第38話「姫の申し出」
学校で問題を起こし、保護者からクレームを受ける新しい婚約者・ロアリィ。
ラヨール国王からも、娘の性格を承知で教育実習に参加させたことで謝罪があった。
さらに父・ダトリンドから、亡き婚約者が自身に抱いていた思いを聞かされると同時に、今回の婚約について考えるように言われたフィトラグス。
婚約を破棄しても同盟に影響はないが、彼は思い悩んでいた。
失敗続きのロアリィをフィトラグスとしては放っておきたくなかった。そそっかしい部分が直らなくても、やり直す機会を与えたいと思っていたのだ。
ところが、国民からはすでに反対の声が多かった。
特に、学校の保護者からは児童を守るために追放する声まで上がっていた。
ロアリィ自身に悪気はなく、フィトラグスと違って国民に揉まれて生活して来なかったので、世間知らずが全面に出たのだ。
だが国民の声を無視すれば、国を出て行く者がいるのも気掛かりだった。
「どうすればいいんだよ……?」
中庭で頭を悩ませていると、散歩中のディンフルがやって来た。
「聞いたぞ。婚約者のことを」
彼とはかつての因縁だが、一度は和解した。
しかし意見の食い違いが多く、前ほどでは無いが犬猿の仲に戻っていた。
「あんたに聞かれてもな……。どうせ、俺が望んでいる答えなんか言わないだろう」
フィトラグスはため息まじりに答えた。
ディンフルと話し合っても不快になる予感しかしなかったのだ。
「国王はお前に意見を託したのだ。私が決めても仕方が無い。だが、これだけは言っておく。どんな決断を下しても、ユアたちはお前の味方だ」
それだけ言うとディンフルは黙って去って行った。
残されたフィトラグスは悩みも忘れてあっけに取られていた。
「本当に、世界を支配していた魔王なのか……?」
ラスボスらしからぬ台詞に度肝を抜くしかなかった。
だが今の言葉で「自分は一人じゃない」と改めて思えると同時に、「今、ロアリィに味方はいるのか……?」と新たな疑問が浮上するのであった。
◇
インベクル城前の門。
フィトラグスを心配したユアたちは急遽、修行を中断し戻って来た。
「ロアリィ様、暴力を振るう父親に母子の居場所を教えるなんて……」
「やっぱり、教師に向いていない方だったわね。フィット、大丈夫かしら?」
ティミレッジは唖然とし、ソールネムもロアリィに不満を漏らしていた。
ユアたち一行は今朝、彼女から泥棒扱いを受けたところだった。ロアリィのそそっかしい性格がここでも災いしていた。
五人で話していると、ダトリンドが城の奥からやって来た。
国王自ら、出入り以外で城門に来ることは滅多に無いので、ユアたちだけでなく門番までもがその場で跪こうとした。
しかしすぐに「そのままで良い」と国王から止められた。
「これからユア殿たちに会いに行こうと思っていたところだ」
「わ、私たちにですか?!」
ユアが声を上げると、ダトリンドはベルベッド調の生地の小箱を彼女へ手渡した。
促され開けてみると、中にはインベクル神殿の最奥部に飾られていた赤いジュエルが入っていた。
ユアだけでなく他の四人も驚いた目でダトリンドを見た。
「フィトラグスから聞いている。フィーヴェを救うために、ぜひ役立ててほしい。返却は考えなくて結構だ」
「あ、ありがとうございます!」
ユア、ティミレッジ、オプダット、ソールネム、チェリテットが一斉に頭を下げて感謝した。
「こちらこそ、息子を支えてくれてありがとう。今、フィトラグスは大変な時だ。どうか、力になってあげて欲しい」
ダトリンドは穏やかに言った。息子を想っての言葉と口調だった。
◇
インベクル城の中庭。
フィトラグスはロアリィに呼ばれて来た。
「突然呼び出して申し訳ありません」
「いえ。ロアリィ様も気分が滅入っていたので、誰かとお話ししたかったのでしょう?」
ロアリィの目は泣き腫らしたように赤くなっていた。自身が招いたとは言え、大勢から野次を飛ばされるのは辛かったに違いない。
そもそも、そんな経験は姫である彼女にとっては初めてだった。
「どのような御用でしょうか?」
「あの……」
ロアリィは一度だけ深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから言った。
