第55話「混戦 前半」
教会の天井からアジュシーラ&ネガロンスのヴィヘイトル一味、壁を破壊して闇魔導士のドーネクトとその助手・ダーケストという二種の敵が現れた。
「ま、まさかの同時……?」
「どっちから相手すりゃいいんだよ?!」
「そうでなくても、ティミーが闇墜ちしてんのに……」
ユア、オプダット、フィトラグスは頭がこんがらがっていた。
これまでクルエグム、レジメルスと戦って来たが両者とも強かった。今回は最年少のアジュシーラだが、魔力の強さは一味共通の魔法弾で把握していた。
その上、今日はネガロンスもいる。彼女はネクロマンサーで、アンデッドを扱う力を持っているため、白魔導士の浄化技でないと相手にならなかった。
しかも今は、唯一浄化技を使えるティミレッジが闇墜ちして、誰の言うことも聞かない状態にあった。
もう片方の敵は、闇魔導士のドーネクト一味。
まだ直接戦ったことはないが、二十年前、幼いティミレッジの体に闇の魔法陣を埋め込み、成人した今にその力を解放し、普段穏やかな彼を凶暴にさせてしまった。それだけでも、ユアたちはドーネクトの力を怖れていた。
これによって生まれたダークティミーが彼の言うことを聞かないのが、唯一の救いであった。
このことから、両者が一斉に来るとユアたちが勝てる保証が無かった。
強いアビクリスもいるがダークティミーの言葉にショックを受け、勝気な態度が消えていた。これが戦いにも影響するかもしれない。
途方に暮れていると、ドーネクト側から口を開いた。
「何だ、このガキとおばさんは?」
「ガ、ガキィ!?」
「おばさんですって……?」
ドーネクトがいきなり無礼な言い方をすると、アジュシーラとネガロンスは明らかに不機嫌を示した。
「おじさんこそ何だよ?! ハゲを隠すようにローブのフード被っちゃってさ!」
「おじさん?! 俺はハゲてないぞ! フードを被ってるのは、単なるおしゃれだ!」
「フードを被るのがおしゃれですって? 本当におしゃれを楽しみたかったら、頭や顔を隠さずにありのままの姿で勝負をするべきだと思うけど?」
「やり方は人それぞれだろう!!」
負けじと言い返したアジュシーラたちへ、ドーネクトが噛みついた。
これを見てユアたちは驚きながらも、少し安心した。
「言い合ってるね?」
「どう見てもな。共闘して襲って来ることは無さそうだ」
ユアが確認すると、フィトラグスが推測した。
彼の言う通り、両者とも互いに協力しそうになかった。
やがて論争から実戦へ発展し、アジュシーラが青紫色の魔法弾を相手側へ撃った。
ドーネクトもバリアを張って魔法弾を打ち消すが、彼は腕を組んで見ているだけの助手・ダーケストに怒りをぶつけた。
「ダーケスト!! 何をボサッとしているのだ?! こういう時は、助手のお前が前線に立ってバリアを張るべきじゃないのか?! 何で観戦しているのだ?!」
「私も参加するのですか……? 元はと言えば、相手方を怒らせたドーネクト様が悪いのですよね? 開口一番で“ガキ”、“おばさん”など暴言を吐くから」
ダーケストはため息をつきながら対応した。
ドーネクトは助手の生意気な言い方に歯を食いしばるが、ユア一行とアジュシーラたちは心からダーケストに賛同するのであった。
「お兄さん、いいこと言うじゃん! そうだよ! オイラたちを怒らせたおっさんが悪い! オイラはガキじゃないっつーの!」
「“おっさん”やめろ!!」
「あなたより助手さんが一枚……いや、二枚か三枚ほど上手ね」
「やかましい!!」
再びアジュシーラとネガロンスがドーネクトと言い合っていると、ダーケストが静かに口を開いた。
