第59話「騒動の後で」
その頃、ビラーレル村をだいぶ離れた先で、ドーネクトとダーケストは休憩を取っていた。
ダーケストは、真っ先に逃げたドーネクトが理解出来なかった。
「何故逃げ出したのですか? 私を助手に選んだがために“アビクリスに一泡吹かせられる”って浮ついていたではないですか」
「あ、あぁ……。目の前にすると、どうしてもな……」
ドーネクトは自信なさげに答えた。
「まぁ、ドーネクト様の今のお力では、泡を吹くのはこちらだとハナからわかっておりましたが」
「やかましい! お前はいつも一言多いんだよ!」
助手の言い方に腹を立てるドーネクト。
アビクリスを倒すために助手をつけて再び村へ来たが、収穫があったのはティミレッジをダークティミーに覚醒させたことと、助手が思った以上に生意気な事実を知ったことだ。
「なら、今度会う時までに考えましょう。どうすれば因縁を前に緊張せずにいられるか」
提案するが、ドーネクトからは返事はない。
「聞いていますか?」いつもなら何かしら返すはずの闇魔導士を、ダーケストは不審に思った。
「ない……」ドーネクトの絶望した声が聞こえた。
「何がですか? あなたのアビクリスに対する勇気ですか? それとも、戦闘の知恵ですか?」
「違うわ! 例の石が無くなったんだよ!」
「はい?!」
ダーケストの無慈悲な選択肢につっこみながらも、ドーネクトは訴えた。
「例の石」と聞き、冷静だったダーケストの顔色が変わり、共に焦り始めた。
「な、ないってどういうことですか?! あれは誰にも奪われないようローブの中にしまっていたのでは?!」
「そ、そのローブがこの有様なのだ!」
ドーネクトのローブの腰辺りが大きく破れてしまっていた。
おそらく、教会を出る時に崩れた壁の欠片に引っ掛けたのだろう。
絶句する二人。
「どうされるのです……?」
ダーケストが呆れながらも怒りも交えて聞いた。
どうやら、「例の石」とやらは二人にとって重要な物らしい。
ドーネクトはうつむいて考え込んだ末に……。
「逃げる際、俺はゆっくり行こうと思っていた。それなのに、後ろからお前がついて来て、急かされた気分になった。つまり、お前が悪い!!」
罪をなすりつけられたダーケストは大きなため息をついた。
「またそうやって、責任転嫁ですか……。私は急かしてませんし、あなたがローブを引っ掛けたから、こうなったのでしょう」
指摘されても、ドーネクトから謝る気配が感じられなかった。
「あなたの助手になったのが間違いでしたね。いいでしょう。今日限りでやめます。この戦いで、私だけでも充分やっていけることがわかったので」
ダーケストが踵を返して去ろうとすると、ローブの裾を思い切り引っ張られた。
ドーネクトが視線を反らしながら、相手のローブをつかんでいたのだ。
「お前、マンゴープリンパフェが好きだったな? 奢るぞ。今日はよくやってくれた、感謝している。いや、いつもよくやってくれている! 俺は知ってるんだぞ!」
急に早口で相手を褒め讃え、好物までご馳走しようとするドーネクト。
助手にやめられるのは痛手らしく、必死に止め始めた。
「普通は最初に謝罪が来るものですが……。まぁ、パフェに免じて許しましょう。早速ですが、石を探して参ります」
ダーケストはローブをつかむドーネクトの手を振りほどくと、ビラーレル村へ戻って行った。
◇
ビラーレル村。
寝る時間を過ぎていたため、とっくに静けさが戻っていた。
静寂に包まれた村にクルエグムが来ていた。
「シーラが一人で行くとはな。誰かさんみたいに“だるいだるい”って言わねぇが、すぐ泣くからな……」
ここにいないレジメルスの悪口を言いながらも、クルエグムはアジュシーラを案じてやって来たのだ。
だが、心配と言うよりも頼りにしていない様子だった。
村の中はどの家も灯りが点いておらず、真っ暗だった。
唯一、夜にしか開かないバーですら閉店準備に入っていた。
「こんな時間だとシーラも帰ったかな。あいつ、お子ちゃまだから夜になったら眠くなるんだよな」
どうやら、入れ違いになったらしい。
「何のために来たやら……」と不満を漏らし、彼はアジトへ戻ろうとした。
その時、地面に落ちている変わった形の石が目に止まった。
丸みがなく、ギザギザと歪な形をしていた。
