第124話「過去~クルエグム~ 前編」
クルエグムは幼い頃、海の近くの家に住んでいた。
レジメルスやアジュシーラと違い物心がついた後も、実の家族と共に暮らしていたのだ。
家族は両親、歳の離れた兄と姉、妹とペットが数匹いた。
父は働き者で、夜はギターを弾いて歌を歌ってくれることもあった。
兄は意地悪でよくちょっかいを出して来たためケンカが絶えなかった。だが、十も歳が離れていたため、小さいクルエグムはいつも負けていた。
反対に姉は優しくて、母と共に撫でてくれることもあった。
そして妹・ターグリアは年子だったため、「小さい子の世話をする」と言うよりかは「双子の兄妹」のような感覚だった。クルエグムはケンカをしながらだが、いつも彼女と遊んでいた。
そんなターグリアは、クルエグムが不器用ながらに作りプレゼントした貝のネックレスを大切にしていた。
全員、聴覚に長けたディファートなこともあり彼と同様に耳が尖っており、波の音を聞くのが好きだった。
クルエグムももちろん好きで、ターグリアと遊ぶ時、必ず近くの海へ行くのであった。
家にはペットもいた。犬や猫、鳥に馬など、まるで動物園が出来そうなほどに溢れていた。
両親が動物好きなことから飼い始めたのだ。
クルエグムもその影響で動物好きになり、野良で会った者ともすぐに仲良くなった。
だが、彼が七つの頃、それは突然やって来た。
長い時間、ターグリアと海で遊んだ帰り、家に戻ると両親と兄と姉が倒れていた。
幼い二人が絶句していると、鎧を来たどこかの城の兵士が大勢やって来た。
彼らは人間で、ディファートを撲滅させるためにパトロールをしていたのだ。
飼っていたペットたちはとうに保護されたらしく、一匹も見当たらなかった。
クルエグムはターグリアの手を引いて、必死に走り出した。
人間たちは「逃がすな!」としつこく追い回した。
森に入り坂道まで来ると、クルエグムの足が木と木の間に挟まり動けなくなってしまった。
彼は「ターグリアだけでも……」と、彼女に逃げるよう言い続けた。
だが、彼女は「クルエグムと一緒じゃなきゃイヤ!」と言って聞かず、挟まった足を抜けるのを手伝ってくれた。
足は無事、外れた。
クルエグムは再びターグリアの手を引いて走ろうとした瞬間、彼女は坂道を転げ落ち、人間の兵士に捕まってしまった。
助けに行こうとするが、「あとで追いかけるから行って!」とターグリアは兵士の腕に噛みついたりして抵抗した。
別の場所からクルエグムを捕らえようと、数人の兵士が追いかけて来た。
彼は「あとで迎えに行く!」と叫び、坂を登って必死に逃げ延びるのであった。
それが兄妹の最後の会話となった。
その後、クルエグムは別の人間部隊に捕まった。
ディファート撲滅隊には種類があった。彼らを殺す「抹殺隊」、収容所へ連れて行く「収容隊」、奴隷として捕らえる「奴隷隊」など。
家族を殺したのは抹殺隊だが、クルエグムが捕らわれたのは奴隷隊だった。
鉄格子のついた馬車に入れられ、彼は新たな場所へ連れて行かれた。
その途中、抹殺隊の集合場所を通り掛かった。そこで彼は、倒れる少女とバラバラに砕け散った貝のネックレスを見つけたのである。
間違いなく、あの少女はターグリアだ。髪の色と服が一致したが、貝のネックレスで確信したのである。
しかし、何も出来なかった。
彼はまだ七つで体も小さく、力も弱い上に縄で縛られていた。
クルエグムは妹まで失った事実も思い知らされるのであった。
その後、彼は人間も暮らしている養護施設に入れられた。大人になったら奴隷として扱われるためだった。
その施設には人間も暮らしていたため、ディファートのクルエグムはいじめられた。
生まれつき持っている尖った耳に加えて、同年代の者に比べて低身長なせいもあったからだ。
幸せな家族との生活が一変し、一気に地獄へ突き落されたのである。
もちろん、学校でも安息の場所はなかった。
同じクラスになった体の大きい男児から「ディファートだから」という理由で毎日いじめられた。体格差もあったので、クルエグムはいつも反撃出来ずにいた。家族を奪われたせいもあって人間がトラウマになっていたのだ。
当然、人間だった教師も誰一人、助けてくれなかった。クルエグムは一年間、クラスのいじめに耐え忍ぶしかなかったのだ。
初等学校二年の時、彼に大きな変化が訪れた。
クラスにもう一人、ディファートの男児がいた。彼はクルエグムより気弱で病弱だった。
そのため、ターゲットがその子へ集中してしまった。
もちろん、クルエグムはいい気はしなかった。
自分がいじめられなくなったのは良かったが、やられているのは同じディファート。
