、クルエグムの必殺技を相殺することにした。周囲に気が付かないほど、戦いに集中してしまったのだ。
二人が壊した建物は、急いでティミレッジが浄化技で修復した。
「やっぱり魔王だな。俺たちの町を壊そうとして!」
建物が戻っても、一人の男性町民は不満を漏らした。ディンフルの行為が気に入らなかったのだ。
「そんなことありません。ディンフルさんは、本当にフィーヴェや人間を助けようとしてくれているんです」
「知ったことか!」
「本当だって! そうじゃなかったら邪龍退治もしてないし、今だってあのロン毛と戦ってないぞ!」
町民がはね除けると、オプダットも話に加わった。いつの間にか邪龍はいなくなり、クルエグムも召喚しなくなったため、手持ち無沙汰になっていたのだ。
さらにフィトラグスもディンフルのフォローに入った。
「二人の言う通りです。彼は今、フィーヴェを救うために活動しており、一部からは”英雄”と讃えられております」
「あんな魔王が英雄など……」
フィーヴェを代表する国・インベクルの王子が言った途端、町民が少しだけ怯んだ。
その時、クルエグムが出した赤紫の衝撃波が、その町民とフィトラグスたちへ向かってやって来た。
「何でこっちなんだよ~?!」
オプダットが驚くと、ティミレッジがバリアを張ろうと前に出た。
さらにその前にディンフルが立ち、大剣の一振りで衝撃波を消してしまった。
「この町の者には手を出すな。弱者を痛めつけることがどんなに愚かか、お前が一番わかっている筈だ」
「うるせぇ! どんなに弱くても、人間には変わりねぇだろ!」
クルエグムは再び斬り掛かってきた。ディンフルが大剣で相手の剣を受け止めると、周囲に二種類の衝撃波が発生した。
フィトラグスはそれに見覚えがあった。
「これって、ラスボス戦で俺らが竜巻に飲み込まれる前に似てないか……?」
「本当だ! 懐かしいな!」
「懐かしがってないで、早く逃げるよ!」
オプダットが目を輝かすと、ティミレッジが急いで二人と町民を避難させた。
クルエグムはディンフルに集中しており、邪龍を呼ぶ余裕がなかった。なので今、町ではこの二人だけの戦いが繰り広げられていた。
「なあ! 俺たちもディンフルにかせんしようぜ!」
オプダットがディンフルを気遣うが、いつもの言い間違いが起こった。
「それを言うなら“加勢”な。手伝うにしても、どっちも速いからついて行けるかどうか……」
フィトラグスは訂正した後で、加勢に賛成しなかった。
ディンフルの方が優勢なので、逆転のない限り彼に勝機があった。そのため、これ以上の手助けは必要ないと判断したのだ。
三人で話していると、クルエグムが町のど真ん中まで吹き飛ばされた。そこには、たくさんの町民が避難していた。
「まずい!」
怒りでいっぱいのクルエグムなら近くの町民を傷付ける、もしくは初めみたいに人質に取るのが目に見えた。胸騒ぎを覚えたフィトラグスたちは急いで駆け出した。
彼らに気付いたクルエグムは、今度は三人へ向かって必殺技を出した。ディンフルに一度もダメージを与えられていないため、イライラしていたのだ。
剣や拳で応戦するフィトラグスたち。その間に、避難していた町民たちは一斉に逃げ出した。
「チャンスだ!」
人がいなくなり、建物もない場所なので必殺技を放つ絶好の機会を、彼らは逃さなかった。
「ルークス・ツォルン・バーニング!」
「リアン・エスペランサ・スパークル!」
フィトラグスの振った剣から白い光と赤い炎、オプダットが地面を殴ると黄色い衝撃波と黄色い稲妻がクルエグムへ迫って行った。
不機嫌な彼は剣で必殺技を相殺しようとするが、ジュエルの力を得た技は自身の剣だけで消すことは難しく、途中で諦めて避けてしまった。
「シャッテン・グリーフ!」
そこへ繰り出されたディンフルの必殺技に当たり、クルエグムは再び吹き飛ばされ、菓子屋の壁を突き破りながら不時着してしまった。
「くそ……! 覚えてろよ!」
ダメージと悔しさに顔を歪めながら立ち上がると、クルエグムは来店客を睨みつけながら魔法で消え去るのであった。
◇
「リリーヴ・プリフィケーション・シャワー!」
衝撃波や必殺技で傷ついた町は、ティミレッジの浄化技で元に戻った。
町が完全に戻ると、町長と先ほどディンフルへ文句を言っていた町民が一行の元へやって来た。
「助けていただき、ありがとうございます! それから、魔王……いえ、元魔王様に対する振る舞い、失礼いたしました」
町長は感謝と謝罪を述べると、隣にいた町民と共にディンフルへ頭を下げた。
「申し訳なかった。まさか、本当に英雄のような活躍をしてるって思わなくてな……。今の行動を見て、あんたがフィーヴェを助けようとしていること、信じることにするよ」
「……うむ」
町民から受け入れられたディンフルは簡単に返事をした。
お互いの顔に警戒するような色はもう見られなかった。
四人は、最後にクルエグムが不時着した菓子屋で「プリンが一個無くなった」と騒ぎになっていることは知る由もなかった。




