第62話「洞窟の邪龍」
洞窟内。
進めば進むほど、邪龍の数は増えていった。
フィトラグス、オプダットに加えてティミレッジの白魔法で戦力を強化しながら挑む一行。さらに今日から最強の仲間・ディンフルもいた。
恐れられていた邪龍も、彼の前ではなす術も無かった。
一方、ユアも出来る限りチアーズ・ワンドで応戦した。まだ一人で仕留めるには早すぎたが、約一週間、敵と戦って来て少しずつ戦力が身についていた。
チアーズ・ワンドからビームを出すと、ダメージを与えられた邪龍は倒れて弱り始めた。
昨日のビラーレルではこのようなことは無かったので、ユアは「初めてトドメが刺せる」と思った。
「チャンス!」
だが彼女の横からディンフルが素早く駆け抜け、瀕死の邪龍に必殺技を使い、黒いモヤと化させてしまった。
フィーヴェの魔物は倒されると黒いモヤとなって消えるのだった。
「あぁーーー!」
ユアの叫びにフィトラグスら三人は一斉にこちらを見て、対照的にディンフルは冷静に剣をしまっていた。
「何だ、いきなり?」
「私が倒そうと思ってたのに……」
「あっ……」
ユアが切なく言うと、ディンフルは「しまった……」と言わんばかりの表情を浮かべた。
フィトラグスら三人は呆れて見ていた。
「まだユアが戦えないと思ってるのか?」
「わ、忘れていただけだ! それにユアの力は元々、逃げるためのものだろう!」
ユアたち四人は思い出していた。
イポンダートからチアーズ・ワンドやトウソウの力をもらう時に「戦闘能力」ではなく「逃避能力」と言われた。
ユア自身も力をもらった後「これで戦える」と喜んでから、能力の詳細をすっかり忘れていた。
「私、邪龍にトドメ刺せないの……?」
「刺せなくてもいいんじゃないかな? 僕みたいな白魔導士だっているんだから」
ティミレッジが即座にフォローした。
彼も回復や補助の魔法は使えるが、攻撃は出来ないのでユアと同じようにトドメは刺せなかった。
「お前は白魔導士だから回復などに徹していればいい。だが、ユアは攻撃も補助も中途半端だ。ゆえに心配である」
「中途半端」という言葉がユアの胸に大きくのし掛かった。
ショックを受け、悲しい表情を浮かべながら固まってしまった。
「いくら何でも言い過ぎだろ!」
「そ、そうだよ! これまでユアの力で助かって来たこといっぱいあるんだぞ! 山に登る時にスイスイ行ける乗り物を出してくれたり、ジュエルの居場所を教えてくれたし、最初もヴィへイトルに一撃食らわせたの、ユアじゃねぇか!」
フィトラグスが代わりに反発し、オプダットも焦りながらもユアを庇った。
「昨日の邪龍退治も教会の変な人型の魔物の時も、ユアは一生懸命戦ってくれたんだぞ!」
再びフィトラグスが言ったところで、ディンフルは早口で謝った。
「申し訳なかった! ならこれからも頑張ってもらう! 行くぞ!」
そう言うとすぐさま、皆に背を向けて先へ進み出した。
ユアへの言葉を後悔すると同時に、仲間からのクレームをこれ以上受けたくないと言った感じだった。
「ずいぶん早口だが、ちゃんとわかったのか……?」
「わ、わかってると思うよ。みんな、ありがとう。私は大丈夫だし、これからも頑張るよ!」
不満を漏らすフィトラグスを、ユアはなだめた後で礼を言った。
いくら「逃避能力」と言っても、レベルを上げるうちに戦力がついてきたことも自覚していた。
それに、弱い敵や昨日のダーカーにもトドメを刺すことが出来た。これらを考えると、ユアはそのうち一人で敵にトドメを刺すまでいけるかもしれないと思っていた。
とにかく今は、ディンフルに認めてもらいたかった。
奮起した瞬間から、喉の痛みを感じたユアはリュックから飴を取り出し、舐めるのであった。
◇
さらに奥まで進むと、邪悪な気配が濃くなってきた。
特に魔力をメインに扱うディンフルとティミレッジには、それがはっきりと感じられた。
「この先に大量の邪龍がいるかもしれぬ。気を付けろ!」
ディンフルが先頭に立ち、四人へ指示した途端、道の先に一匹の邪龍を見つけた。
「たった一匹か。しかも、子供だな」
そこにいる邪龍は、他のものと比べて明らかに体が小さかった。
「ユア、あいつと戦ってみろ」
「あ、はい!」
ディンフルは、弱そうな邪龍ならユアでも倒せそうだと判断し、指名した。
ユアは返事をすると前に進み出て、子供邪龍と向かい合った。
一方で邪龍は相手に気付かず、首をひねって腰辺りをペロペロと舐めていた。よく見ると、腰辺りから出血していた。
「ケガしてる!」
「だから?」
ユアが声を張り上げるが、ディンフルは食い気味で冷淡な口調で遮った。
彼は壁にもたれ、腕を組んで観戦していた。
「子供ならお母さんがついているはずだけど、いないってことははぐれたんだ?」
「だから?」
ユアが言うと、ディンフルは同じ台詞を繰り返した。ケガをしている子供邪龍を労る気が感じられなかった。
後ろの四人は見守っており、子供邪龍はユアしか相手が出来なかった。
しかし、手が出せない。相手はケガをしている上に子供である。
育った施設で赤ん坊から成人近くの子まで幅広く面倒を見てきたユアにとって、子供は倒しがたい存在だった。相手が邪龍であってもだ。
「何をしている?!」
行動に出ないために、ディンフルが苛立ちを見せ始めた。
邪龍を倒さないと、彼にこれまでの実力を認めてもらえない。
ユアはチアーズ・ワンドを構えて、少しずつゆっくりと子供邪龍へ近付いていった。
おそるおそる動いていると、ディンフルの怒りに満ちたため息が聞こえて来た。
こちらに気付いた子供邪龍が目を見開き、ユアへ牙を剥いた。こちらに気付くまではおとなしく見えていたが、警戒すると顔つきが別の生き物のようになり、大人邪龍と同等に感じられた。
ユアは一瞬怯むも、顔つきが変わったことで倒すべき相手だと再認識出来た。
しかしチアーズ・ワンドを振るより早く、子供邪龍は口から大量の炎を吐いて来た。
「あちぃっ!」
すかさず避けるが子供邪龍は動きが早く、瞬時にユアの真上に来ていた。
また口を開け、炎を吐き始めた。
ディンフルが前に出てマントを盾にして、吐き出された炎を打ち消した。そのまま大剣を振って、子供邪龍を斬りつけてしまった。
斬られた子供邪龍は断末魔を上げながら、黒いモヤとなって消えてしまった。
「あ、ありが……とう」
ユアがおずおずと礼を言うと、ディンフルは彼女を思い切り睨みつけた。
「“子供”だの“ケガをしている”だの関係ない。フィーヴェを震撼させている邪龍だぞ! ましてや、ヴィへイトルが召喚したものもいる。同情する余地は一つもない!」
怒鳴られたユアは一瞬だけ体を震わせた。
ディンフルが言っていることも間違っていなかったため、後ろの三人は見守るしかなかった。
「やはり、お前に参戦を許可すべきで無かった。洞窟の任務が終わり次第、イポンダートと話をつける。お前無しでもチアーズ・ワンドを使えるようにな」
まるで「用済みだ」と言わんばかりに冷たい口調で言った後で、ディンフルは再び先を急いだ。
ユアは自分の戦い方にすっかり自信を無くしてしまうのであった。




