第60話「友人の悩み」
前回までのあらすじ
ユアはリアリティアを出て行き、ミラーレの弁当屋で働くが、ディンフルの元部下・クルエグムから「付き合え」と迫られる。
過労で倒れたディンフルを休ませている間、自身も戦闘の準備を始めながら、仲間たちと共にジュエルを探す旅に出る。
紆余曲折ありながらもジュエルは三つそろい、フィトラグス、オプダット、ティミレッジはそれぞれの能力を強化するのであった。
インベクル城。
一夜明けてからユアたちは老師・イポンダートよりインベクル城に呼び戻されると、ジュエルが集まった報告をした。
「うむ、確かに三つある。よくやったな、お主らよ」
フィトラグスの剣の鍔にはまった赤色、オプダットの手袋の甲にはまった黄色、ティミレッジの杖の窪みにはまった青色を見て、老師は頷いた。
「ジュエルはこれですべてか?」
三人の後ろからディンフルが尋ねた。
「いいや。この世のどこかにまだまだ存在する」
「まだまだ?!」
イポンダートの答えに、ユアたちは驚愕した。
三つ集めるだけでも一苦労だった。他にもあるということは、まだ探さなければならないと思ったのだ。
「安心せい。今は、この三つさえあれば大丈夫じゃ」
五人はほっとした。
直後にイポンダートは「今から全部集めるのは時間も掛かるし、これから生まれるものもあるじゃろうし、至難じゃ」と付け加えた。
「これからどうすればいい?」
「課題はたくさんある。ジュエルの力をもっと使いこなさねばならんし、白魔導士の魔法陣も消さねばならん」
再びディンフルに聞かれ、イポンダートは持っていた杖でティミレッジを指した。
ビラーレル村で彼の体内に闇の魔法陣が埋められていたことが発覚し、ティミレッジは闇堕ちさせられた。
両親の白魔法と、闇魔法を封じる札で封印はされたが、効果は一時だけで魔法陣を完全に消滅させなければならなかった。
「何故知っている? 昨日、気絶させたはずだが……?」
「サーヴラスが助けてくれたわい!」
ディンフルは過労で休んでいたが、調子はとっくに良かった。
それなのにイポンダートが行かせてくれなかったため、ディンフルは老師の苦手なにんじんを口いっぱいに詰め込んでから村へ来た。
その後でイポンダートはサーヴラスに助けられたようだ。
「水晶で見ておった。その魔法陣は放置すると危険じゃ。早めに消さねばならん」
「消すには特殊な魔法が必要らしいんだが、じいさんは使えないのか?」
フィトラグスが聞くが、イポンダートは首を横へ振った。
「残念ながら。そちらについては、わしも探すとしよう」
協力的な姿勢の老師へティミレッジが「お願いします」と深く頭を下げた。
「あとは、ユアのレベル上げじゃ」
「私?!」
いきなり名前を出され、ユアは思わず声を上げた。
「この一週間でだいぶ戦えるようになったらしいが、まだまだじゃ。邪龍とも互角でないじゃろう?」
昨日、ビラーレル村でユアは初めて邪龍と戦った。
しかし老師の言うとおり、まだ仲間のサポートが必要だった。
「もちろんヴィヘイトル一味と戦うのは無理じゃ。今は邪龍を目標にするがいい。そのためには、もっと実戦を経験せねばならん」
「はい、頑張ります……」
ユアはこの一週間でたくさんの魔物(と言っても、まだ限定的な地域のみだが)と戦って来た。
まだ修行が必要とわかると、「先が長いな」と言わんばかりにため息をつくのであった。
「一味の方は任せておけ」ディンフルが頼もしく言った。
「でも、ディンフルもヴィへイトルには敵わないんだろ?」
横からオプダットが指摘した。
ディンフルとヴィへイトルが戦い合ったのは、一週間前が最初で最後。その上、ディンフルは過労で倒れ、修行も出来ていなかった。
「確かに、今の状態で来られては困る……」
「戦いたくてしょうがないお主なら、すぐに体力が戻るし戦力もまだ上がるじゃろう」
ディンフルがうんざりすると、イポンダートが励ましの言葉を掛けた。
その時、ユアが持つファンタジーフォンの着信音が鳴った。