「何だ、こりゃ? ……ん?」
クルエグムは拾い上げると、その石が普通のものでないと感じ取った。
「……すげぇ魔力だな。ヴィへイトル様に報告だ!」
突然興奮し、石を持ったまま魔法で消え去って行った。
ダーケストが来たのは、そのわずか五分後だった。
教会から村の出口にかけて、隅々まで地面を見て探した。
夜なので魔法で光を出すが、目的のものは見つからなかった。
「無い……? 誰かに拾われたのか? この村の魔導士なら闇の魔力を感じてすぐに壊すと思うが、それ以外のものが拾ったとしたら……」
ダーケストは眉間にしわを寄せ、唸るのであった。
◇
ヴィへイトルらがアジトにしている古城の王の間。
早速、クルエグムはビラーレル村で拾った歪な形の石を差し出した。
「任務外ですが、とても強い魔力の物体を見つけました。お役に立てれば幸いです」
彼は、玉座に座るヴィへイトルへ跪きながら、石を入手した経緯を話した。
「ほう……。確かに強い魔力だ。これは闇魔法だな」
「闇魔法?」
「そうだ。滅びの力を感じる。ディンフルたちが歯向かって来た際に使えるだろう。でかしたぞ、クルエグム!」
ヴィへイトルは邪悪な笑みを浮かべ、部下を褒め称えた。
クルエグムは有頂天になり、「ありがとうございます!」と高らかに感謝した。
その石は早速、ネガロンスへ渡された。
「これに妖気を注いでくれ。お前でなければ出来ない」
「かしこまりました」
ネガロンスは何も聞かずに淡々と返答した。
今回、ヴィヘイトルに黙って城を抜け出したことがバレないか不安だったが、歪な石のおかげで咎められずに済みそうだった。
彼女はすぐに闇魔法の力を感じ取り、その石の持ち主が一発で予想出来た。
(あの間抜けな闇魔導士のものね……)
彼女は自室へ戻り、魔法で出した黒い球体で石を包むと、自身の妖気を注ぎ始めた。
「どんな石かはわからないけれど、ヴィヘイトル様が喜ぶのであれば……」
ネガロンスは妖しい笑みを浮かべ、石に妖気を注ぎ続けるのであった。
◇
翌朝、三人衆のアジト。
クルエグムが戻ると、レジメルスとアジュシーラが出迎えた。
「朝帰りとはねぇ……」
「どこに行ってたの?」
呆れたような声を出すレジメルスとは対照的に、アジュシーラが丸い目をしながら聞いた。
「ヴィヘイトル様のとこだよ」
名前を出した途端、二人は目を見開いた。
「ヴィヘイトル様のとこって……呼ばれたの?」レジメルスは関心を持って尋ねた。
「いや、俺から行ったんだ。昨日ビラーレル村ってとこで、変な石を拾ってな」
「ビラーレル村って、昨日オイラも行ったよ!」
アジュシーラが主張すると、クルエグムは冷たい目で彼を見た。
「その様子じゃ失敗したみてぇだな? ジュエルを壊した報告もねぇし、手ぶらだし」
アジュシーラは身を強張らせた。
図星なので言い返せず、「闇墜ちした白魔導士にやられた上、ディンフルが来て勝ち目が無くなったから逃げ帰った」なんて言えるわけがなかった。
「ジュエルは見つけられなかったが、それよりもっとすげぇの見つけたぞ! それをヴィヘイトル様へ渡したら喜んで下さったんだ!」
自慢するようにクルエグムが言うと、レジメルスが「どんな物?」と聞いた。自分たちが仕えるヴィヘイトルを喜ばせた物体について、興味津々なのだ。
「知りたきゃ、古城へ行って見て来いよ。自分の足で動いた方が“だるいだるい”って言わずに済むぜ?」
すっかり有頂天のクルエグムは、相手を逆撫でするように発言した。
そして、高らかな笑い声を上げながら二人の前を通り過ぎ、部屋に入るのであった。
「何、あれ……?」
「調子乗ってんな。だる……!」
アジュシーラとレジメルスは、そろってクルエグムを睨みつけた。
ディンフルが復活した一行の旅の行方は?
ティミレッジに埋め込まれた魔法陣は消えるのか?
クルエグムが拾った歪な石の正体は?
ジュエルを手にしたユアたちの運命や、いかに?
(第3章へ続く)
今回で第2章は完結です。秋頃投稿を目指して、第3章も日々執筆中です。
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長くなりましたがここまで読んで頂き、ありがとうございました。




