第40話「ひと息」
クルエグムが去った後、戦いで荒れてしまった城の中庭は、ティミレッジの浄化技「リリーヴ・プリフィケーション」で元通りになった。
倒されたり折れてしまった木や抉れた地面や散乱した花は、敵が来ていたとは思えないほどキレイに戻り、国王とフィトラグスは心から白魔導士に感謝するのであった。
◇
「あんなに騒がしくしてたのに気付かなかったの?!」
夜のインベクル城。
夕方、クルエグムが襲撃しに来た時、ディンフルは助けに現れず、そのことでソールネムから咎められていた。
相手はディンフルの元部下で現在は彼の兄に仕えているため、助太刀に来ないのは不自然と思ったのだ。
「本当に騒々しかったなら、とっくに起きている」
「“起きている”? 寝てたのか?!」
ディンフルは何故か両頬に氷の入った袋を当てながら言い訳をしたが、その内容にフィトラグスがケンカ腰になった。
「突然眠くなったのだ。私はどんな小さな物音でも起きる自身があるが、何も聞こえなかった。本当に来ていたのか?」
「疑っているのか?! ユアだってひどい目に遭ったんだぞ!」
「な、何も無かったから大丈夫だよ!」
疑いを掛けられたフィトラグスが怒りをむき出すと、急いでユアがフォローした。
ディンフルと一緒にいたサーヴラスも奇妙に思っていた。
「本当に妙でした。大きな音だったというのに、ディンフル様はまったくお目覚めになりませんでした」
「そうなのか?! 起こしてくれれば良かっただろう!」
サーヴラスの発言で、中庭からの音はディンフルらの部屋にもはっきり聞こえていたことが証明された。
「起こしましたよ、何度も! ですが、珍しく起きる気配がなかったので色んな方法を使いました。失礼ながらほっぺを引っ張ったり、往復ビンタをしたり、耳に息を吹きかけたり、まぶたと唇に紐を付けた洗濯ばさみで挟んで勢いよく引っ張ったりと」
「どおりで顔中が痛いわけだ!!」
ディンフルは起床時からの顔の痛みに納得した。サーヴラスが彼を起こすため罰ゲームのようなことをしたために、氷で冷やしていたのだ。
ユアたちはそこまでされても起きなかった彼よりも、上司相手に平気で拷問のようなことをするサーヴラスを恐ろしく感じた。
特にユアは一部の刑をリアリティアで知っていたため、心からディンフルに同情するのであった。
(洗濯ばさみの刑って、フィーヴェにもあるんだ……)
「でも、何でそこまでされても目覚めなかったのですか? よほど疲れていたのでしょうか?」
「強制的に休まされているゆえ、疲れるようなことはしていない!」
ティミレッジが疑問をぶつけるも、心当たりが無いディンフルは不機嫌に答えた。
「わしが魔法を掛けた」
言いながら、イポンダートが部屋に入って来た。
「どうしてですか?」ディンフルの代わりにユアが聞いた。
「彼らの成長のためじゃ」
イポンダートは躊躇なくフィトラグス、ティミレッジ、オプダットの三人を見て答えた。
「現在、三人衆とまともに戦えるのはディンフルのみ。せめて、奴らと互角になるため王子たちには強くなってもらわねばならん。よって、ディンフルには介入して欲しくなかったのじゃ」
強制的に眠らされていたことを知ったディンフルは一瞬怒りに震えたが、理由を聞いて納得した。
自身もフィトラグスたちには、もっと強くなって欲しいと思っていたからだ。
「それなら初めに言ってくれればよかろう! わざわざ魔法で眠らさなくとも……」
「こうでもせねば、お節介のお主のことだからすぐ助けに行くじゃろう! 森の敵と言い!」
「森の敵? ……もしかして?!」
ユア、ティミレッジ、オプダットは思い出していた。
三人だけで近くの森へ行った時に中ボスが裏面仕様になっており、戦えずに逃げ出してしまった。しかし、途中どういうわけか敵がいきなり倒されてしまった。
その時は理由を考えるのをやめて「倒せただけ良かった」と終わっていた。
ユアたちはどうして敵を倒せたのかわからずじまいのままで、密かに参戦したディンフルもまだ言っていなかったのだ。
「裏面とやらの敵を倒したのはディンフルじゃ!」
イポンダートがきっぱりと発表した。
ティミレッジとオプダットは目を輝かせながら「ありがとうございます!」「ありがとな!」とそろって彼に感謝した。
ディンフルは「ばれたか……」と言わんばかりに顔を背け、ユアはもどかしくなっていた。
