第64話「別行動」
二手に分かれた一行。
穴の下を進むユアとオプダットのルートは邪龍に襲われることは無かったが、道が迷路のようにジグザグしている上、壁がない床だけの通路を歩いていた。
しかも、吹き抜けの下は真っ暗で何も見えないため、落ちることは許されなかった。道は狭くはなかったが、二人は慎重に歩みを進めていた。
「せっかく階段が見えるのに、迷路になってるなんて……」
「まあまあ! これさえ越えれば、みんなと会えるって! あ……」
ポジティブに言うオプダットだが、言葉を詰まらせた。目の前の道が、途中で切れていたのだ。
「み、道がないよ?!」
「じゃあ、他のルートへ行くぞ」
やはり迷路になっており、道が多いために行き止まりもあった。引き返して別のルートへ進む。
試行錯誤しながら進むと、ユアたちは無事に階段の前までたどり着くのであった。
「切り抜けた~」
「久しぶりに頭使ったぜ~」
安堵する二人。
ユアはオプダットの「久しぶりに頭を使った」という台詞が少し気になったが、確かに迷路は少し難しいように感じられた。
あとは階段を上がるだけだった。
「さあ! これでみんなに会えるぞ~!」
早く仲間たちに会いたいオプダットは意気揚々と先を急ぐ。
しかし、ユアは彼とは対照的にゆっくりと歩みを進めていた。
「どうした、ユア? みんなと合流出来るんだぜ?」
「……今は会いたくない」
仲間とはぐれて不安だったので、オプダットはユアの反応が信じられなかった。驚きはしたものの、理由はわかっていた。
「ディンフルか?」
「まぁ……」
「きつかったよな、あの時のディンフル。でも、それぐらい愛されてるってことだぞ!」
「あ、愛されてる……?!」
オプダットの意見に、ユアは思わず声が裏返った。
「俺はそう思う。だって戦いに反対してたのは、危ない目に遭わせたくなかったからだし、今回怒ったのだってユアを心配してたからなんだぞ!」
ディンフルが自分を心配していることは前々からわかっていた。
しかし、これまで愛されている意識はなかった。と言うより、最初はユアの一方的な片想いで、ディンフルからは総スカンだった。
今の言葉で、ユアは思い出していた。
自分を追ってリアリティアまで来てくれたこと、泣き疲れて眠った自分が起きるまで傍にいてくれたこと、いじめに腹を立て学校の教室で啖呵を切ってくれたこと、初めての自転車を漕いでリマネス邸まで助けに来てくれたこと……。
ディンフルがユアを助けたいと思わなければ出来ない行動の数々だ。
出会ったばかりの彼なら、おそらくやらなかっただろう。(ツンデレなので真偽はわからないが)
ユアの参戦が決まってからも、最後まで反対していた。それは自分を心配しているのだと、ユアにはすでにわかっていた。
しかし改めて言われると、頭の中がこんがらがってきた。
「あ、愛されてる……。私が、ディン様に……?」
「ああ! 緑界で生贄になった時も、キスで目覚めさせてたしな!」
オプダットが明るく言うと、ユアは当時のことを思い出し、さらにヒートアップした。
「そうそう! これも知ってるか? ユアが超龍に食べられた後、ディンフルすごかったんだぞ! すげぇ黒幕で“ユアを出せぇ”って怒ってたんだぞ!」
構わずオプダットは言い続けるが、「剣幕」を「黒幕」と間違えたことすらも、ユアの耳には入らなかった。
「ユア?」
もう彼の声は届いていなかった。
キスに続いて、自分のために超龍に怒鳴り散らした事実がユアの頭で満たされていた。だんだん顔まで赤くなってきた。
「やべぇ! 熱でも出たのか?! 急ぐぞ!」
赤くした原因が自分だと気付かずに、オプダットはユアを背負って階段を駆け始めた。
◇
その頃のディンフルたち。
徐々に増えていく邪龍たちへ、彼だけでなくフィトラグスとティミレッジも参戦し始めた。
「リリーヴ・プリフィケーション・シャワー!」
あまりに数が多いので、ティミレッジの浄化技で空間に漂う邪気を清めた。すると邪龍たちは一気に弱り始め、そこをフィトラグスとディンフルが必殺技で片付けた。
邪龍は一匹もいなくなり、邪気も落ち着いた。
「まさか、浄化技で邪龍を抑える力があるとはな」
「邪気があまりにも濃くなって来たので、一度浄化しようと思いました」
