第69話「頑張り過ぎた代償」
インベクル王国近くの洞窟。
ヴィへイトルが水晶玉を通して召喚していたためにここ数日、邪龍の数が増えていた。
彼らがいる限り、邪龍が出なくなることはまだ無いだろう。
その水晶玉を壊し、クルエグムら三人衆を退けた後でユアたちは合流した。フィトラグスもオプダットも無事だった。
「よかった、みんな無事で」
「おう! 俺なんかキュウリに一生を得たんだぞ!」
「“九死”な」
ティミレッジがやって来た二人を迎え入れると、オプダットが言い間違え、横からフィトラグスが訂正した。
そんなやりとりを見たユアは激戦の後と言うこともあり、「いつも通りだ」と安堵するのであった。
ところが、ディンフルは険しい表情を浮かべていた。何故なら……。
「確かに無事で良かった。だが、あの戦い方では良くない方向に行っていた」
彼は思い切りユアを睨んだ後で怒号を上げた。
「何故、我らの戦いに乱入した?!」
ディンフルの怒鳴り声にユアは身を強張らせ、見ていた他の三人も息をのんだ。
「奴と距離を取っていたから良かったものの、我らの剣に斬られていたかもしれないのだぞ! 途中、褒めたから調子に乗ったのだろう……。戦力も無いくせに勝手な行動を取るな!!」
ユアはしおれた表情のまま、無言で相手を見つめ返した。
自分のしたことは承知の上だが、謝罪の声も上げられないほど委縮していた。
「僕もビックリしたよ……。ユアちゃん、何で自分からクルエグムのところへ行ったの?」
横からティミレッジがおどおどしながら尋ねた。ディンフルに怒鳴られた彼女をフォローするようなトーンだった。
「許せなかったから」
ユアがうつむきながら答えると、ディンフルは食い気味に「何が?」と一言で問い詰めた。
「全部奪われたから」
怒鳴られる恐怖と、敵へ対する憎しみを交えるようにユアは答えた。
「ミラーレに居られなくなったの、あいつのせいだから。リアリティアが居づらくなってから居場所を見つけたのに、“俺と付き合え”とか、“付き合わなきゃ弁当屋を潰す”とか、“邪龍を増やす”とか、“城を返さない”とか色々と言われたことを思い出したら、だんだん腹が立って来たの……」
睨んでいたディンフルも、答えを聞き終わる頃には同情の眼差しを向けていた。
「気持ちはわかる。だが、怒りに翻弄されてはまともな判断が出来なくなる。腹を立てながら戦えば、奴の思うツボだぞ」
ディンフルは今度は優しい声色で諭した。
ユアはそれを聞いて、ますます惨めになった。
腹を立てれば相手の思うツボ。実際、怒りに身を任せ、初めて必殺技を編み出したにもかかわらず、クルエグムは最後まで笑っており、「遊び」とも捉えられてしまった。
リアリティアで、リマネスにいじめられた時に泣いたり怒ったりしていた時とも同じだった。
つまりユアは戦えるようになった今も、当時から何も変わっていないことに気付いてしまったのだ。
「変わってない……。せっかく武器をもらって、戦えるようになって、レベルも上がったのに……」
自分の無力さを痛感していると、ユアは何も考えられなくなって来た。
体に悪寒も走り出し、ガタガタと震え始めた。
「気にするな。お前は参戦したばかり。これから学んで行けば……」
励ましの言葉を受ける途中でユアは突然倒れ、すかさずディンフルが抱き止めた。
「大丈夫か?!」
意識が遠のく中で彼の声が響く。しかし体は動かせず、返事も出来なかった。
頭の上で、心配するティミレッジたちの声も聞こえた。
「急いで戻るぞ! すごい熱だ!」
ディンフルが三人へ呼び掛ける声を耳にしてから、ユアは意識を失ってしまった。
◇
インベクル王国。
ユアは部屋のベッドに寝かされ、急遽アティントスに診察してもらった。
「大丈夫。ただの風邪だよ」
彼が診断結果を報告すると、ディンフルたちは胸を撫で下ろした。
「無理し過ぎて疲れちゃったようだ。最近、すごく頑張っていたんだね。お薬出しておくから、治るまでは安静にしておくように」
「わかった。感謝する」
