第18話「守りたい、助けたい」
「ど、どういう関係……?」
イポンダートとディンフルの関係が気になったユアが恐々と尋ねた。
「俺たちのことはいい。それよりも、その懐中電灯がイポンダートとどう関係する?」
「懐中電灯ではない! これは“チアーズ・ワンド”という非戦闘員用の武器じゃ!」
すぐにペンライトの話へ切り替わった。
正式名称はわかったが、ユアは「非戦闘員用の武器」という言葉に引っ掛かりを覚えた。
「これは戦えん者が逃げるため、もしくは誰かを助ける時に使う武器じゃ。魔封玉の女子は、戦力を持っているようには見えん」
「確かに戦えません。あと、私は“魔封玉の女子”って名前じゃないんで……」
「名前を聞いておらん。わしはちゃんと教えたぞ!」
ユアはこれまで、イポンダートから名前で呼んでもらったことがなかった。
だが、彼の指摘で自分が教えていないことに気付き、急いで「ユアです、すいません」と名乗った。
「ユアか。ボケる前に覚えておこう。なら、ユア。お前にこれを持たせたのは大正解だったようじゃ」
「同感です! イポンダートさんからもらったこのペンライトが無かったら私たち、やられていました」
「“変ライト”ではなく“チアーズ・ワンド”じゃ!」
「“変ライト”も違います! でもイポンダートさん。私にこれを持たせたのは、今回のことを見越したからですか?」
ユアが聞くと、イポンダートは部屋の中をゆっくりと歩き回りながら説明し始めた。
「お主には近々、悪いことが起きると直感が働いたのじゃ。それに、あのヴィヘイトルも何か悪いことを始めることもな」
ヴィヘイトルの名前を聞き、ディンフルは驚愕した。
「ヴィヘイトルのことも知っているのか?! 教えてくれ! 奴は何を企んでいる?!」
「現時点ではわしにもわからん。一つ言えるのは、あいつはわしがいくら止めても聞かん」
イポンダートが立ち止まりながら答えると、ティミレッジが戦慄した。
「イポンダートさん、一体何者なんですか? ディンフルさんと知り合いな上に、ヴィヘイトルとも接点があるなんて……」
「安心せい。わしはあいつに賛同しておらん。悪い奴なのは明らかじゃ。だからユアよ。そのチアーズ・ワンドで身を守れ。これからもお主と仲間たちを助けてくれるじゃろう」
ユアは気持ちが高ぶり始めた。
この間は異世界で通話出来る「ファンタジーフォン」を渡され、今回は生まれて初めての武器だ。リアリティアではもちろん武器は持てなかった。せいぜい武具を知るのはゲームやアニメなど空想の世界だけ。
「自分も参戦出来る」と胸を躍らせていた。とは言え、「戦いが楽しみ」というわけではなく、「皆の手助けが出来る」という意味だった。
「武器を返して、リアリティアへ帰れ」
突然ディンフルが低い声で言うと、ユアの喜びは一気に打ち砕かれてしまった。
「イポンダートも余計なことをするな。ユアは我々の戦いを娯楽として遊ぶのだ。実際に武具を持って戦う者ではない」
「だから、そちらを渡したのだが?」
「やめてくれ!」
あっけらかんと答えるイポンダートを、ディンフルは怒鳴りつけた。
ユアは彼の意図が理解できなかった。
「ディン様、何でそんなこと言うの? せっかくもらった武器なのに……」
「お前には武器を手に戦って欲しくない。見ただろう、先ほどの戦いを? クルエグムらはフィトラグスたちを圧倒し、俺もヴィヘイトルに敵わなかった。そんな相手と戦わせるわけにはいかぬ!」
「だ、大丈夫だよ! ディン様こそ見たでしょ? 私、ビームみたいな力でヴィヘイトルにダメージを与えたんだよ」
ディンフルは彼女が戦うことに反対していた。
だが、当のユアは敵の親玉・ヴィヘイトルを攻撃出来た経験からか、彼の頼みを拒否した。
「今回は助かったが、今後はどうなるかわからぬ。ヴィヘイトルは俺より強い。お前を守れる保証が持てぬ……」
「自分で守るよ! イポンダートさんが言ってたじゃない? “身を守るための武器”だって!」
「お前だから心配なのだ!!」
折れようとしない彼女に堪忍袋の緒が切れ、ディンフルはさらなる怒号を上げた。
「戦いは遊びでもスポーツでもない! 命が掛かっているのだ!」
「別に、遊びだなんて思ってないよ!」
「なら何故先ほど、ライトの説明を聞いてニヤけた? “生まれて初めての武器”などと思い、舞い上がったのではなかろうな?!」
図星を突かれたユアは言い返せなかった。
「とにかく、戦うな。却って迷惑だ!」
「わ、私、戦ってみんなを守れるようになりたいの! 少しでも役に立てるなら、一緒に戦わせて! いつも守ってもらってばかりだったから、恩返しもしたいんだよ!」
反対し続けるディンフルへ、ユアはたどたどしくも自分の思いをぶちまけた。
どちらも譲る気が無く、他の仲間たちはただ見守るしか出来なかった。
「いつも守ってもらってた奴が今さら戦えるとでも? 学校で己の身一つ守れず、異世界まで逃げ込んだくせに!」