「このような時に申し訳ありません。実は結婚について、一旦考えさせていただきたいのです」
フィトラグスは目を見開いた。
今は自分が結婚について考えている時だったが、彼女の方から申し出て来たからだ。
だが、彼もロアリィと結婚しにくい理由はいくつかあった。
子供たちを危険にさらす彼女ではフィーヴェ代表国家・インベクルの将来を共に守っていくことは不安材料になっていた。
それに、ノティザが帰って来た時に何らかのミスで「弟に何かあれば……」と考えてしまった。
本人はまだ気づいていないが、顔がかつての婚約者・セスフィアと似ており、しっかり者だった彼女とは違ってロアリィはうっかりミスが多い。
そのギャップで絶望してしまうのと、ロアリィを見るたびにセスフィアを思い出して我慢がならなかったのだ。
理由を告げる覚悟はしていたが、彼女から申し出があると言い出すことが出来ない。
仮にロアリィから聞かれても、きちんと伝えられる自信もなかった。
「そりゃあ、結婚しない方がいいんじゃね?」
突然、二人の前に若い男の声が聞こえた。
声の方へ向くと、突然何もない場所からクルエグムが姿を現した。
「お前はクルエグム?! 何でここに?!」
「インベクルじゃ目ぇつけられてるから、透明化出来る薬で潜入してたんだよ。それで、目的外だがそいつを見させてもらった」
クルエグムはロアリィを指した。
「王子と関係を持つらしいから見張っていたが、失敗しまくりで子供や大人に嫌われてんじゃねぇか」
「お前には関係ないだろ!」
ニヤニヤ笑うクルエグムへフィトラグスが代わりに言い返した。
「関係ねぇけど、面白くなって来たんだよ。ドジでのミスは許せても、自分の正義感を押し付けて子供を追い込んで、教師どころか婚約者としても失格じゃねぇか! 何が、“話し合えばわかり合える”だよ? ありきたりな綺麗事で反吐が出るぜ!」
クルエグムは笑いながら、エスクの父親のことを思い出させた。
ロアリィの目に涙が浮かぶ。彼女もそのミスを気にしている最中だった。
「そりゃあ、保護者も子供を任せたくねぇし、国民からも信頼されねぇよな! こんな偽善の姫なんか!!」
「偽善の姫」という言葉にトドメを刺され、ロアリィは両手で顔を覆って泣き始めた。
クルエグムは容赦なく言い続けた。
「一番傷ついてんのは、居場所をばらされたガキとその母親だろ! 被害者面してんじゃねぇぞ!!」
「やめろ!! ロアリィ様は偽善者じゃない! 相手を想い過ぎたからこそ失敗したんだ! わざと傷つけに来るお前たちとは違う!!」
フィトラグスはロアリィを背に立ち、クルエグムへ反発した。
否定された相手は笑いから一転し、怒りを露わにした。
「わざと傷つけてんのは、てめぇら人間だろうが!!」
言いながらクルエグムは瞬時に剣を出し、振り下ろした。
フィトラグスも剣を出して相手の剣を受け止めた。
初めて目の前で繰り広げられる剣同士の音にロアリィは顔を上げ、今度は顔面蒼白になった。
「今のうちにお逃げ下さい!」
フィトラグスに言われるままにロアリィがその場を去ると、クルエグムはためらいなく必殺技を繰り出した。
「フューリアス・ヴェンデッタ!!」
クルエグムの剣先から黒色と赤紫色の刃が無数に出た。
フィトラグスは剣を振って相殺を試みるが、剣に刃が当たる度に体に衝撃が走り、剣を当て損ねた刃は次々と彼の体を切り刻んで行った。
「ぐっ……!」
「わかってんだろ? 綺麗事だけじゃ世の中は救えねぇって! そんなこと言うのは正義に溺れてる奴だ。この国みたいにな!!」
溜まっていた思いをぶちまけるように、クルエグムはどんどん黒と赤紫色の刃を出し続けた。
◇
城内に逃げ込んだロアリィは、ユアたちとばったり会った。
彼女は五人を見るなり助けを求めた。
「お願いします、フィトラグス様をお助け下さい!」
「助けるって……?」
「突然現れた悪い方と戦っているのです! こんなわたくしを庇って……」
ロアリィは再び涙をにじませながら言った。
「悪い方」と聞き、ユアたちはイヤな予感がした。
「わかりました。王子様はかならず助け出しますので、ロアリィ様はここから出ないで下さい!」
ソールネムが代表で忠告すると、「行くわよ!」と四人へ声を掛けた。
ユアたちはロアリィが閉めたばかりのドアを開けて、中庭へ出て行くのであった。




