第5話「友人」
女子寮・アクセプト寮に、アヨという名の新しい利用者がやって来た。
ユアはその名前を聞き、姿を目にした瞬間、体が硬直した。
逆にアヨの方は最初に目が合うとすぐに逸らし、その後はユアを見ようとはしなかった。
寮母の説明が始まった。
「アヨさんは今年一月に育った施設を卒業し、しばらく自立しておりましたが、今回ここを利用することになりました。皆さん、仲良くしてあげて下さいね」
ギャル組は元気良く、他のグループはまあまあの声量で返事をした。
「そういえば、アヨさんはグロウス学園の出身だったわね?」
寮母に聞かれ、アヨは素っ気なく返事をした。
空想組も反応した。
「グロウス学園って、ユアと同じところじゃない!」とタハナ。
「じゃあ、ユアと仲良いんじゃないの?」とタイシ。
「一緒に座って食べたら?」とラッカが気遣った。
ところが、アヨは近くに空席のあるグループの席を見つけ、そこに座った。
ユアの方へは最後まで視線を向けなかった。
夕食後、ユアたち空想組は食堂に残った。
「もしかして、あの子と仲悪かったの?」
「悪かったわけじゃないけど……」
タハナが心配しながら尋ねると、ユアは言葉を濁した。
「そうならごめん、余計なことして。今ならあの子いないから、正直に言っても大丈夫だよ」
続けてラッカが謝った後で促した。
アヨは寮母に連れられ、部屋の案内へ行っているところだった。
「仲良かったけど、途中でトラブって……」
「何があったの? 見た感じ悪い子には見えないし、真面目そうだよ」
タイシが興味津々で聞いて来た。
結局アヨについては答えにくく、空気を呼んだ空想組もそれ以上は聞いて来なくなった。
◇
夜、布団に入ったユアはアヨと過ごした日々を思い出していた。
アヨはユアと同級生で、小学校に入学する時期にグロウス学園に来た。
初めは言葉を交わすことが無かったが、ユアがリマネスから攻撃され始めた後から、アヨの方から声を掛けて来た。
おそらく、社長令嬢に意地悪された自分を心配して来てくれたのだと思い、これをきっかけにユアもアヨと話し始めた。
ユアは昔から空想世界へ行く力を持っており、そのことを話しても年上や同級生は「そんなのウソだ」「作り話」だの聞こうとしなかった。
年下の子たちも初めは聞いてくれたが、成長するにつれて「妄想のお姉ちゃん」と小馬鹿にするようになった。
このことからユアはもう誰にも話さないように決めるが、今でも唯一聞いてくれるのは五歳下のリビムだった。
過去にはアヨも熱心に聞いてくれた。
他の同級生と違って、リビムと同様にユアの空想世界に興味を示してくれており、彼女の方から「○○の世界はどうだったの?」と尋ねることもあった。
なので、アヨはユアにとってはリビムと同じぐらい信頼できる友人だった。
グロウス学園には、ユアの友人はあと二人いた。
休日はアヨと彼女たちと遊び、四人と過ごす時間が一番楽しかった。
学校ではリマネスに苦しめられていたが、友人たちと空想の話で盛り上がることで精神的に救われていた。
だが、そんな三人……特にアヨは、肝心な時に味方では無かった。
彼女は小学校の頃からリマネスを崇拝しており、ユアが彼女のことで相談したり愚痴ったりすると「あんたのためを想ってくれてるんじゃない!」とリマネスの肩を持った。
彼女の手助けする時もあった。
ユアたち四人はリマネスの屋敷に招待された時がある。
関わるとろくな目に遭わないことをわかっていたユアが、行かない意思を示すとアヨから圧を掛けられた。
「せっかくお嬢様が招待してくれてるのに行かないの?」
「こんな機会、めったに無いよ!」
「今、行かなきゃ後悔するよ!」
行くまでしつこく言われ、ユアも折れてしまった。
もちろん、嫌々行っても楽しめなかった。
リマネスがユアを呼んだのは、お菓子やお茶を運ぶための使用人扱いをするためだった。「お屋敷のお手伝いが出来る貴重な経験」と口実をつけて。
ユアの嫌がる顔が好きな彼女が、友人として招くはずがないことを行く前からわかっていた。
だから行きたくなかったが、アヨにしつこく言われると行かざるを得なかった。
あとの二人はアヨに賛同すると言うより、長いものに巻かれているように見えた。
アヨ自身、心を許した相手にはすぐに説教をして相手を威圧させることがある上、支配的な一面も見られた。対して他の二人は気が弱く、彼女に従っていた。
だからユアが困っていても、アヨと一緒になって説得するしかなかったのだ。
大人になるとこんな友人関係なら簡単に切ることが出来るが、小・中学校時代では難しい。
ましてやユアとアヨたちは同じ養護施設なので、毎日顔を合わせなければならない。