ターグリア以来、友人も出来ず孤独な日々を過ごしていたクルエグムは、そのクラスメートと話がしたかった。
なので、休み時間に自分から話し掛けたことで彼と友達になった。
あちらも、最近人間によって家族と離されたので、ディファートの友人を欲しがっていたのだ。
クルエグムは久しぶりに笑顔を見せたのである。
その直後、友人がいじめられると、クルエグムは拾って来た木の棒でいじめっ子たちを威嚇した。
これが訪れた大きな変化だった。彼は、初めていじめっ子に反撃したのだった。
しかし、いじめっ子のリーダーは去年から同じクラスの体格差のある児童。クルエグムは勝てずにやられてしまった。
だが、後悔はなかった。彼は人生で初めて出来た友人を救えたからだ。
それをきっかけにクルエグムは、いじめられてもやり返すようになった。
相手の方が体が大きく力も強く、勝てないことが多かったが、歯向かうことで自身と友人を守れるようになった。
次第にクルエグムにも力がついていき、いじめっ子と互角に張り合えるようにもなった。
同時にいじめっ子側も変化していった。攻撃すると、倍にしてやり返すクルエグムに恐怖を抱き始めたのだ。
なので、「あいつを怒らせたら怖い」と認識され、低学年の時には十人以上いたいじめっ子が高学年の頃には三人へ激減した。
それでも、やめないいじめっ子もいた。
三人中一人はリーダー格で、二人を従えてクルエグムをいじめ続けた。
他にもディファートはいたが、彼をいじめる方が楽しくなって来たので集中的にやるようになったのだ。
そのいじめっ子は、歯向かって来たクルエグムを面白く思っていた。低学年の頃からケンカが好きで、彼がやり返すようになってからはより楽しくなっていたのだ。
互角にやり合えるようになってから、そのいじめっ子にとっては一番楽しい娯楽となっていた。
クルエグムからすると迷惑だった。
彼は友人と一緒に普通に学生生活を満喫したかったが、いつもそのいじめっ子に邪魔された。
そして相手の笑う顔を見たくなくてダメージを与えても、いじめっ子はその倍の力を見せつけて来た。
クルエグムがその悔しさと怒りで睨みつけると、相手は余計に楽しんだ。
いつしか、その相手を苦しめるためなら手段も問わないようになって来た。人が見ると「卑怯だ」と思う手を使ったり、相手の所有物や大切にしている物を壊したり、その友人を攻撃することがあった。
相手への憎しみがクルエグムの精神を歪めていったのだ。
最悪なことに、そのいじめっ子とは中等学校を卒業するまでの腐れ縁となっていった。
◇
話を聞いていたユアたちは言葉が出なかった。
最初の家族と離ればなれになった件からすでに衝撃だったが、彼を狂わせた張本人が人間の一人という事実が受け入れがたかったからだ。
「予想はしてたが、クルエグムもいじめられてたんだな」
「ひどいよ、そのいじめっ子。反撃したら面白がるなんて……」
オプダットとユアがそれぞれの感想を述べた。
特に、クルエグムと一番顔合わせをして来たユアにとっては、彼よりもいじめっ子の方が異様に思えたのだ。
「それにしても許せないな、その加害者! 長年にも渡っていじめ続けるとは!」
フィトラグスが怒りを露わにした。
正義の国で育った彼にとっては、弱いものいじめは最も許せなかったのだ。
「アジュシーラ。もしわかるなら、加害者の名前を教えてくれないか? クルエグムの現状を見せて、自身のしたことを反省させなければならない」
「い、いいけど、たぶんフィトラグスは会ったことあるんじゃないかな?」
「俺が? どういう意味だ?」
「その人、インベクル兵団にいたことがあるんだ。クルエグムとも城の中で再会したよ」
「城の中って……我々が襲った時にいたのか?」今度はディンフルが素っ頓狂な声を出した。
「その人、クブリートって名前なんだ」
アジュシーラの口から告げられた名前を聞き、フィトラグスに衝撃が走った。
クブリートとは、以前リトゥレの町へ行った際に会った元インベクル兵団の一人。
フィトラグスに憧れて兵団に入り、学業と両立しながら訓練を受けていた優等生だが異次元から戻った後、彼は王子に何も言わずに退団してしまった。
リトゥレで再会した時、彼は「自分は正義の国にふさわしくない」と悔いていた。
「……ウソだろ?」
「残念ながら本当だよ。クルエグムも奴の名前を叫んでたし、間違いない」
「クブリートが、いじめを? いや、何かの間違いだ。あいつは正義感に溢れていたんだぞ……」
フィトラグスはあまりのショックで放心状態になった。
それでも、アジュシーラは話し続けた。
クルエグムの過去は、クブリートによるいじめだけではなかったのだ。