「ちょっと、ごめんなさい」と部屋を出ようとするが、廊下はちょうど清掃中でモップが掛けられていた。
仕方なくドアを閉め、皆に背を向けたまま話し始めた。電話の相手は、アクセプト寮で出来た友人・タハナだった。
「ユア! 元気?」
「タハナ?! 久しぶり!」
「久しぶり」と言っても一週間しか経っていない。
だが、色々あったユアにとっては、先週別れた友の声がすでに懐かしかったのだ。
「今、どこにいるの? 寮母さんに聞いたけど、“居場所は教えてもらえなかった”って言ってたし、みんなも心配してるよ」
「あ……ごめんね。どこにいるかは言えないんだ。でも、ちゃんと元気にしてるから安心して! 落ち着いたら、ちゃんと話すから」
「そう。元気なら何よりだよ!」
タハナが理解すると、ユアは自分の状況を話し始めた。
と言っても正直に言うわけにはいかず、「今は遠方で暮らしていて、弁当屋で働いている」と言ったり、「スタッフも良い人ばかりだよ」とウソの報告をした。
実際は辞めてしまったが、少しだけ弁当屋に勤めていたのは事実だ。ほんの一日だけだが。
「落ち着いたら、絶対遊ぼうね。またみんなと話したいな」
ユアがそう言うと、タハナが沈黙した。
いつもならここで「うん、遊ぼう」と快い返事が来るはずだった。それが無いということは、ユアは「もうグループから疎外されたのでは?」と思った。
考えてみると、皆の反対を押し切って寮を出たのだ。友人たちのユアに対する気持ちが少しずつ遠ざかっていることも考えられた。
「“遊ぼうね”って、ちゃんと勉強やってるの?」
電話から、タハナとは違う声が聞こえた。
ユアは思わず「え……?」と震えた声を漏らした。後ろでディンフルらがこちらへ振り向いたことに気付かずに。
「私だけど?」
声の主はすぐにわかった。アヨだ。ユアが子供の頃から聞いて来た声だ。聞き間違えるはずが無かった。
おそらく、彼女はタハナの許可を得ずにスマホを取り上げたのだろう。
「今、どこにいるの?」
アヨはユアへ尋ねた。友人として仲良くしていた時とは違って、問い詰める口調だった。
急にタハナから変わったので、ユアは驚きのあまり答えられなかった。
「言えないの? 誰にも言えない場所にいるの? みんな、心配してあげてるのに!」
始まるアヨの上から目線の言い方。
ユアはますます硬直した。
「そもそも、急に出て行く神経も理解出来ない! 一週間前とかならわかるけど、当日に決めてそのままいなくなるなんて変よ! あんた、寮以外に行くとこあるの? グロウス学園へ帰ったと思ったらいないし。てか、何であたしには何も言わずに行ったの?」
さらに相手は、ユアの反応を待たずに早口でまくし立て始めた。
「タハナたちには言ったんでしょ? 私だけ蚊帳の外って感じでムカつくんだけど! あたしはグロウス学園の時からの付き合いじゃなかったの?! あたしを差し置いて他の人に言うなんて、ひどいじゃない! てかあんた、今何やってるのよ?! 居場所は教えないし、仕事も何やってるかわかんない! どうせ、“狙われてるから”とか泣きごと言って、どっかに引きこもってるんでしょ? そんなんじゃ世の中渡って行けないわよ! 働くことはおろか、大学なんてもっての外! 十代最後の歳だって自覚はあるの?!」
上から目線に加えて、決めつけるような口調を早口で言うアヨに耐えられなくなり、ユアは思わず電話を切ってしまった。
ファンタジーフォンをしまい、振り返るとディンフルたちが心配そうな表情でこちらを見つめていた。
「き、急にごめんね!」
アヨからの説教電話を途中で切り、ユアが笑顔を取り繕いながら戻ると、ディンフルが開口一番で聞いた。
「大丈夫か?」
特に、彼が最も不安げな顔をしていた。
話を再開するよりも先に、電話で話す時のユアの様子が気になっていたのだ。
「誰からの通信だ?」
「と、友達……」
「それだけか?」
タハナとは楽しく話せた。しかし、突然アヨに替わってからはまったく楽しめなくなった。
リアリティアでユアが苦しんで来たことを知っていたディンフルは、いち早く異変を察したのだ。