ディンフルがお礼を言い、ティミレッジが薬を受け取った後で、フィトラグスとオプダットの二人でアティントスを馬車でチャロナグタウンまで送って行った。
国王から依頼された邪龍の巣窟の任務は無事完了した。
だがユアが倒れてしまったため、しばらく四人は邪龍や魔物を倒しながら自身らを強化することになった。
どちらにせよ、ヴィへイトルたちのいる古城も場所はわかっているが、まともに戦える自信が無かった。
ディンフルも一週間ほど休んでいたため、トレーニングをしなければならなかった。
それでも邪龍の洞窟でだいぶ戦えていたため、その必要は無いと他の者は思うのであった。
アティントスから「ただの風邪」と言われたユアだが症状は思ったより重く、喉の痛みに加え、高熱が出た後で鼻水が止まらず、食欲も出なかった。
「オプダット! アティントスの診察は確かなのだろうな?!」
数日後、オプダットとティミレッジが城に来た早々、ディンフルが声を荒げた。
二人は口をあんぐりさせ、代わりにフィトラグスが腹を立てながら応答した。
「それ、どういう意味だ? アティントス先生がヤブって言いたいのか?!」
「名医と聞いている故そう思いたくはないが、ユアの症状が良くならぬ。むしろ、悪くなっているのだ! 倒れてからもうすぐ一週間だぞ!」
ディンフルはユアへの心配から、アティントスの診察を疑っていたのだ。
「夏風邪は治すのが大変って言いますし、ユアちゃんの場合は疲れもあったと思います」
横からティミレッジが助言すると、ディンフルは不満そうに鼻を鳴らした。
「でも、あんたにはちょうどいいんじゃないか? ユアには戦って欲しくないんだろ? 今、それが叶ってるじゃないか」
フィトラグスが皮肉を言うと、オプダットとティミレッジが震え上がった。
そうでなくてもディンフルはイライラしていると言うのに逆撫でしてしまい、さらなる怒りが来ると思ったのだ。
相手を一瞬睨むディンフルだが、すぐに「様子を見てくる」とユアの部屋へ向かい始めた。
雷が落ちず、オプダットとティミレッジは心からホッとするのであった。
◇
ディンフルが部屋に入ると、ユアが苦しそうに鼻をかんでいた。
まだ熱があるのか、顔を真っ赤にしていた。
「具合はどうだ?」
「ん……」
喉の痛みも引かず、声もまともに出せなかった。
そのためユアは鼻をかみ終わると、リアリティアで買っていたマスクを着用し、会話の際は紙とペンを使った。
早速ユアが見せた紙の上には「しんどい」としか書かれていなかった。
「確かにしんどそうだな……。食事は取ったか?」
ユアは首を横に振った。
「食べなければ、治るものも治らぬ。何か食べやすいものをサーヴラスに作ってもらおう」
ユアは言いたいことを紙に書くと、再びディンフルへ見せた。
『プリンが食べたい』
「プリン……? 菓子ではないか。出来れば、栄養のあるものの方が良い」
ディンフルの拒否にユアは眉間にシワを寄せ、鼻を鳴らした。不満のようだ。
「……わかった。ただし、食事の後だ。空腹状態で甘いものは良くないからな。これからサーヴラスのところへ行ってくる。引き続き、しっかり休め」
ディンフルが出て行こうとすると最後にユアはまた紙に書き、彼へ見せた。
『ありがと。でも、毎日来て大丈夫? カゼがうつるよ』
それを見てディンフルは「フッ」と穏やかに笑った。
「心配無用。俺は昔から風邪とは無縁だ。施設の子供やウィムーダを看病しても、一度もうつったことが無い。きっと、風邪の菌にも嫌われているのだろうな」
ディンフルは得意げに自虐で冗談を言った。
ユアにとっては斬新で、ただぽかんとするしか無かった。
「何かあれば、しばらくは俺を呼べ。仲間たちに倒れられては困るからな。特にフィトラグスがダウンすると、国王から睨まれる……。また来る」
ディンフルは最後に優しく言うと、部屋から出て行った。
(夢でも見ているのかな……? ディン様が自虐しながら冗談言ったの、初めてだ)
ユアは熱にうなされながらも、頭はディンフルでいっぱいになるのであった。