ディンフルが吐き捨てるように言い放つと、ユアは目を見開き、ショックを受けた表情で言葉を失った。
そんな彼女を見てディンフルはすぐに自身の言葉を悔やみ、傷つけたことを謝った。
「す、すまぬ。言い過ぎた……」
謝罪の言葉をつぶやき始めた瞬間、ディンフルの体が突然膝から崩れ落ちた。
部屋の床にうつ伏せで倒れこむと、仲間たちは息をのみ、ユアの動揺した声が室内に響いた。
「ディン様!」
◇
ディンフルを急遽、別室のベッドに眠らせた。傍らには彼の部下・サーヴラスがいた。
フィトラグスらは彼とはラストダンジョン以来の再会だが、ユアだけ初対面だった。
彼女もサーヴラスの存在は知ってはいたが、今は興奮出来る状況ではなかった。
「ディンフル様はここ数日、邪龍と魔物退治で飛び回って、疲労が溜まっていたのです」
「邪龍の数、増えていましたからね……」
ティミレッジがしんみりと言った。
「何であんたがここにいるんだ?」
「ディンフルもサーヴラスも、しばらくうちで面倒を見る。ディンフルの城、誰かに乗っ取られたらしいんだ」
疑問を抱くオプダットへフィトラグスが答えた。
ディンフルはアジトに使っていた古城を乗っ取られてから、傷だらけのサーヴラスを運んでインベクルまでやって来た。
国王に事情を説明すると、快く受け入れてもらえたのだ。
サーヴラスのケガは白魔法ですぐに治ったが、連日動いていたディンフルの疲労は取れなかった。
「汚名返上のために頑張り過ぎたようです」
四人はベッドで眠るディンフルを見つめるしかなかった。
ユアはリアリティアへ帰るように言われたが、倒れるまで戦っていた彼を思うと余計に見捨てたくない気持ちが募った。
ディンフルの体調と今後に不安を抱きながらも、チアーズ・ワンドを握りしめるのであった。
◇
その頃、ディンフルの古城。
王の間の玉座に着くヴィヘイトルの前に、クルエグムら三人衆とネガロンスが跪いていた。
古城を乗っ取ったのは、彼らだったのだ。
「今日はご苦労であった。おかげで久方ぶりに弟と再会できた」
ヴィヘイトルが労いの言葉を掛けると「はっ」と四人が声をそろえた。
「それに面白い体験も出来た。まさか、超龍を倒した勇者一行とも戦えるとはな。そんな奴らなら邪龍など敵では無いだろう。あの超龍を倒したのだからなぁ!」
ヴィヘイトルは目を見開き、狂ったような笑みを浮かべると、その場で一匹の邪龍を召喚してみせた。
ディンフルの城を乗っ取っただけでなく、フィーヴェを悩ませている邪龍を生み出していたのも彼だった。
邪龍の咆哮に驚いたアジュシーラがのけぞると、重いものが落ちる音がした。
他の者が一斉にそちらへ向く。
「気を付けろよ、シーラ!」
クルエグムが怒鳴りつけた。
落ちたのは、ユアから取り上げたイマストVの攻略本だった。
「怒らないでよ、エグ。この本、重くて……」
「それって、あの女の子の? 返してなかったんだ?」
「しょうがないじゃん。あいつら、逃げたんだから! レジー、本好きでしょ? 読む?」
レジメルスが気だるそうに言うと、アジュシーラが反論しながら本を勧めた。
「あなたたち、ヴィヘイトル様の御前よ」
ネガロンスに指摘された三人衆はヴィヘイトルへ「申し訳ありません」と謝り、再び向き直った。
「アジュシーラ、それは何の本だ?」
「わ、わかりません。まだ全部は読めてないのですが、フィトラグス一行や武具や魔物とか、色んな絵が載っていました。あとは字がたくさんでした」
「あの少女のものか。彼女からはフィーヴェの気が感じられなかった」
「こちらの匂いもしませんでした」とレジメルス。
「あの少女……非常に面白かった」
再びヴィヘイトルが口角を上げ、怪しく笑った。
四人は、最後にユアがヴィヘイトルへ一撃を食らわせたことを言っているのだと思った。
「まさか、異世界にもディファートがいるとはな!」
「はっ」と跪いたまま返事をするクルエグムだが、時間差で気付くと「ディファート……?」と顔を上げて聞き返した。
「彼女は、人間ではなくディファートだ。かなり弱いが気配が感じられた」
四人は驚愕した。
ユアからディファートの気配が感じられず、人間だと信じて疑わなかったからだ。
「あいつがディファート?!」
「異世界から来ただけでもビックリなのに……」
アジュシーラとレジメルスが顔を見合わせながら、意見を言い合った。
「へ~え、人間じゃなかったのか。ますます面白ぇ!!」
クルエグムも驚きの表情から一変し、ヴィヘイトルと同じように不敵に笑った。
突然現れた敵組織の目的は?
ユアは戦えるようになるのか?
リアリティアでの暮らしはどうなるのか?
新たな問題に直面し始めたユアたちの運命や、いかに?
(第2章へ続く)
これで第1章は完結です。第2章もぜひお楽しみください。
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ここまで読んで頂き、ありがとうございました。