「そうか。おかげで戦いやすくなった、感謝する」
今は空間に邪気が感じられず、邪龍が来る心配がなかったので、三人は一旦座って休憩した。
「さすが、邪龍の巣。地上とは桁違いだな……」
「ここを抜けたら、また出て来ると思うよ」
「奥へ行くほど多くなる。それゆえ、お前たちの力が必要だ。今ので、ティミレッジの浄化技も大いに役立つことがわかった。奥でもしっかり頼む」
そこまで言うとディンフルは「ただ……」と、眉間に皺を寄せた。
「奥でもないここでも大変なのだ。あいつを連れて行くべきか……」
フィトラグスとティミレッジは、ここで言う「あいつ」がユアを指しているとすぐにわかった。
ディンフルとしては、これ以上は連れて行きたくなかったのだ。
「たった一回で決めるのは早くないか? あの時は邪龍が子供で、ケガもしてたから同情したんだろ」
フィトラグスが、ユアが邪龍と対峙した時のことを思い出しながら言った。
「僕も見限るのは早いと思います。さっきはああなりましたが、ユアちゃん、昨日はみんなのサポートを受けながらですが、ちゃんと戦えてたんです」
続いてティミレッジも庇うと、「もう一度、チャンスをあげて下さい」とディンフルへ懇願した。
ディンフルは地面を見つめたまま、返事をしなかった。まだ思い悩んでいるようだ。
無言の時間が流れる中、フィトラグスが口を開いた。
「まぁ、気持ちはわからんでもない」
ディンフルとティミレッジがそろって彼を見た。
「俺も“ノッティーが戦う”ってなったら、あんたと同じように止めてたかもしれない」
「でも、ノティザ様は王子修行に出てるんだよね? その中には剣術もあるんじゃない?」
「そう。あるんだよ……」
ティミレッジに指摘され、フィトラグスが肩を落とした。
「あのノッティーが剣を握ると思うと……」
ノティザは今年で七歳。フィトラグスにとっては、まだまだ守りたい存在だった。そんな弟が剣を握って戦うことを考えたら、兄として心配で仕方がなかったのだ。
続けて、ティミレッジも言い始めた。
「僕は二人が戦えない時からユアちゃんを見て来ましたが、本当に強くなったんです、彼女。大切だからこそ“戦うな”って言うのもわかりますが、見守るのも大事です。ユアちゃんも、“強くなった姿をディンフルさんに見せたい”って言っていましたし」
その言葉にディンフルは息をのんだ。
自身が休んでいる間、ユアたちの様子は水晶玉を通して見て来た。序盤のスライムの時は思わず逃げていたが、その後は順調にレベルを上げ、普通に戦えるようになって来た。
思えば、ユアが弱らせトドメを刺そうとしていた邪龍をディンフルが倒してしまった。彼の中ではユアはまだ戦える存在ではないため、ついいつもの癖で彼女を守ったのだ。
ティミレッジからユアが強くなった姿を見せたがっている件を聞き、ディンフルは悔やむのであった。
「余計なことをしてしまったのだな……」
「おーーーい!!」
声がした先には下り階段があり、そこからユアを背負ったオプダットが上がって来た。
「オープン、ユア!」
フィトラグスとティミレッジが喜びの声を漏らすと、おぶわれていたユアは我に返った。
「あれ? フィットにティミー! 私は何を……?」
ディンフルに愛されていることを色々聞かされ頭がパンクし、目を開けたまま気を失っていたようだ。
オプダットから降りるとユアは、気まずそうにディンフルへ向いた。
フィトラグスらの後ろにいたディンフルも、申し訳なさそうな表情でユアを見た。そんな二人を前に三人は空気を読んで後ろへ下がり、なるべくユアたちだけの空間を作った。
しかし、向かい合う二人は何も言えず。気まずそうに合わせていた視線もどちらとも床や壁に向けられていた。
だが、奥から魔物の鳴き声が響くと、大量の邪龍が襲って来た。
「マジか?! いいとこなのに!」
「魔物は空気を読まないからな」
オプダットが残念がり、フィトラグスは冷静に判断すると剣を出し、真っ先に斬り掛かって行った。
続いてディンフルも大剣を出し、オプダットも超龍へ殴り掛かり、ティミレッジが全員にバリアを張り始めた。
ユアももう一度ディンフルに認めてもらうために、チアーズ・ワンドを構えて戦闘態勢に入るのであった。