彼を助けるための修業なのに逆に助けられてしまったので「いつもと一緒じゃない……」と自身の無力さを嘆いていた。
察したソールネムが「駆け出しの間は、遠慮せず甘えればいいのよ」と咄嗟に励ました。
◇
翌日明朝、荷物を持ったロアリィは馬車に乗り始めた。
「本当に戻られるのですか?」
外からフィトラグスが名残惜しそうに声を掛けた。
「はい。わたくしはこの国の正義感に憧れてこちらへ来ましたが、自身の正義を他者に押し付けてしまい、相手の気持ちを考えられておりませんでした。あの悪い方の言う通りです」
「あの者の言うことはお気になさらず。ロアリィ様は頑張っているではありませんか」
「ありがとうございます。……ですが、どう頑張っても、フィトラグス様のように国民と距離を近づけることが出来ませんでした。いったん国に戻って、社会勉強をいたします。あまりにも世間を知らな過ぎました」
最後にロアリィは「フィトラグス様にもご迷惑をたくさんお掛けしました。申し訳ありませんでした」と謝罪した。
「私は大丈夫です。昨日、兵士から伺ったのですが、エスクへ同級生二人が謝罪されたそうです」
「同級生二人って、彼をからかっていた?」
「はい。父親の件を受けて、エスクの家がどれほど深刻かを理解されたようです。エスクも彼らを許して、今度三人で遊ぶそうです」
「そうですか! それは良かった……」
自身が短期間だけ受け持った生徒が好転したことを知り、ロアリィは心から喜んだ。
さらにフィトラグスの話では、ビティムをそそのかした女子生徒たちはティーチェルから散々怒られた末に反省文を書かされ、しばらく在宅学習へと切り替えられるそうだ。
ビティム本人は昨日一昨日と休んだが、今日から再び行き始めるようだ。ティーチェルも、前よりいじめをより監視すると約束してくれた。
馬車は走り始め、ロアリィは残りの教育実習を辞退しインベクル王国を去って行った。
フィトラグスとラヨールの意思により、結婚は保留となった。
◇
インベクル城の食堂。
朝食時にフィトラグスはロアリィを見送ったことをユアとディンフルとサーヴラスに報告した。そして……。
「ロアリィ様も帰ったから、今日から俺もジュエルを探すよ」
「わかった。みんなで頑張ろうね!」
「私は参戦出来ぬ。イポンダートが“まだ休め”とうるさいのでな」
ユアたちが盛り上がる中、ディンフルはやや不満げに言った。
休み始めてもうすぐ一週間。体は本当に回復しているが、休んで欲しい理由は「三人の成長のため」だと聞かされたので、ディンフルは今までほど怒りを表していなかった。
その時、ファンタジーフォンから着信音が鳴った。
「ちょっとごめん」と、廊下へ行くとユアは電話に出た。
「もしもし、ユアさん? 朝早くにごめんなさいね。アクセプト寮の寮母です」
二人が「おはようございます」と挨拶を交わした後で、寮母から報告があった。
「取り急ぎよ。先ほど、あなたの動画を上げた犯人が捕まったって、警察から連絡があったのよ」
ユアは思い出してしまった。
自身がフィーヴェにいるのはディンフルたちを助けるためだけでなく、リアリティアで自身の盗撮された動画がきっかけで過ごしにくくなったことを。
しかしその盗撮犯が捕まり、心からホッとした。
「やっぱり、弁当屋に出入りしていた男女二人だったわ。でも、彼らの他にもいたみたいなの」
寮母は詳しく話してくれた。
リアリティアの弁当屋によく来ていた男女と他の者は、リマネスが動画を上げていた頃からユアを心配しており、今回も「あの社長令嬢の妹さん、平和に暮らしているのかな?」と思う人々へ向けて、彼女の現在を盗撮し「ユアはもう大丈夫ですよ」と伝えたかったらしい。
彼らいわく、心配していただけで悪気は無かったらしい。
そう言われても、もちろんユアは納得できなかった。
(そのお節介でこっちは仕事を辞めたり、寮を出たり、町も歩けなくなったのに……)
ユアは、ロアリィによって父親に居場所をばらされた児童を思い出し、良かれと思うお節介の厄介さを痛感するのであった。
捕まったのは弁当屋に来ていた男女二人と彼らに協力していた者数人。
後に寮母が聞いた話ではユアの弁当屋を早々と特定した人物がおり、その者が情報を漏らしたらしい。
その人物は捕まっておらず、彼女の情報を流した書き込みはとっくに削除され、行方をくらましていた。
ユアはその者にも罰が下るよう、祈るのであった。