「お言葉ですが、天然パーマの坊や。“オイラはガキじゃない”と申しておりますが、本当にガキじゃないと証明したければ、まずは何を言われても怒らない姿勢を示した方がよろしいのでは? 言われたことにいちいち反応して怒るからガキ扱いされるのですよ。あと、一人称の“オイラ”もやめた方が良いと思われます。ガキの中のガキにしか見えません。それから、真っ黒なお姉さん。今、この私を“二枚か三枚ほど上手”と褒めて下さいましたね。ですが先ほどからの反応を見て、あなたはドーネクト様よりは上ですが、この私よりは下に感じました。そちらの坊やとどういう関係かはわかりかねますが、もしも保護者として付き添っているのであれば、坊やと一緒になって言わない方が良かったのでは? 本当の保護者なら、子供をたしなめたりするものですがそれが見受けられませんでした。つまり、坊やと同じレベルの存在と見受けられました」
ダーケストの棘しか感じられない言い方にユアたちは戦慄した。
一度は彼を褒めたアジュシーラとネガロンスだが非難されてしまい、明らかに怒りのオーラなるものが二人から漂い始めた。
「これ、もしかしてヤバいんじゃね……?」
「もしかしなくてもヤバい」
怯えるオプダットに、フィトラグスは淡々と答えた。とっくに諦めたような口調だった。
「もう許さない~!!」
「我々を怒らせた代償は大きいわよ」
アジュシーラは怒りをむき出しに、ネガロンスは落ち着いた口調で言った。怒っていないように見えるが、彼女はすでに手の上にいくつもの魔法弾を出していた。
敵である両者が共闘しないのはユアたちにとって助かるが、片方がキレると教会が壊される危険があった。
「面白い。相手になってやろう! ダーケスト!!」
「言われなくてもやります。今、怒らせたのはこの私なので。でも最初に怒らせたドーネクト様もきっちり責任を取っていただきます」
やはり助手の生意気な物言いに舌打ちするドーネクト。
ダーケストが魔法で黒色のモヤを出すと、それを浴びた床から十体もの人型の物体が現れた。
「な、何?!」
ユア一行は思わず後ずさりをした。
その人型は、頭からつま先までダークグレーの全身タイツを着たような見た目をしており、顔部分には、ドーネクトがティミレッジの体に埋め込んだ闇の魔法陣の模様が描かれていた。
「私の部下・ダーカーたちです。どうぞ、可愛がってあげて下さい」
ダーケストが手で指示を送ると、召喚された者たちは「ダーカー、ダーカー」と口々に言いながら、アジュシーラとネガロンスへ襲い掛かって行った。
二人共、宙に浮いていたがダーカーたちは天井に届くほどのジャンプ力で跳び上がってみせた。
「な、何だよ、こいつら~?!」
「片付けるわよ」
ネガロンスは出していた魔法弾を、すべてダーカーたちへぶつけた。
ダーカー自体は強くないのか、あっという間に全員消えてしまった。
「よっわ! 大したことないじゃん!」
アジュシーラが笑うと、ダーケストは再び黒いモヤを出してダーカーを召喚した。
今度は先ほどの倍の二十体になっていた。
「ダーカー召喚は魔力をあまり消費しないので、いくらでも戦わせられます。一度消されるごとに倍の数を召喚してあげましょう」
ダーケストは一切笑わず、淡々と無表情で行った。
「ふざけるなぁ!」
怒ったアジュシーラが数発の魔法弾をダーカーではなく、ダーケスト本人に撃ち出した。
しかし、いつの間にかダーカーたちがバリアのようにダーケストの周囲を覆っていたため、すべて彼らが被弾してしまった。
これで二回目に召喚された分は倒され、ダーケストはすぐに四十体のダーカーを呼び出した。さすがに教会内が狭くなって来た。
「言いましたよね? 消されるごとに倍の数を召喚すると」
悔しさに顔を歪めるアジュシーラ。
ダーカーを倒すのはたやすいが、それを呼び出すダーケストが表情一つ変えないことが不満だった。
いつの間にか助手・ダーケストが頭的な存在となり、ドーネクトは目の前の光景に絶句していた。
ユアたちもすっかり蚊帳の外で、手も出せずに当惑するのであった。




