第63話「分裂」
邪龍の洞窟内。
あれからもたくさんの邪龍に襲われたが、率先してディンフルが倒してくれた。
なので、後ろを歩いていた(と言うより、歩かざるを得なかった)ユアは相手をさせてもらえなくなった。
心配で見つめるティミレッジとオプダット、ディンフルを睨むフィトラグス。
ようやく五人旅を再開したが、早くも険悪な空気になりつつあった。
歩くしかないユアはひたすら考え込んでいた。
(私がちゃんと戦わなかったからディン様、怒ってる。そりゃ、そうだよね。ディン様は戦闘力に長けたディファートだから、敵に同情する私を許すわけない。せっかくディン様たちを助けるために戦って来たのに……)
先ほどユアは戦いに失敗し、ディンフルに愛想を尽かされてしまった。
その上、「ユアがいなくてもチアーズ・ワンドを使えるよう老師イポンダートへ話をつける」とまで言われてしまった。
チアーズ・ワンドを皆だけで使うということは、ユアは強制的にリアリティアへ帰らなければならなかった。
(帰ったって行くところないし、またアヨに説教されるよ……)
ユアの気分はますます重くなり、引かない喉の痛みと気晴らしのために二個目の飴を舐めるのであった。
途中、道が左右と二手に分かれていた。
「こちらから、より禍々しい気配がする」
ディンフルが魔法で邪龍の気配を当てると、前の四人は左へ進み始めた。
ところが、後ろを歩いていたユアは耳に入らなかったのか、右へ進み出した。
すぐさま、ティミレッジとオプダットが気付き、止めに入る。
「ユア! どっち行ってんだ?!」
「こっちだよ!」
「へ……? あ、ごめん!」
呼び止められたユアが引き返そうとすると、立っていた地面が突然崩れ始め、人一人分の穴がぽっかりと空いた。
「えぇ?!」
「ユア!!」
オプダットが駆けつけ、落ちそうなユアへ手を伸ばす。
ところが、彼がいたところも崩れてしまい、二人そろって穴の下へ落ちてしまった。
「うわあーーーーー!!」
「オープン! ユアちゃん!」
「危ない!」
さらにティミレッジも駆け寄ろうとするが、後ろからフィトラグスに引っ張られた。
ディンフルも駆けつけ、穴の向こうへ「無事か?!」と声を掛けた。
すると「平気だ!」とオプダットの元気な声が響いた。ティミレッジとフィトラグスは心から安堵した。
「良かった……」
「今から助ける! そこで待っていろ!」ディンフルが再び穴へ向かって叫んだ。
「いや、いい! 遠くに、上へ行ける階段が見えるから、あとで合流出来るかもしれねぇ!」
救助を拒む声が下から響いた。
「くれぐれも無理はするな。何かあったら連絡しろ」とディンフルが言うと「おう! チンゲンサイは任せておけ!」と、何やら怪しい言葉が聞こえた。
理解に苦しむディンフルは、思わずティミレッジらへ救いの目を向けた。
「おそらく、ホウレンソウ……つまり、“報告・連絡・相談”のことを言いたいのでは……?」
ティミレッジも困りながら推測した。
「野菜違いだな」とフィトラグスも失笑をするが、いつもの言い間違いが健在なことで穴へ落ちた二人は「大丈夫だな」と安心するのであった。
「問題はオプダットの覚え違いだけだな」
ディンフルも苦笑いすると、三人は先を急ぐのであった。
◇
その頃、穴の下に落ちたユアとオプダットは互いを心配し合っていた。
「オープン、大丈夫?」
「おう! この穴、そんなに深くねぇし、地面も砂で出来てるからそんなに痛くなかったぜ! ユアの方こそ大丈夫か?」
二人は不時着したが、オプダットが言うように穴の下は深くなく、地面も固くなかったのでダメージは無かった。
オプダットは体を鍛えていたために受け身を取れたが、ユアはそれすら知らなかった。それでも、彼女も無傷だった。
「私も全然痛くない。何でだろう?」
「たぶん、じいさんからもらったトウソウの力じゃねぇか?」
逃げる「逃走」と闘う「闘争」、両方の意味を持たせた「トウソウ」という力を与えられたために、ユアも助かったのだとオプダットは考えた。
それを聞いてユアは納得した。戦いは攻撃だけでなく防御も大切だった。このトウソウこそが、老師から与えられたユアだけの防御力なのだ。
「イポンダートさんに感謝だね!」
「そうだな。それより、先を急ごう!」
オプダットが指した先には、先ほどディンフルへ伝えた階段があった。
二人がそこへ向かって真っ直ぐ歩き出すと、途中で道が消えていた。
「あぶなっ!」
思わず足を止める二人。よく見ると、道は今度は横に伸びていた。さらに見ていくと、横に伸びた道が曲がって今度は縦に、その次はまた横へ……と、迷路のようにクネクネと曲がっていた。
しかも、道の下は吹き抜けになっており、真っ暗で何も見えなかった。
わかることは、そこから落ちると確実に助からないということだった。
「ディンフルがいねぇから、落ちたらまずいな……」
「き、気を付けて進もうね……」
ユアとオプダットは怯えながらも、迷路の道を進み始めた。
◇
一方、上では次々と邪龍が襲い掛かって来た。それでも、ディンフルの前では敵無しだった。
しかし、洞窟に入る前から動きっぱなしの彼が、フィトラグスとティミレッジはだんだん心配になって来た。
「ディンフルさん、そろそろフィットに任せませんか?」
「何故だ?」
「“何故だ”って、ずっと戦ってるじゃないですか!」
「まだ大丈夫だ」
気に掛けるティミレッジをディンフルは断った。
「自分では大丈夫でも、周りが心配なんだよ! またあんたに倒れられたら困るんだ!」
フィトラグスが怒鳴りつけた。
彼もツンデレの面があるが、今回は封印して本当に心配していた。何故なら……。
「今倒れられたら、俺とティミーの二人で運ばないといけないんだぞ! 頼みのオープンもいないことだし!」
「え……? そこなの?」
ディンフル本人ではなく、運び出す時が心配だったのだ。
意外な答えにティミレッジが呆れ果てた。
「元因縁のお前のことだ。そう言うことは目に見えていた」
当のディンフルはいたって冷静で、「まだまだ動ける。二人と合流するまでは大丈夫だ」と付け足した。
すぐさま後ろから邪龍が襲って来たが、一度も振り返ることなく紫色の魔法弾を撃って倒してしまった。そんな彼に圧倒されながらも、二人は従うことにするのであった。




