第27話「弁当屋襲撃」
ユアの意志を聞いたディンフルは根負けし、「好きにしろ」と参戦の許可を渋々出した。
「何があっても自己責任だぞ」と最後に付け足して。
「そうそう、これも渡しておこう」
イポンダートはユアに一冊の本を手渡した。
前の旅で、ランダムに異世界を巡る際に使ったクリスタル製の本「ボヤージュ・リーヴル」だ。
「ボヤージュ・リーヴル?! 久しぶりに見た……」
ユアが感激して受け取ると、イポンダートは紐のついた鍵も渡した。
それは「ボヤージュ・クレイス」と言い、リーヴルを使う時に必要な鍵で同じくクリスタルで出来ていた。紐は首から下げるために付いていた。
「前はあちこちに飛んでいたらしいが、今回は念じた場所へ行けるよう調整しておいた」
ユアは目を見開いて老師を見た。
久しぶりのアイテムが戻るだけでも驚きなのに、その力の調整までしてもらったのだ。
しかしよく考えたら、不調の精霊を回復したり、ディンフルに魔王になるための修行を施した相手だ。
魔法のアイテムの調整も彼に掛かれば朝飯前なのだろう。
何故イポンダートが、ユアたちがこれらを持っているのを知っているかと言うと、フィトラグスたちが話したようだ。
そして調整してもらったリーヴルはリアリティアにも対応しているので、これでユアはリアリティア経由でなく真っ直ぐフィーヴェとミラーレを行き来出来るようになった。
ここまでで友人・アヨの話を出していないが、彼女と会うこともしばらくは無いだろう。そう考えたユアは寂しさではなく安堵に似た思いが込み上げていた。
◇
翌日、ミラーレの弁当屋。
今日はとびらが外の仕事が休みのために、店を手伝ってくれていた。
「せっかくの休みなんだから、手伝わなくていいわよ。今日はキイ君も来てくれているんだから」
母のまりねが気遣って言った。
今日は図書館の休館日でもあるので、代わりにキイが来ていた。
「大丈夫! 私、弁当屋で働いてる方が楽しいんだ!」
「子供の頃から手伝って来たからな」とキイ。
「それに、ユアもまたフィーヴェに行ってるから、しばらく働けないでしょ? いつ対応してもいいように、休みの日も手伝うよ!」
「大丈夫よ。最近お客さん減ってるから♪」
まりねが明るく言うが、キイは台詞の内容との矛盾が気になった。
(客が減ってるのを明るく言ったらダメだろ……)
「もし前みたいに増えて来たら、キイ君に応援に来てもらうわよ!」
まりねがそう言った途端、店のドアが開き、ヴィへイトル一味のクルエグム、レジメルス、アジュシーラの三人が入って来た。
「あなた、この前の?! 何しに来たの?!」
前回の来店ですっかり警戒したまりねが、いきなりクルエグムへ怒鳴りつけた。
「いいのか? 客にそんな言い方して」
「客?」
同じくキイも警戒心たっぷりに聞くと、相手はニヤリと笑った。
「ユア次第じゃ、客になってやらねぇこともないんだぜ?」
「聞いたわよ、告白の件! ユアちゃんは受けるつもりは無いみたいよ! あと、あなたみたいな人に買ってもらわなくても大丈夫ですから!」
「そんなこと言ってていいのかなぁ?」
まりねが言い返すと、今度はアジュシーラが怪しく笑ってみせた。ユアへの誘いはクルエグムからとっくに聞いていた。
もし彼女が断れば、弁当屋が襲われる。それも両者ともすでに知っていた。
「で? 今日、ユアは?」
「いないわよ!」
クルエグムから聞かれ、まりねは変わらず警戒しながら答えた。
「ウソつくな! 俺らが来ると思って隠してんだろ?!」
「エグを怒らせたら怖いよ~。こんなちっちゃいお店、あっという間かも?」
アジュシーラも面白がりながら脅し始めた。
それでも、まりねたちは折れなかった。
「本当にいないぞ。君たちに反発するために旅に出た」
キイがそう答えると、クルエグムは突然、近くにあった陳列棚を思い切り蹴飛ばした。乗っていた惣菜が落ちると、今度はその中の一つを踏み潰した。
相手の返答が気に入らなかったのだろう。
「やめなさい! 大切な商品よ!」
「俺らに反発って何だよ?」
クルエグムから邪悪な笑みが消え、キイたちを睨み始めた。
まりねからの注意は耳に入っていないようだ。
「弱ぇくせに楯突こうってのか? お前らみたいに?!」
さらに彼は、踏んでいた商品をまりねたちへ向かって蹴飛ばした。
「け、警察、呼ぶよ!」奥から見に現れたこうやが声を震わせた。
「好きにしろ。警察が俺らに敵うと思ってんのか?!」
クルエグムが目を見開きながら、怒鳴りつけた。
だがそこまでで言うのを止めて、彼は横を向いた。向いた先にはとびらがおり、彼らを凝視していた。
彼女の視線はまりねたちと違って、警戒心が欠片も感じられなかった。それにクルエグムは違和感を覚えていた。
「何見てんだよ?」
「そ、それ……!」
そこまで言うと、とびらはいきなり彼の耳に触り始めた。
「何だよ?!」
「すごい! 本物だ~!」
思わずクルエグムが離れると、とびらは感激した。
