第134話「絆と涙の結晶」
ディンフルと亡き恋人・ウィムーダが住んでいた家は放火され、すべてが燃え尽くされてしまった。
思い出のアルバムは、その火の手からディンフルが命懸けで救い出した唯一の宝物である。
「た、頼む。返してくれ……」
これまでヴィへイトルに攻撃的だったディンフルの態度が謙遜していた。威圧的に臨んでも無事に返してもらえないとわかっていた。
アルバムはそれほど、彼にとって大切なものだったのだ。
「それが無くなると、ウィムーダとの思い出がすべて消える。それだけは耐えられぬのだ。頼む……」
ついにディンフルは土下座までした。魔王のプライドも無くなったも同然だった。
アルバムさえ手元に戻れば、それで良かったのだ。
「いいだろう。返してやる」
意外にもヴィへイトルはあっさりと承諾し、ディンフルへ向かってアルバムを放り投げた。
あまりにも相手が素直に従ったため、顔を上げながら拍子抜けするディンフルであった。
ところが、彼が受け取ろうと手を出した瞬間、アルバムが炎に包まれた。
「何……?」
ディンフルが息をのんだ。
ウィムーダとの思い出が詰まったアルバムが燃え始めた。まるで、彼女と過ごした家が燃やされた時のように。
ディンフルは悲鳴のような絶叫を上げ、火を消そうとするが勢いはどんどん増して来た。これもヴィへイトルの魔法だった。
「バカな奴だ。この俺が簡単に返すと思ったか? 人間を信じていた時と言い、お気楽だな」
「黙れ!! 貴様に私の何がわかる?! 火を消せぇ!!」
ヴィへイトルは冷たい眼差しのまま腕を組み、指一本動かそうとしなかった。
ディンフルは手で叩いたり、水や氷系の魔法を使ったりしたが、やはり消えなかった。
しまいには防炎の能力があるマントで叩くが、火の手が移っただけだった。アルバムと同様にマントも燃え始めた。
「もうやめて!!」
檻の中からユアが声を大にして叫んだ。
その目には、怒りからか涙がにじんでいた。
「ディン様をこれ以上、傷つけないで! 実の家族でしょ? 何でここまでするの……?!」
「これは兄弟同士の問題だ。君には関係ない。と言っても、君もディンフルに巻き込まれた被害者か」
ヴィヘイトルは冷たい視線を今度はユアへ向けた。
彼女は怯まずに言い返した。
「被害者じゃない!! 私が会いたくて会いに来たの! ディン様がみんなを不幸にしてるなんて、そんなのウソだよ!」
「何がウソだ? こいつは魔王となり、フィーヴェを征服していたのだぞ。その時にどれほどの者が恐怖に慄いたか、君も知っているだろう?」
「知ってる。でも、あなたの方が、よっぽど人を不幸にしてる! 私はディン様に救われたんだから!」
ユアの言葉にヴィへイトルは眉をひそめた。
「ディンフルに救われただと……?」
「私、リアリティアでいじめられて生きていたの! “もうこの世に楽しいことなんてない”“自由に生きられないんだ”って諦めてた。でも、そんな時にディン様を見て、衝撃を受けたの。“この人に会いたい”“この人のために生きよう”って、前向きに思えたの! 会ったらツンデレだけど世話焼きで、優しくて何でも教えてくれるし、人の痛みもわかってくれた! 実際にリアリティアへ来て助けてくれた。本当に、いっぱい救われたの! だから私、ディン様に出会えて良かった。今、すごく幸せなんだから!!」
ユアの叫びに呼応するようにチアーズ・ワンドがまぶしい光を放つと、彼女を覆っていた檻が一瞬で消え飛んでしまった。
「な、何っ?!」
自身の魔力がよりによってユアに破られるとは思わず、ヴィへイトルも驚かざるを得なかった。
さらに、アルバムやマントについていた火が一瞬で消えてしまった。ヴィヘイトルの魔法は、チアーズ・ワンドでないと消せなかったのだ。
「ユアちゃんだけじゃない!」
「俺らもディンフルに救われたんだ!」
続いて、ティミレッジとオプダットも触手に捕らわれている中で声を発した。
「何故だ? ディンフルはお前たちの住む村や町を異次元へ送ったのだぞ? それなのに何故、“救われた”などと言える?!」当然、ヴィへイトルは彼らの言うことが理解出来なかった。
「異次元送りはそいつにも事情があったからだ。でも、今は魔王じゃない。英雄だ!」
最後にフィトラグスも主張した。
ユアが三人へチアーズ・ワンドを向けると、彼らを縛っていた触手が弾けるように消えてしまった。
触手を出していたクルエグムが驚愕の表情を向けた。
「ディンフルを魔王にしてしまったのは、俺たち人間にも原因がある。だから一概に責めるのは違うと思ったんだ!」
「それに、ディンフルさんは元々優しい人だよ。魔王になった後も“本当はこんなことはしたくない”って僕に訴えて来た。今回の旅でも、一緒に戦ってくれたんだ!」
「あと、ディンフルが魔王になってなかったら、俺たち出会ってなかったんだぞ! ……いや、出会いはしたが、一緒に旅に出ることはなかったんだ!」
ディンフルがインベクル王国を異次元へ送った当日、フィトラグスは城の使いで行く途中オプダットと、ビラーレル村へ着くとティミレッジと出会った。