「言ったはずだ。“俺の前では感情をぶつけて来い”と。この間、俺が参戦を反対した時のように、正直に話してくれ」
先日、ユアは「ほんの少しの挫折」と決めつけられた時も涙を流しながら、初めてディンフルを睨みつけた。
あの後、彼女が自分の背景にあることを話したために、ディンフルたちはユアがリアリティアにいたくない理由を知ったのだった。
ユアは、初めてアヨのことを仲間たちに打ち明けた。
同じグロウス学園出身の同級生であること、ユアをいじめて来たリマネスに憧れていること、時々彼女に加担していたこと、それでもユアが空想世界へ行った話を真剣に聞いてくれたこと、違う高校に進む時に暴言を吐いたこと、高校に上がってからはわかりやすくユアを省いたこと、自分の学校のクラスメートといきなり会わせた上、ユアにはわからない話題で盛り上がったこと、最近女子寮にやって来たことを。
ユアが全部話すと、その場の空気が明らかに悪くなった。
彼女自身もそのことに気付いていた。
「ご、ごめんね。こんな話して……」
「それは、友情と言えるのか?」
ユアが謝ると、真っ先にディンフルが切り出した。彼は腕を組みながら、険しい顔をしていた。
「俺は言えないと思う。だって、ユアをいじめてたリマネスって奴に加担してたんだろ?」
「自分の敵に味方する人は友達じゃないよ」
続いてフィトラグス、ティミレッジも言い始めた。ユアとアヨの関係は他者から見ても異常だったのだ。
改めてそう言われると、ユアは逆にアヨを庇いたくなった。
「で、でも、アヨは誰も信じてくれなかった空想の話を信じて聞いてくれたんだよ?」
「それはそれだ」
ディンフルはきっぱりと言い始めた。
「話を聞くだけなら、誰でも出来る。適当に頷けばいいからな。本当の友情と言うのは、お前が本当に辛い時に力になってくれたり、励ましてくれるものだ。そのアヨとやらからはそれが感じられぬ。むしろ、リマネスの味方だ」
「そんなこと……」
「長年の付き合いで庇いたくなるのもわかるが、友情とは過ごした長さで決まるものではない。どれほど互いを想い合っているかだ」
ユアを遮るディンフルの言葉に、ティミレッジとオプダットは深く頷いた。
一方、フィトラグスは否定はしないものの、信じられない目でディンフルを見た。「そういうのって俺ら主人公の台詞なのに、何で魔王が言うんだ……?」と言わんばかりに。
「ユア、その子と本音で話したことはあるか? 自分の気持ちを言えばわかってもらえて、また仲良く出来るかもしれねぇぞ!」
オプダットは尋ねてから提案した。
彼はクロウズと再会した時に本音をぶつけ合ったからこそ、真の友達になれたのだ。この意見は、「みんな仲良し」をモットーにする彼らしいものだった。
「何度か本音で言ったよ。リマネスが嫌いなこととか、”アヨとみんなだけで遊びに行くのは寂しい”って。でも、まともに聞いてもらえなかったな……」
「ユアの思いを軽視している、もしくは初めから聞く気が無いのだろう」
「女性同士は特に難しいって言うからね……」
ティミレッジがうなったところで、「今は考えなくとも良い!」とイポンダートが声を上げた。
アヨの話に切り替わったので、ユアたちはすっかり老師の存在を忘れてしまっていた。
「今はリアリティアを離れ、ヴィへイトルを何とかする旅に出ているのじゃ。今すぐ会うことのない者に、心を惑わされる必要はない!」
確かに今はフィーヴェを救うためにジュエルを集めたり、敵に気をつけなければいけない。別世界のリアリティアについて考えている場合ではなかった。
老師の言葉にユアたちは納得せざるを得なかった。
「もし、またその者から連絡があれば、“忙しいから”と言って切ればいい」ディンフルが提案してくれた。
ユアは久しぶりにリアリティアの友人と話せた嬉しさと同時に、アヨから説教をされた悔しさを味わった。
同時に、初めて仲間たちにアヨのことを打ち明けたからか胸の中がスッキリし、モヤモヤもいつの間にか消えているのであった。