それでもリマネスの話は抜きにして、空想世界を信じてくれるアヨをユアは友人だと思い続けていた。
しかし中学卒業前、ユアの進学先がリマネスと同じになったのをきっかけに、関係にひびが入り始めた。
元々ユアとアヨは同じ公立高校に進む約束をしていたが、リマネスが財力でユアの進学先を変えてしまった。これもユアを苦しめるためだった。
アヨは裏切られたと思い込み、ユアがいくら説明しても聞き入れてもらえなかった。
それどころか「リマネスがあんたと同じ学校に行きたいって言うわけないでしょ! あんたと違って、優秀なんだから!」と吐き捨てる始末。
高校進学後、電車通学のアヨとリムジン(リマネスの家から出ている)通学のユアでは登校時間も帰宅時間も違うため、同じ施設内でも会う機会はほとんど無くなった。
しばらく会わない生活が続いていたが一年生の夏休み前、久しぶりに顔を合わせた。
ユアが気まずそうにしていると、アヨの方から声を掛けて来た。中学卒業前にひどい言葉をぶつけたことを忘れたかのように。
それでも久しぶりに会うと、募る話もあったのか会話が弾んだ。
ユアも言われたことを帳消しにするぐらい楽しく話せた。
しかし会話の中でアヨは、休日に他の友人と楽しく遊びに行っていることをわかりやすく、何度も強調して伝えた。
「あんた抜きでよく遊びに行く」「三人で行ったけど楽しかったよ」といった感じに。
平日は学校が違っているから仕方ないが、休日は会おうと思えばいつでも会えた。
それなのに、アヨは同じ施設内にいる友人と三人で遊んでいるのだ。
違和感を覚えたユアが「今度は私も誘ってよ。また四人で遊びたいから」とさりげなく言うと、アヨは「もちろん! 他の二人にも伝えておくよ!」と快諾してくれた。
ところが翌日。
この日は休日だったが、ユアはアヨたち三人がそろって出掛ける様子を見てしまった。
「昨日言ったばかりなのに……」と思ったが、すぐに「前から三人で行くって決めてたのかも?」と思い直した。自身の心を守るためにも。
その後、リビムにこのことを話すと「三人で出掛けるの、今日の朝イチで決めてたよ」と教えてもらった。
(やっぱりアヨは根に持ってる。だから仲間外れにするんだ……)
これを機に、ユアは遊びの誘いは期待しなくなった。
だが当てにしなくなった途端、アヨから誘いがあった。
「タイミング悪いな」と思ったが、誘われただけありがたかった。
実際に集まると、いつもの顔ぶれでは無かった。
小学校時代から一緒の二人ではなく、代わりにアヨの高校の同級生が二人いた。
誘った理由が「欠員が出たから」とのこと。本来は四人で行く予定だったらしい。
(いつも三人で集まってるんだから、欠員が出ても変わらないじゃない……)
しかも事前に聞かされておらず急に顔を合わせる事態となり、ユアは不安を抱えたまま休日を過ごした。
会った瞬間から感じた嫌な予感も的中した。
昔からアヨは「人の好きなものを悪く言わないで」と周りに強く言い聞かせて来た。なので、ユアがリマネスを悪く言う度に彼女は怒りをむき出しにして来た。
ところが、この時会ったアヨは友人たちと一緒になって、ユアの好きなキャラを悪く言った。
「エンヴィム好きとか変わってるよね~」
「私、あいつ嫌い!」
「デザインとか無理。女性ウケ狙ってるのバレバレだもん」
さらに、ユアが知らない間に三人だけでトイレに行ったり、しまいには三人にしかわからない話で盛り上がった。
ユアだけ蚊帳の外だった。
「アヨは知らない人になってしまった」帰ってからそう思ったユアは、もう二度と彼女と遊ばないと決めるのであった。
そう決意した次の朝、部屋の机に手紙が置いていた。アヨからだ。
「昨日、あんたが盛り上がらなかったせいで他の二人が不愉快になった。“あんな暗い奴、友達にしてるの?”とまで言われた。悪いけど、またしばらくユアとは関わりたくないから話しかけないで」
何故か逆ギレの文章が書かれていた。
(こっちこそ、輪の中に入れない人を気遣えない人と会いたくない。そっちからそう言ってもらえて助かる……)
逆にユアはせいせいとしていた。この頃にはもうアヨを必要としていなかったからだ。
これ以降、彼女との交流は一切途絶えた。
その後、友人二人は学園を去り、ユアもリマネスに引き取られ、アヨだけが残った。
そして、ユアが異世界へ行っている間にアヨは高校を卒業し、そのまま学園も出てしまっていた。
なので、異世界へ行ってからは彼女とは一度も会うことが無かった。
それで全て終わったと思っていた。
楽しい思い出と、最後に出来た心の傷を胸に秘めたまま……。