ディンフルの一件が無かったら、すでに出会っていた三人が共に旅に出ることはなかったのだ。
自由になったフィトラグス、ティミレッジ、オプダットはヴィへイトルへ抗議した。
「そうだ! ディンフルと出会って、良いこともあった! 平気で人を殺し、部下の命すら危険にさらすお前とは違う!!」
フィトラグスがはっきり言うと、ユアは再びチアーズ・ワンドを光らせた。
するとディンフルのマントやアルバムが、燃える前のキレイな状態に戻るのであった。
ユアはアルバムを手に取り、うなだれるディンフルへ差し出した。
「私たちは、ディン様の味方だよ!」
「お前たち……!」
ディンフルはアルバムを受け取ると、それを強く抱きしめながら床に伏せた。
嗚咽を漏らした泣き声が聞こえて来た。
「あんた、本当に泣き虫だな!」フィトラグスがからかうように笑った。
「いいじゃねぇか、こういう時ぐらいよぉ~!」
「何でオープンまで泣いてんの?!」
もらい泣きするオプダットへティミレッジが驚きながらツッコんだ。すると……。
「そうだよ! 泣きたい時には泣けばいいんだよ~!」
ユアも号泣した。
フィトラグスもとティミレッジは、苦笑いしながら見ていた。
オプダットとユアがもらい泣きしやすいのは、仲間内では常識だと思い出したからだ。
「本当に……ありがとう……」
ディンフルは涙で濡れた顔を上げ、ユアたちへ感謝した。
その時、彼の頬から新たに流れ落ちた涙が突然、光を放ち始めた。
「な、何だ?!」
ディンフルは驚きで思わず涙が止まり、ユアたちもその光景に見入った。
光る涙はやがて固体となり、真ん丸な紫色の宝石へと変化していった。ディンフルのジュエルが誕生したのだ。
ジュエルはひとりでに移動し、ディンフルの大剣の刃の中央へはまった。
「私の涙からジュエルが生まれたと言うのか……?」
ジュエルから溢れる力が流れると、ディンフルの体が紫色のオーラに包まれた。
受けていた傷は回復し、彼は外していたマントを着けると、ヴィへイトルを睨みつけた。
「行くぞ、ヴィへイトル!」
「フン! 誕生したばかりのジュエルで、この俺を倒せるものか!」
ヴィへイトルは必殺技の「ヴェーゼン・シュプレシオン」を放った。
ディンフルも思い切り大剣を振り、新しい必殺技を繰り出した。
「シャッテン・グリーフ・ハリケーン!!」
紫色の衝撃波をまとった嵐が吹き荒れた。
ヴィへイトルの必殺技は消されるも、彼は再び大剣を振った。
しかし嵐に耐え切れず、大剣は折れてしまった。
「何っ?!」
ヴィへイトルは驚きで目を見開いた。
嵐が彼に迫る。
そこへ、モンスター化したクルエグムが立ちはだかった。
自我は薄れ、言葉が話せなくなってもヴィヘイトルを敬う気持ちは消えていなかったのだ。
嵐が直撃すると、クルエグムは断末魔のような声を上げながら吹き飛ばされてしまった。
一行が彼に気を取られていると、瞬間移動して来たヴィヘイトルにユアの体が抱え上げられた。
「勝負はお預けだ、ディンフル!」
ヴィヘイトルは怒気を強めた声で言うと、ユアを抱えたまま消えて行ってしまった。
クルエグムも辛うじて立ち上がり、ディンフルらを睨みつけた後でその後を追って行った。
王の間に四人だけが取り残された。
「くそっ! 油断も隙もないな!」
「居所はわかっている。今すぐ、屋上へ行くぞ」
フィトラグスが怒りを露わにすると、ディンフルが冷静に言った。
もうすでに、ユアの居場所を探索用の魔法で探り当てたのだ。
「次こそ、ヴィヘイトルを倒せるかもな!」
「そうだね。ディンフルさんもジュエルを手に入れたんだから!」
オプダットとティミレッジが前向きに捉えるが、ディンフルは二人を睨みつけた。
「お気楽だな。イポンダートが言っていただろう。“ジュエルだけでは倒せぬ”と。ヴィヘイトルは油断ならぬ人物だ。こちらが力をつけると、向こうも新たな策を練るだろう。ジュエルを手に入れた後も、慎重に行かねばならぬ」
「は、はい。もちろん、そのつもりです!」
ティミレッジが承諾すると、ディンフルは今度は笑ってみせた。
「それなら良い。相手は戦闘力に長けたディファートだ。戦い方は出来る限りレクチャーする。だから、俺にしっかりついて来い」
そう言うと、ディンフルはユアが取り戻したアルバムを魔法でしまい、王の間を出て行こうとした。
三人はついて行かず、呆然と突っ立ったままだった。
「何をしている……? 早く来い!」行動を起こさない彼らへ、ディンフルが少しだけ声を荒げた。
「ディンフルさん……?」
「い、今……」
「“俺”って、言ったか……?」
ティミレッジ、オプダット、フィトラグスは硬直していた。
前回の旅から、ユアにだけ「俺」と言っていた彼がたった今、三人の前でも言ったのだ。一瞬のことだが、彼らは聞き逃さなかった。
これはディンフルが、仲間たちにも心を開いた証だった。
「そ、そんなことはいい! 早く行くぞっ!」
彼らへ振り返っていたディンフルは慌てて前を向き、先に王の間から出て行ってしまった。
フィトラグスたちはそれを照れ隠しと笑いながら、彼の後を追うのであった。