「特殊メイクじゃないんだね?! 私、尖った耳を生で見たの初めてだよ! よく本とかに載ってるじゃない? ミルクだかシルクっていう、人間じゃないのが!」
「エルフな」
興奮するとびらとは対照的にキイが冷静に訂正した。内心は「リーダー格の逆鱗に触れたから、終わったわ……」と絶望していた。
まりねとこうやも、「ここまで空気を読まないなんて、私(僕)たちの育て方に問題があったのか……?」とそろって後悔していた。
三人が呆然としていると、クルエグムが今度は別の陳列棚を蹴った。
幸い商品は落ちずに済んだが、彼の怒りは先ほどより増していた。
「バカにしてんのか?! ざけんじゃねぇぞ!!」
怒りのあまり、とびらを引っ叩こうと手を振り上げた。
すかさずキイとまりねがとびらの前に出ようとすると、相手の腕が後ろから掴まれた。
止めたのは、これまで一言も発しなかったレジメルスだった。
「何だよ、レジー? 離せよ!」
「やめときな、女性に暴力振るうのは」
「こいつは俺の耳を勝手に触ったんだぞ!」
感情的になりながらとびらを指すクルエグムを、レジメルスは冷たい目で見下ろしていた。
マスクをしているので表情はわからなかったが、クルエグムが暴力を振るうことに我慢がならないようだ。
「仕方ないよ、エグの耳は珍しい形してんだから。ムカつくのはわかるけど、女性に暴力を振るうのは弱い男のすることだよ」
今の言葉で余計に怒りが募ったクルエグムは、レジメルスの手を振りほどいた。
「俺は弱くねぇ! やめればいいんだろ?!」
「わかればいい。どっちみち、店からユアの匂いがしない。本当にいないみたいだよ」
「じゃあ、どうする? さっき、そのお兄さんが言ってたじゃん? “ユアはエグに反発したいから旅に出た”って。つまりそれって、“告白は受けません”ってことじゃないかな?」
アジュシーラがキイを指した後で分析すると、クルエグムは弁当屋の者たちを再び睨みつけた。
「なるほど。だったら、覚悟決めてもらうか。俺に楯突いたり、勝手に耳も触って来たからなぁ!」
彼はすでに店を潰す気でいた。
こうやはすっかり怯えて厨房へ逃げ、まりねとキイも先ほどの余裕が無くなったのか表情が強張り出した。
一方でとびらは実感が湧かないのか、きょとんしていた。
しかし、そんな時でもレジメルスは落ち着き払っていた。
「やめてた方がいいよ。この店、僕らのターゲットじゃないじゃん」
「でも、俺に歯向かったんだぞ?!」
「それはエグの問題でしょ。そもそも、“弁当屋を襲え”ってヴィヘイトル様から指示あった? 関係ないとこ襲ったら、怒るかもよ? 過去に、任務外のことして殺された部下がいるらしいんだから」
レジメルスの忠告を聞き、クルエグムとアジュシーラの顔が青ざめた。
自分たちを圧倒したディンフルに余裕でダメージを負わせた者だ。怒らせればどんな目に遭うかわからない。
クルエグムが「命拾いしたな!」と吐き捨てると、三人衆は弁当屋を後にした。
◇
ミラーレの公園。
弁当屋の近くと言うこともあり、クルエグムら三人衆が来た。
「ここがユアとディンフルが出会った場所か~」
アジュシーラは額の目で調べた際に公園の存在を知ったが、実際に来るのは初めてだった。
そんな彼へクルエグムが怒鳴りつけた。
「おい、シーラ! 何で来る前に下調べしなかった?! おかげで二度手間になったじゃねぇか!」
「オイラのせい?! 頼まれなかったから“しなくていいかな”って思ったし、エグだって今日もユアがいる前提で行ったじゃん!」
「うるせえ!!」
クルエグムは怒鳴りながらアジュシーラの頭を殴った。
「いたいよ~!」泣き出すアジュシーラ。
「やめなよ。シーラの言う通り、“ユアが弁当屋にいる”って決めつけたの、エグでしょ?」
レジメルスの口調は冷静だが、疲れて来たのか気だるさが加わっていた。
図星なのかクルエグムがさらに苛ついて言い返した。
「うるせぇっつってんだろ!! ちょっと年上だからって偉そうにすんな!」
「一番最初に魔王と会ったからってリーダー面しないで。今日のはエグとシーラの失敗なんだから」
「何でオイラまで?! 頼まれてないのに……」泣きながらアジュシーラが文句を言った。
「頼まれなくてもやった方がいいこともあるんだよ。気が利かないね」
「そういうお前はいいよな! 気だるくしててもヴィヘイトル様に怒られねぇんだから!」
「関係ないでしょ」
思った通りの結果が出なかったことから言い争い始める三人衆。
だんだん本人たちも気まずさを感じて来た。
「とにかく、今日は帰るぞ! 確かにヴィヘイトル様から指示は無かったが、ユアも歯向かうようになった件は伝えるべきだ!」
そう言うと、クルエグムは魔法で先にミラーレから消えてしまった。
「待ってよ~!」と後を追うようにアジュシーラも消える。
最後にため息をついた後で「だっる……」と疲れと苛立ちを交えながら言うと、レジメルスもミラーレを去るのであった。




